表裏一体
*2
ドクターを探すと言い出したマルスは、しかしドクターを探すことはせず一直線にマスターの部屋に向かった。彼自身おのれの足がいつになく先を急ぐのを実感し、事の重大さを今更ながら噛み締めていた。
そんな彼が部屋をノックする腕に力を入れすぎたのも、あるいは当然の結果といえる。
「いるんだろう、マスター。すぐさま出てきたまえ」
「ちょ…おま…ドアを壊す気か!」
あまりに激しくマルスがドアを叩くので、マスターは慌てて上着をはおりながら部屋から出てきた。ちらと見える彼の部屋は、壁中が数えきれないほどのモニターで埋め尽されている。しかしそのどれもが砂嵐だった。
「何の用かな」
金の瞳を怪訝そうに細め、長い銀髪の下からマルスを窺うこの男こそ、この世界の支配者――そして同時に神たる存在である、マスターその人だ。
マルスは面倒臭そうに手を振ると、廊下の突き当たりに唯一ある窓を指差した。
「外を見たまえ――アレは何か簡潔に20文字以内で答えろ」
「アレ…?」
マスターは不思議そうに窓の外を見やった。瞬間、その元々白い顔から更に血の気が引いた。
だがそれもつかの間のことで、マスターはすぐさまマルスを振り返ると鋭く尋ねた。
「誰か外に出てるのか」
「もう誰も出てはいないよ。若干雨に当たってしまった者が広間に集まっている…今頃ロイかリンクがマリオを連れてきていることだろう」
「私も行こう」
ほとんどマルスの返答を待たずして、マスターは歩き始めていた。珍しく積極的なマスターに内心驚きを示しながらも、マルスはマスター同様に先を急いだ。
「マルス!それにマスター!」
マルスら二人が食堂と繋がった広間に入ると、そこにはほぼ全てのスマブラメンバーが揃っていた。赤い雨に当たってしまった者は勿論のこと、皆一様に不安げな様相を呈している。白衣を着たマリオですらそれは変わらなかった。
「マスター、これはどういうことだ?何を使っても皆の火傷が引かない。この雨はさすがに異常だ!」
医者として尽力したのだろうが、そのマリオの献身も虚しく先の雨の犠牲者たちは未だ痛みを訴えている。他のメンバーも説明を求めるように声を上げたが、マスターが一歩前に歩み出ると水を打ったように静まった。
マスターはそのまま火傷の酷いメンバーの元まで歩みを進め、右手に何やら魔力を溜めるような仕草を見せながらこう言った。
「この雨は自然に出来たものではない」
幾人かが息を飲むような声を上げる。しかし皆の視線は更なる説明を求めてマスターに注がれていた。当のマスターはしばらく黙ったまま怪我の酷いメンバーに右手をかざしていたが、ひときわその光が強くなったかと思うと同時にメンバーの火傷の痕は跡形もなく消え去っていた。マスターは「もう大丈夫だろう」と満足げに呟くと残りのメンバーを振り返った。
その金の瞳には並々ならぬ真剣な色が浮かんでいる。マスターに見つめられたメンバーは我知らず呼吸を詰めた。
「短刀直入に言う。これは破壊神クレイジーの仕業だ」
そんなマスターから発せられたのは、衝撃的な言葉――。
「……」
「……」
「……誰それ?」
誰もが思った一言をネスが代弁する。それまでシリアス色の濃かったマスターは拍子抜けしたように肩を落とした。
「あれ?私言わなかったっけ?」
「初耳だよ」
『ボクも』
怪我の具合を確かめながら子供リンクが言うと、ピカチュウも同様に答えた。マスターはしばらくぶつくさと唸っていたが、やがて観念したかのように語り出した。
「知っての通り、私は創造神だ。この世界を創り、唯一無から有を創り出せる存在としてこの世界を支配――もとい、管理している」
「それは俺たちも知ってる」
焦れったそうにファルコが言ったが、フォックスは「黙ってろ」と言って彼の足を踏み付けた。
再び訪れた沈黙を待って、マスターは続けた。
「無から有を創り出せるというのは、一見無限の可能性を秘めた話のように思える。だが実際はそうじゃない――何故だか分かるか?」
唐突な問いかけに皆は黙り込む。最初に口を開いたのはリンクだった。
「そもそも世界とは、質量保存の法則によって容量が限られていますよね…だから、マスターが創造を続ければ、世界がマスターの創造物で溢れ返ってしまう」
「一番その法則を無視している君からその意見が出るとは思わなかったが、まぁリンクの言う通りだ」
マスターは手を一振りして小さな地球儀を創って見せると、それをくるくると回した。
「私が物を創り続ければ、そのうち世界はパンクしてしまう。…勿論私なら世界そのものを新しく創ることも可能だが、その“新たに創った世界”が属する更に大きな枠組みがパンクしないとも限らない――要するに、世界は無限ではない故に、創造だけで世界は立ち回らない」
「なるほど…それでマスターがやってることと逆のことをして、全てを無に帰す存在――つまり、マスターとの世界の均衡を保っているのが、クレイジーとかいう破壊の神なんだね」
「そういうことだ」
マルスが要約を述べると、マスターはにんまりと笑んで答えた。先のシリアス色は何処へ行ったのか。
「クレイジーが誰かは分かったわ。…でもそれがどうしてこの世界に酷いことをするの?」
当初の疑問を繰り返すように、ナナが不安げにマスターに尋ねた。マスターは一瞬困ったように眉尻を下げたが、へらっと笑うと「いいか」と前置きしてから言った。
「一応この世界も私が創ったものだ。何故ここを狙うのかは分からないが――多分無作為に選んだんだろう――この世界を、奴は破壊する気だ」
「そんな!」
『そんなことさせませんです!』
マスターの言葉を聞くやいなや、ポポとプリンが同時に叫んだ。遅れてその声に賛同を示すどよめきが上がる。しかしそのどよめきも、マスターの意見を待つようにすぐ静まっていった。
マスターはその間を楽しんでいるようで、ややあってから不敵な笑みを深めると厳かに囁いた。
「無論、奴の好き勝手にさせる気は微塵もない…が、私だけの力でクレイジーに勝つのは容易ではないだろう」
ともすれば、絶望的なマスターの発言にも動揺することなく、スマブラメンバーはその吸い込まれそうな金の瞳を強い光をもって見つめ返した。マスターは嬉しげに眼を細めた。
そして、言う。
「英雄諸君。君たちの力を、貸して欲しい」
誰一人として言葉を発することはなかった。
それでも、全員が力強く頷きを返した。
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