共食い狂想曲

*34

「今まで何処にいたの?」

「エミリーちゃんっていうマーティン君のお姉さんと一緒に、ね。ほら、この人」

「“この人”って…瓶詰めになってますけど」

「エミリーちゃんも僕たちを食べちゃうっていうから。ねぇ、ナナ」

「そうよ、ポポ」

『僕もユリウスさんっていう人の瓶詰め持ってるよ』

「君たち…話だけ聞いてると甚だしく常識から逸脱した会話をするなぁ」

軽く近況報告をし合う子供たちを、マルスと子リンはどこか呆れたような目で見守る。子リンはマーティンを一瞥し、懐からオカリナを取り出しながら言った。

「…ってことは、今ここで彼らを浄化しちゃえば万事解決って訳だ。皆、ビンをマーティン君の近くに置いてくれる?」

「何するのー、子リン?」

「浮かばれない魂に癒しを与えるのさ」

「優しーね!」

「…まぁ…そういうことでいいよ」

とりあえず、脅威のなくなった幽霊三人を並べ(内二人は瓶詰め)、それをさらに囲むように子供たちは立つ。ネスのヒーリングもようやく終わったようで、マルスが立ち上がって子リンの横に並んだ。

子リンはオカリナに口を当てるが、ふと思い立ったようにマーティンを見下ろして尋ねる。

「言い残すことは?」

マーティンは残った目だけを見開いて吐き捨てる。

「このままで終わると思うなよ!!」

「はいはい」

やる気皆無な生返事を返し、ついに子リンはオカリナを吹き始めた。独特の透き通った音が、何処か悲しげな旋律を奏で、心の奥深くを洗われるような錯覚に陥る。
彼の仲間は後にこれが“いやしの歌”という名だと知る訳だが、そうと知らずとも彼らはこれが魔を払い、闇を浄化する作用のあることを直感的に理解していた。

先程まで散々な物言いだったマーティンも、非常に安らかな顔で浄化されていく。ビンの中の紫色の液体らしき物体は、どんどん薄くなって、しまいには完全に消えていた。
やがて、その場には深々と床に刺さるファルシオンだけが残された。

「長かったが…終わったな」

そのファルシオンを抜き去り、鞘に収めてマルスが言う。その事実を言葉として聞き、ようやく子供たちの間にも安堵の溜め息が漏れる――が。

ゴゴゴゴ…

唐突に屋敷が揺れ始める。天井からはパラパラと埃が舞い落ち、壁には次々と亀裂が入っていく。

「そういえば、マーティン君がいなくなったら、この屋敷は体裁が保てなくなるってエミリーちゃんが言ってたよ」

「それを早く言ってよ!!」

ポポが事も無げに呟くと、ネスの絶叫が突っ込む。そうこうしているうちに遠くの部屋の方から崩れるような音が響き、一層振動が酷くなった。まるで地震のようにぐらぐら揺れている。

「ひとまず外に出よう。こっちの扉は開かないし、その窓から出るのが一番手っ取り早い」

マルスは一旦厨房のドアに手をかけ、それが開かないことを確認すると、ポポたちが破壊した窓を指差した。言われてすぐにポポとナナがそこから飛び出し、同じく飛び出したピカチュウとカービィを受け止める。やや疲れ気味な子リンとネスは、マルスに首根を掴まれて外に放り出された。彼らは着地した先で王子を罵った。
最後にマルスが窓辺に足をかけると、ガラガラと音を立てて厨房の入口が奈落の底へと崩落していく。屋敷は崩れていた訳でなく、どことも知れない空間に落ちていたのだ――と感慨深く思う暇もなく、マルスは右腕に何かが巻き付くのを感じ、ぎょっとする。
気味の悪い鬼のような形相の“何か”が、彼の腕にしがみ付いていた。

「な…っ!?」

抵抗しようと神剣に手を伸ばすが、その正体不明な生き物が噛み付いてきたのと足場が崩落したせいでマルスの体は後ろへと大きく傾ぐ。慌てて王子が伸ばした左手をナナが掴み、さらにナナをポポが支え、その後ろからネスがポポを支え、何処かの童話のような恰好になる子供たち。ピカチュウ、カービィ、子リンは崩落の危険のない庭から奈落を見下ろし、「何だコイツは!美意識の欠片もない醜い奴め!!」と右腕にへばりつく物体に悪態を吐く王子をはらはらと見守っている。

その物体も、黙っているばかりかと言えばそうでもない。それは、低く地の底から響くようなしゃがれ声でかかかと笑った。

『貴様らがわが取引を台無しにしてくれた人間だな!食ってやる!地獄の底で生き皮を剥いで食ってやる!!』

「ふざけるな!僕は誰かを食うことはあっても食われることはない!!何故なら僕が攻めだからだ!!」

「何言ってんのあの馬鹿王子!ねぇポポ、この手ェ放してもいい?」

「駄目に決まってるでしょ!マルスだけならともかく、あの変な奴凄く重いんだから!誰か!何とかして!」

『ど、どうしよう、子リン』

ピカチュウがおろおろと子リンを見上げる。子リンはやや考え込むようにして「この手は使いたくなかったけど…」とぼやくと足元のカービィに言った。

「カービィ、僕を吸い込んでコピー出来る?」

「出来るよ〜」

出来るよ〜と言い終わるか終わらないうちにカービィは子リンを吸い込んでいた。
ぎゃああ何してるんだと誰もが思う中、若干げっそりした子リンと、緑の帽子を被って弓を手に取るカービィが崖っぷちまで歩み寄る。子リンはカービィの前に手を出し「弓矢貸して」と頼む。カービィはすぐさまそれに従って、何処からともなく矢を取り出して手渡した。

「子リンの弓矢、どうしたの?」

「だから、乱発してなくなっちゃった」

まるで「今日の晩御飯、カップ麺なの」と告白するような後ろめたさに苦笑を加え、子リンが答える。なるほど、弓矢の乱発は自身の落ち度であるから、カービィに吸われるというある意味拷問も子リンは敢然と受けて立ったのだ。
こうしてようやく子リンは弓に矢をつがえる。その鏃(やじり)には黄金色の光がまとわり付き、それは少年の金の髪をきらきらと照らす。

「王子、当たらないようにね」

その言葉と同時に、少年は矢を放つ。王子は失笑、というように肩をすくめ、矢の軌道上に己の右腕――ひいては謎の物体を差し出した。子リンの光の矢は、その物体に直撃し、直に光の魔法を対象に叩き込む。
それは聞くに耐えないおぞましい悲鳴を上げながら――ぽろりと王子の腕から離れ、暗闇の奈落へと落下していった。

突然力の均衡を失ったナナは、王子の体を数メートル後方へ投げ飛ばすことでその慣性を見事殺した。

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