共食い狂想曲

*35

気が付けば、辺りは一面荒地となっていて、簫々たる景色のみが延々と続いている。先程まで開いていた底知れぬ常闇は既にその口を閉じ、跡形もなく消えている。
まるで全てのことが悪い夢だったのかのような錯覚まで与えるが、体の節々に走る痛みがそれが現実であると否が応にも認識させる。

『…疲れた』

ぽつりとピカチュウが呟く。今まで敢えて口にしなかったその言葉を耳にして、皆一様に己に疲労が襲いかかるのを覚えた。

「動きたくないね」

「でも早く帰りたいね」

「マルスぅ、おんぶして」

「馬鹿を言いたまえ、こちとら怪我人だぞ」

不毛な会話が続く。つまるところ、彼らの共通意志は「動かず帰りたい」なのだ。ミュウツーならいざ知らず、ただの(果たしてこの連体詞が適切かは分からないが)子供である彼らにはそんな願いが叶う訳がない。
本来ならば、保護者たるマルスが彼らを叱咤激励しつつ屋敷まで先導するべきかと思われるが、肝心の彼にやる気がない。寧ろ彼は、暫くここを動かないつもりらしかった。

「時にネス君」

故にこんなくつろぎモードになっている。彼は長い足をばらばらと投げ出し、ややのけぞるような体勢で少年を指差す。
しかし普段は忌避すべき王子の気まぐれも、この時の子供たちには歓迎すべき配慮であった。ポポとナナはごろりと地面に転がり、ピカチュウも疲れたように地に伏す。
少年は赤い野球帽を被り直しながら、何、と突慳貪に返した。

「何、じゃないだろう。僕らは一体誰の為にここまでの苦労をしたと思っているんだい?ほら、言うべき言葉があるだろう」

それを咎めるように――そして茶化すように――マルスが言う。ネスは一瞬言葉に詰まったように俯いて視線をそらした。それからごくごく小さな声で「ありがと…王子以外」と囁く。周りの子供は驚いた様子で瞠目していたが、気恥ずかしげに笑って頷いた。マルスは不服そうに声を上げたが、それは全く黙殺された。

「…――ーい、皆さーん」

やがて、談笑が絶えた時に聞き慣れた声が遠方から届く。あ、と声を上げたカービィが嬉しげに叫びを返した。

「リンクだ!こっちだよ!迎えに来てくれたのかな」

なるほどリンクが車の窓から身を乗り出して、手を振りながらこちらに向かって来ている。リンクがあんなことが出来る余裕のあるほど安全運転な訳だから、運転席にいるのは多分マリオだ。
ざざっと音を立てて銀のワゴン車が子供たちの前に止まる。案の定運転席にはマリオがいて、リンクはスライド式のドアを開いて車から飛び降りた。

「無事終わったようですね」

やや無事ではない面子もいるが、頭数が揃っていればリンクとしては無事に入るらしい。わーいと喜びいさんで駆け寄るカービィを抱き上げ、勇者は穏やかに笑む。

「もう終わる頃だと思って、迎えに来ました」

『ナイスタイミングだったよ』

「動きたくないねって話してたんだ。リンクありがと」

「おいおい、礼は俺に言うんじゃないか?」

車の中から不機嫌そうなマリオの声がする。子供たちはひとしきり笑ってから、ようやく心底安堵したように重い腰を浮かしワゴン車に群がっていった。唯一依然として立ち上がろうとしないマルスを見咎め、リンクが彼の元まで歩み寄る。

「どうしました?またこっぴどくやられましたね」

「嗚呼、災難だったよ。手を借りても?」

「…仕方ないですね」

勇者が手を差し出す。それを細い王子の腕が握り返し、ぐいと手を引かれて立ち上がった。頼りなくよろめく体を勇者が支え、二人は連れだって車まで歩く。
それを車から見ていた子供たちは、疲れも忘れてきゃっきゃっと騒いだ。

「見て見てー、マルスがリンクと仲良しこよしさんだよ〜」

「良からぬことでも考えてるんじゃない?今のうちにPKファイヤーで滅却しとこうか?」

『きっと安心したせいで力抜けたんだろうね。ネス、本当にPKファイヤーは可哀想だから止めてあげて』

「…甘えん坊だな」

「それ、マルスが聞いたら殺されるよ、マリオ」

言いたい放題言いまくる。マリオは子リンの冷めた指摘に戦慄したのかそれ以上何も言わなかったが、子供たちは車が発車しても尚騒ぎ通しだ。しかし王子は勇者の物言いたげな視線にも、言わせたいなら言わせておけ、とばかりに首を振る。ネスが「重傷ですか?」と茶化せば、「血が足りないんだよ」と弱々しく返した。

かくして、幽霊屋敷は現世から消え、その忌々しい土地からも遠ざかりつつある英雄一行。前日ほどの禍々しさはないが、やはり何処か不気味な雰囲気の漂う幽霊屋敷跡地は、車による移動と辺りに立ち込めた霧によってぐんぐん離れていき、やがて視認出来なくなる。そのことで余計に解放感に浸れるらしい子供たちは、遠足に行く途中の小学生よろしく車内で大暴れした。
しかしマリオもリンクもマルスもそれを咎めない。面倒臭い――と言うのも、まぁないと言えば嘘になるが、その実彼らの大冒険に水を差すのを控えたのである。あのようなじめじめした空間に閉じ込められ、あまつさえ魂を奪われたり食べられそうになったり。子供たちのそんな暗鬱たる気分が少しでも晴れることを大人たちは望んだのだった。

そうこうしているうちに、丘の上に荘厳な白亜の屋敷が姿を表す。白の壁によく映える赤屋根と、ピカピカに磨かれた格子窓。子供たちは我知らず歓声を上げた。
嗚呼、また帰ってきたんだね、と。

車が玄関の前に止まり、子供たちがわぁと扉に殺到した。りーん、と扉に据え付けられたベルが軽やかな音を鳴らして子供たちの帰還を告げると、それを屋敷住人の笑顔が出迎える。
やや遅れて車から降りたリンクとマルスは、その光景を後方から眩しそうに眺めていた。

「…マルス」

ふと、勇者が呟く。

「何かな」

王子が首を傾げる。真面目くさった顔で、勇者は続けた。

「おかえり」

きょとんとした王子の顔は、一瞬で笑顔にとって変わる。

「今帰ったよ」

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