共食い狂想曲

*31

「愚問だな」

王子は顔をしかめながら倒れたマーティンに刺さる神剣の柄に手を伸ばした。

「何故生きているかだと?それは僕が、死んでいないからだ」

マルスはそのままその手に体重をかけ、マーティンに刺さった神剣をそのまま床へと深く突き刺した。幽霊といえど実体のあるマーティンの皮膚と頭蓋とを引き裂き、砕き、カチンと音を立てて金属が床を噛む。
出血はしないが、痛みはあるらしいマーティンの絶叫が響く。力の拠り所を失った彼の力は次々と彼の体から引き剥がされて空気の中へ消えてゆき、その中の一つがネスの元へふわふわとやって来た。どうやらそれがネスの魂らしい。
そのうちにネスの体からも先程吸収した数体の魂が離れていく。それを待っていたようにネスの魂は本人の体に帰った。

「そんな…ここまできて…」

マーティンの意味深な呟きと共に、彼の敗北は決定的なものとなった。

同時に子供たちを捕えていた影も霧散する。自由の身になった子供たちは、すぐさまほのかに浅い呼吸を刻むマルスの元に走り寄った。今回ばかりはネスも例外でない。

「大丈夫?すごい血じゃない。本当何で死んでないの?」

真っ先に子リンが問う。少々どころかかなり失礼な質問な気もするが、あいにく今の子供たちにはそんな些細なことに気を遣う余裕がない。
マルスは目だけを子供たちに向けて、薄く笑う。

「君が渡してくれたビンが…急所を外してくれたのさ」

言ってマルスは懐から透明な空きビンを取り出した。それは屋敷に乗り込んだ直後、子リンがマルスに渡した青いクスリのビンだった。

どうやらマーティンの攻撃は、これに当たって僅かに心臓から逸れたらしい。

それなのにヒビの一つも入っていない辺り、このビンの――ひいてはハイラルという魔法の国の――特殊性を物語っている。

「だが血だけは余分に出た…本当ならゆっくり休ませてもらいたい所だったが、君たちが近くでドスンバタンと暴れるものだから…おちおち寝てもいられなかった…」

マルスが痛みに顔を歪める。本当に痛いらしい。ピカチュウとカービィがほぼ同時にネスを見た。ヒーリングをかけろと言いたいのだろう。ネスは一瞬嫌そうな顔をしたが、助けてもらった恩もある手前断る訳にはいかない。
仕方なしに「座って」と王子に促すと砕かれた王子の甲冑の下、特に出血の酷い辺りに意識を集中させた。

が、間髪を入れずに厨房の小さな窓ガラスが外側から盛大に破壊され、破片が内部に降り注いだ。
思わず武器を手にそちらを見上げると、見慣れた防寒着ルックの二人組が窓からひょっこり顔を出す。

「な…ポポとナナ!?」

「久しぶりー」

アイスクライマーの二人が、ひらひらと手を降って窓からこちらを見下ろしていた。



少し時間は遡り、登山家二人が幽霊少女と邂逅を果たした頃――

「エ…エミリーちゃん、なの?本当に?」

「そうよ」

ポポが唖然としながら問うと、栗毛色のふんわりとしたツインテールを揺らして少女は笑う。肯定の意は得た二人だが、現在の状況には遠く理解が及ばず立ち竦むしかない。マーティンと同じく体温を感じさせない青白い肌に柔らかな笑みを添えながら、エミリーは続けた。

「私の首と体は違う所にあったから、魂も頭と体で別々になっちゃって困ってたの。体は無意味に徘徊するだけだし、頭は自分じゃ動けないしね」

なるほどそれらしく顎に手を当て、困ったというように肩をすくめてみせるエミリー。仕草だけを見れば、何処にでもいる普通な女の子だが、ポポとナナは何故かこの少女に言い知れない恐怖を感じて後退った。


「どうしたの?この屋敷で何が起きたか知りたいんじゃないの?」

からかうような、小馬鹿にしたような笑みが薄暗い廊下にぼんやりと浮かび上がる。
それを不気味に思いつつ、二人はただ沈黙している。

「私たちはね、お父さんとお母さんと、お手伝いのユリウスと四人でここに住んでたのよ」

聞いてもいないのにエミリーは喋り出した。夢見るような口調である。

「でもお母さんは病気で早死にして、二人目のお母さんがマーティンを連れてやって来たの」

その言葉と同時に、彼らを取り巻く景色がゆらゆらと頼りなく明滅した。何事かと身を寄り合わせるポポとナナは、辺りの景色が徐々に新たな映像を展開し始めたことに気がつく。そうしてはっきり視界に映り込んだのは――連れ立って歩くマーティンとエミリーの姿である。肌の青白いエミリーとは別に、健康そのものを表したような紅い頬の少女と少年が、楽しげに手を繋いで歩いていた。背景として映る光景も、新築のような輝きを残している。

「まさか…これは君の記憶?」

いち早く気付いたポポが尋ねる。エミリーは満足げに頷いた。

「そう…私の、見たこと全て」

厳かにそう告げ、少女は己の幻影を指差した。つられてポポとナナがそちらを見ると、幻影の少女は少年と別れ、ある部屋へと入っていく。人の部屋を覗く趣味はないが、これを見逃してはいけないという思いと僅かばかりの罪悪感を胸に、アイスクライマーの二人は幻影の後を追って扉の隙間から中を窺う。

少女の幻影は、その母親――先ほどの言葉から継母と知れる――らしき人物を見上げて、重厚な蓋の付いた木箱を指差して何かを頼んでいる。継母は初め、嫌そうにしていたが、やがて彼女を伴ってその木箱の蓋を開けた。
少女は嬉しげにその箱の中に身を屈め、中のリンゴを取りだそうと躍起になっている。継母は蓋を両手で支えながらそれを無感動に見つめていたが、何を思ったのか唐突にその手を離してしまった。
勿論まだ少女は箱の中に身を屈めていた。故に重厚な蓋は勢い良く少女の首を噛み切って、大量の赤い血を吐き出しながら閉じる。床一面にさながらリンゴの如き真っ赤な血の海を作り、少女はその中に突っ伏した。その体に首はない。首は閉じた箱の中である。

「…ひ…ッ…」

悲鳴を上げそうになったお互いの口を、ポポとナナは二人で塞ぎ合った。悲鳴を上げても恐らくこの人たちには届かない。だろうが、一度悲鳴を上げたら何もかもが我慢出来なくなりそうだと、彼らは直感的に理解していた。

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