世界よ、愛しています

*2

目が覚めると、王子はなだらかな傾斜のある丘の中腹に仰向けに倒れていた。空は青く、高く、そこを雲がゆったりと流れていく。深く息を吸えば、緑の香りが胸いっぱいに広がる。世界はあまりに平和だった。しかし、王子の全身には先の禁忌との戦いで負った傷がそのまま残り、いままでの悪夢のような出来事が現実であったことを物語っている。
柄にもなく、泣きたくなった。あの状況で仲間が生きていると思えるほど、王子は楽天的でなかった。何よりも、自分の命よりも大切にしていた仲間を失った。悲しいを通り越して、身を抉られるように痛かった。
それでもなんとか奇跡的に彼らが生き残って、再び帰ってくるのでないか、そんなことを考えながら、王子の意識は再び混濁していった。

***

「……なら、…――」
「…し……だろう」

次に王子が目を覚ますと、そこは白亜の世界だった。否、そこにあったのは白い天井で、顔の半分を包帯で覆われているせいで著しく視界が悪い。頭がぼんやりとして、知覚は出来ても理解はできない。耳に聞こえる話し声も、意味ある言葉とは認識出来なかった。
それでも少しずつ、言葉が意味を持ち、世界が色彩を帯びる。同時に痛覚も蘇り、王子は小さく呻いた。

「あ、目が覚めましたか?」

そんな声を聞き付けて、見知らぬ子供が王子の顔を覗き込む。癖の強い金髪の少年が心配そうにこちらを見ていた。王子はそれを目だけで追う。全身の感覚が戻りつつあったが、それはそれで満身創痍な身体が悲鳴を上げる。動ける状態ではなかった。
少年は反応のない王子を前にして、それでも何かを感じ取ったのか破顔した。

「良かった…もう三日も寝ていたんですよ。皆心配してました」
「……ここは」
「医務室です」
「………」

医務室であることは見れば分かる。先の世界にも同様の部屋が存在していた。
王子が問いたかったのは、「この世界はどこなのか」ということだ。しかしその旨を伝える気力が王子には残っていない。少年は王子の疑問を敏感に感じ取ったようで、困ったように首を傾げた。

「あの…えっと、僕にもここがどこだかはよく分かりません。多分、名前もないんじゃないかな。でも、“マスター”は僕たちをスマッシュブラザーズって呼んでます」
「…マスターハンド…?」
「はい。ああ、ここに来たばかりの頃は皆記憶が混乱するってネスさんは言ってたから、マルスさんもまだ――」

少年はただ説明の為に何気なく仲間の名を口にしたに過ぎない。故に、瀕死の傷を負った王子を刺激する気も微塵もなかった。が、王子はその名を耳にするなり、動かないはずの身体を起こし、添え木の当てられた折れた腕を伸ばし、少年の胸倉に掴みかかった。そして、叫ぶ。

「無事なのか!?」
「え…え?」
「彼は、ネス君は無事なのかと聞いている!!」

僅かに身じろぎするだけでも傷口に響くだろう大怪我でありながら、王子は声の限りに叫んだ。少年は怯えたように縮こまったが、懸命に、そして宥めるように答えた。

「ネスさん…は、勿論無事です。会いたいなら呼んで来ます。だからマルスさん、落ち着いて」
「そうだぞマルス、傷が開く」

第三者が王子を諌めた。王子はその聞き覚えのある声に度肝を抜かれる。
マリオが五体満足でそこにいた。大怪我をしている様子はない。王子の記憶にあるマリオは、禁忌に腕をもがれていたはずだ。考えたくもなかったが、しかし出血の量からして恐らく死んでいるだろうと思っていた。
王子は目を見開いてマリオを凝視した。マリオは首を傾げた。

「何か?」
「…生きて…生きてるのか」
「そりゃ、生きてるさ。だからここにいる」

マリオは笑う。記憶にある通りの笑みに王子もまたぎこちなく笑った。王子は気が抜けたようにベッドに倒れ込んだ。慌ててリュカが彼を覗き込んだが、王子は一言「無事で良かった」と呟くと、気を失うように眠りに付いた。

***
次に王子が目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなり、医務室には先の少年ではなく仏頂面の男が座っていた。これもまた王子の知らぬ顔である。王子はじっと男の顔を見つめる。それに気付いた男が王子を見た。

「起きたか」
「君は?」
「アイクだ。あんたはたしかマルスだったな」
「ああ」

横になったままで自己紹介というのも失礼かと思い、王子は身体を起こす。アイクは短く「無理はするな」と言ったが、王子を制止するような素振りは見せなかった。王子はベッドの上で起き上がり、アイクに手を伸ばした。アイクはきょとんとした様子でその腕を見下ろした。

「改めて、僕はマルス。アリティアの王子だ。よろしくね」

アイクは一瞬王子の手を取るのを躊躇うように王子の顔と手を見比べた。が、遠慮がちにその手を握り返し、ぎこちなく上下に振った。

「俺はアイク。クリミアで傭兵をしていた。…生憎、俺は馬鹿だから礼儀や作法に疎い。王族のあんたの気に障るかもしれん」
「そんなこと気にしないで。僕も貴族扱いされるのは苦手なんだ」
「そうか」

目に見えてアイクの表情が和らぐ。無表情なのは変わりないが、それでも先の仏頂面よりは見える顔だ。精悍な顔つきは歴戦の猛々しい戦士を思わせた。一方アイクは王子の手を握った自分の手を見つめ、それから王子の身体を無遠慮に上から下まで眺めた。貴族扱いしなくていいとはいったものの、ここまでされるとは予想外だった王子が身を固くする。アイクは徐に口を開いた。

「…飯は食えるか」
「え?」
「ここに来てから何も食ってないだろう。誰かが見舞いに置いてった果物がある。食うか」

言いながらアイクはかごに入ったリンゴを取り出した。王子は頷く。今更のように空腹が彼を襲った。
それを受け取ろうとして王子は手を伸ばそうとしたが、激痛が走ったことで腕が折れていたことを思い出した。それを見てアイクが気の毒そうに表情を曇らせた。

「リライブの杖でも使える奴がいればすぐに治せたろうが」
「昼よりは楽だよ。マリオや、ネス君が治療してくれたのかな」
「…そうか」

言いながら、アイクは果物ナイフでざくざくとリンゴを切っていく。随分と雑な切り方で、リンゴの実はみるみる小さくなっていく。無造作に一口大にされたそれを、アイクはやはり無造作に王子に突き出した。それが妙に好印象で、王子はにこりと笑ってみせた。

「ありがとう」
「…嗚呼」

しばらく医務室にしゃくしゃくと王子の咀嚼の音だけが響く。リンゴを半分と、水を一杯飲み、王子は息を吐いた。アイクはそんな王子の様子をじっと見ている。なんだか気恥しくなり、王子は敢えてアイクを見た。

「我が儘を言ってもいいかい?」
「内容によるが」
「少し歩きたいんだ」

一人では歩けるか不安だから、ついていて欲しいのだと言えば、アイクはこれを快諾した。王子は軽くアイクに縋りながら、懐かしの屋敷へと繰り出した。


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