共食い狂想曲

*33

小さな登山家は同じ動きでハンマーを取り出し、びしっとその先をエミリーに向けた。すでにその顔に恐れや不安といった色はない。あるのは微かな倦怠感と、憂いを含んだ色だけだ。

「ずいぶんやる気がないのね」

幽霊少女はじりじりと二人への距離を詰めてくる。一定の距離を保って廊下を後退しながら、ナナが答えた。

「だって、さっきまで仲良くしてくれてたじゃない。友達になれるかと思ってたのに…」

「あら、友達になら簡単になれるわ」

エミリーがぶわりと宙を舞ってアイスクライマーに襲いかかる。

「あの世でね!」

「ナナ!」

それとタイミングを同じくして、鋭いポポの掛け声が上がった。正面から突っ込んでくる幽霊少女に対面した二人は、前方に向かってブリザードを放つ。驚愕に目を見開きながらも、ひらりとそれをかわして二人の頭上すれすれを通り過ぎようとしたエミリーは、しかしいくらか通り過ぎたところで何かが己の体を引き止めてしまったことに気付いた。

「…ゴム…!?」

ゴムの伸びた先を見れば、ポポとナナがお互いに腰に巻いているゴムが地引網よろしく己に投げられたのだと合点がいく。そうして気付かぬうちに目一杯引き切ってしまったゴムは、同程度あるいはそれ以上の力でエミリーを進行方向とは逆向きに弾き飛ばした。

「きゃあああっ!?」

がしゃあん、と凄まじい音を立てて廊下の端の窓ガラスを突き破って庭で転がるエミリー。ポポ、ナナはその後を追ってぴょんと屋敷の窓から庭へと降り立った。

「確か、この屋敷の窓や扉は内側からは開かないんだったよね?」

小さく首を傾げて倒れるエミリーを覗き込むポポ。子供相応の顔ではあるが、肩に担いだ巨大な木槌が酷く不釣り合いだ。エミリーは愕然とした表情で後退ろうとしたが、彼女を囲むようにナナが背後で仁王立ちしている。勿論彼女も木槌装備。

「でもそれは“僕たち”が開けられないって意味で、君に対しては普通の窓と一緒…違う?」

「あ…う…」

ただの子供だと思っていた。幽霊が怖くて、大人がいないと何も出来なくて、足を引っ張り合うだけの二人組だと――。

「もう一つ言えば」

ナナがポポの言葉に続けて言う。

「内側からは開かないってことは、外側からなら開くってことよね?」

まさかここまで見越してあの技を選択したというのか、それとも単なる偶然なのか。この落ち着きようは恐らく前者だろう。そしてこれから辿る私の運命は――。

「このままハンマーでやっちゃうのもいいけど、なんだかそういうエグいのも嫌だね、ナナ」

「そうね、ポポ。そういえば子リンがくれたビンがあったじゃない」

「あぁ、アレね、早速使おうか」

ポポが懐から透明な空きビンを取り出す。なんら殺傷能力があるようにはとても見えないが、エミリーはおいそれと子供二人にやられる訳にはいかなかった。
タイミングを見計らって無理矢理ナナを突き飛ばし、何とかその場から逃げ出そうとした――が。

「逃がさないわ」

ナナはエミリーの手をがっしり掴んで仁王立ちのままで彼女を見返している。エミリーは知らなかったが、ナナは残念ながらスマッシュブラザーズきってのパワーファイターたるドンキーやガノンドロフ、クッパとも肩を並べる怪力少女なのだ。正面から勝負など挑んでもまず話にならない。

「はいここまで〜」

やる気のない間伸びした声でポポが告げる。と同時にエミリーを物理的な法則云々を無視して小さな空きビンに詰め込んだ。詰め込まれた方は紫色の液体のようなものになってビンの中で沈黙している。

「エミリーちゃんやマーティン君は気の毒だと思うけど、それに巻き込まれた人たちだって迷惑なんだから。悪く思わないでね」

物言わぬビンの中身に向かってポポは告げる。それからそのビンを懐にしまうと、木槌を担ぎ直して背後にそびえる屋敷を振り返った。
相も変わらず屋敷には暗鬱たる空気が漂っている。まだ全てが終わっていない証拠だ。

「どうする?」

「マルスやネスたちを探しましょ。もしかしたらまだ戦ってるかもしれないし」

「そうだね。…あ、ナナ、僕今凄くいいこと思い付いちゃったんだけど」

「なぁに、ポポ。私にも聞かせて」

誰も盗み聞いてなどいないのに、ポポはこそこそとナナに耳打ちしている。ナナは初めこそ怪訝そうにそれを聞いていたが、全て聞き終わると明らかに喜色を露にしてポポとハイタッチ。
二人は不敵な笑みを浮かべて木槌を持ち上げた。
そして。

「うりゃああああ!!」

嬉しげな叫び声を上げながら屋敷の窓に向かってハンマーを振り降ろした。勿論窓ガラスもそのフレームも無惨な姿となって屋敷内に降り注ぐ。小さな登山家はそれだけに飽き足らず、その隣、そのまた隣と手に届く範囲の窓、扉を次々破壊していく。
まだ若干残っていた幽霊が「こ…こらーっ!!人の家に何しくさるんじゃぁぁッ」と怒声をあげるが、二人は満面の笑顔で親指をぐっと突き出してみせる。

「マルスが言ってたからね!」

「な…なに…!?」

狼狽した様子の幽霊たちを後目に、ポポとナナの二人はにぃと口の端を吊り上げて、悪戯っ子よろしく――今回の悪戯は度が過ぎてるが――声を揃えて答えた。

「“妙な仕切りはない方がいい”!!」

「だからってそんな…ギャアアア誰かあの餓鬼共を止めてェェェ!!」

そんな悲痛な叫びも誰にも届かず、暫く辺りには凄まじい破壊音がこだました。

こうして彼らが何十枚目かの窓ガラスを割ったとき、ようやく先の会話に戻る。

「え…ポポとナナ!?」

「久しぶりー」

偶然厨房の窓を外から破った登山家二人組の登場により、何時間ぶりかに彼らは一つ所に集まったのだった。

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