表裏一体
*3
平和そのものだった暮らしに、突如として翳が差した。
今まではただ、好きな時間に起きて、好きな仲間と喋って遊んで、時たまマスターに頼まれて大乱闘をして、好きな時間に寝てしまえば終わる、幸せな毎日だった。それはきっと身を投げうって世界を救った自分達に対する、ご褒美なのだろうと解釈していた。
出来るものならずっとこの状態を享受していたい。変わることなく、日々仲間と他愛もない話をして過ごしていたい。――口に出さずとも、誰もがそう願っていたし、またそうなることを疑わなかった。
――つい先日までは。
突如として現れた敵は、世界の存亡を揺るがす脅威だった。果たして奴を野放しにしていて自分達の“日常”は得られるのか?
答えは、否。
この愛すべき世界を崩壊などさせてたまるものか。
この愛すべき仲間を失ってなるものか。
そう心に誓い、かつての英雄は立ち上がる!
大いなる敵にすら微塵の恐れもなさず、いつか世界を救ったように、その瞳には強き意志を宿して!
「…って、今の状況を僕なりにまとめてみたんだけど、どう?」
「君、文才あるよね。将来はそっち方面の学問を専攻するつもり?」
ネスが長々と語るのを聞いていた子供リンクは、感心半分、呆れ半分に答えた。確かに事実を述べているようでもあるが、些か誇張の度合いが激しい。
「でもねぇ、ピリピリしてる今だからこそ僕たち癒し系のお子様は、純真無垢のピュアハートで大人たちの傷付き疲れた心を癒さなきゃならないのさ…少々馬鹿げているとは思っても、無邪気に振る舞うってのは重要」
クレイジーが世界の破壊を目論んでいるとの情報を得たスマッシュブラザーズは、急遽厳戒態勢を敷いた。のどやかな雰囲気は瞬時に消え去り、屋敷には常に緊張感が漂っていた。
「そこまで計算してる時点で癒し系とは程遠い嫌なお子様だよ…ま、ネスの言うことにも一理あるけど」
「子リンもそう思うよね。君ならそう言ってくれると信じてた」
「任せろ友よ」
変に意気投合した二人は何気なく窓の外を見る。先日から止む気配を見せなかった赤い雨は、屋敷から見える範囲の命の色をことごとく奪っていた。
自然と、二人の会話はそこで切れた。
「…守らなきゃね」
ぽつりと子供リンクが呟く。
「うん」
ネスは、ただ小さく頷いた――頷くことしか出来なかった。何を、とは問わない。それには答えが多すぎるということを、ネスも子供リンクも理解していた。
世界を。
仲間を。
大地を。
海を。
大切な人を。
あらゆる命を。
目に映る全てを。
あいにく彼らは本心から無邪気に振る舞える程無垢ではなかったし、また愚かでもなかった。大人の戦士と同じく世界の危機を憂いて、また世界の崩壊を危惧している。
先の子供リンクの発言が、その全てを表していた。
が、その日は何やら外の様子が違った。先にその変化に気付いたネスが窓にしがみつく。
「ちょ…ネス、どうし」
「子リン、外見てよ!雨…“雨”が降ってる!!」
驚いたように尋ねた子供リンクの声を遮ってネスが叫んだ。一瞬子供リンクは呆然とした表情で立ち尽くしたが、すぐさまネス同様窓に張り付いた。
「何だよ…あれだけ大騒ぎしたのに、普通の“雨”に戻ってるじゃないか!」
昨日までは大地を焦がしていた赤い雨はすっかり姿を消し、代わりに銀色のカーテンを引いたような景色の向こうに透明な雨水が地面のそこかしこに水溜まりを作っていた。
一方窓に張り付いてそれを眺めていたネスと子供リンクは、ふと目が合った拍子に笑い出した。そのまま玄関へと続く大広間に駆けていくと、外へ出るべく大扉に手をかける。
そのとき、たまたま通りすがったクッパがぎょっとした表情で二人に怒鳴った。
「お――お前ら死ぬ気か!外はあの雨が降って…」
「赤い雨は止んだんだ!」
至極楽しそうにネスが返す。既に大扉は開け放たれており、ネスの言う通り、なるほど外は赤い景色ではなく銀の世界が広がっていた。
「雨の日は外で遊ぶもんでしょ」
「いや、遊ばない遊ばない」
子供リンクが真面目そうに答えるが、ネスに突っ込まれる。しかしそれすら二人には愉快でたまらないらしく、再びけらけらと笑うとクッパの制止も聞かずに外へと飛び出していった。
「何事だ?」
クッパの怒声を聞いてマリオとルイージが広間にやってきた。しばし二人は開け放たれた大扉と、雨の中はしゃぎ回るネスと子供リンクとを交互に見つめていたが、説明を求めるようにクッパを見上げた。
「あの子童ども…赤い雨が止んだとか言って、我輩の制止も聞かずに出ていってしまったぞ」
「あれま…本当に普通の雨が降ってんだ」
クッパの説明を聞きながら、マリオが今気付いたというように大扉の近くまで歩いていった。マリオはしばらくネスたちを眺めていたが、やがて「俺も混ぜろ!」と子供同様外へ飛び出した。
「うぇぇぇ!?兄さん、勘弁してよ!」
「こらオッサン!自重しろ!」
ルイージとクッパが同時に叫ぶ。しかし三人はそんなもの何処吹く風。しまいには「類似も来いよ〜」とマリオが言い、「マリオてめぇェェ!」と我を見失ったルイージまでもが外へ飛び出すところだったが、それはクッパに妨げられた。
しばらく緊張の張り詰めていたクッパは、久しぶりに微笑ましい気分となってネスと子供リンクを眺めていた(勿論マリオは意識的に視界から排除された)。
[ 4/37 ][*prev] [next#]
[←main]