共食い狂想曲

*30

その声に呼応してピカチュウ、カービィはすぐさま跳ね起き奪われた視覚以外の器官でさらなる襲撃に備えた。が、あいにく五感は普通の少年と変わらないネスはその場に留まることしか出来ない。
案の定早々と蘇生したマーティンがこの時を待っていたとばかりに無防備なネスに飛びかかる。元々マーティンとネスの間には何の障害物も無かったので、少年は易々と引き倒されてしまった。

「しまった…!」

目を見開いて自分にのしかかるマーティンを見、ネスは呟く。一方マーティンは一切の余計な口上を挟まず、いきなりネスの首筋に噛みついた。

――否、噛みつこうとした。

「なっ…!?」

ここまで敵を追い詰めておきながら、マーティンは悲鳴を上げてネスから飛び退ろうとした。しかしそれをネスが許さず、彼はマーティンの手をがっちり握って放すまいとしている。
その彼の体の周りには薄水色のシールドのようなもの――サイマグネットが展開され、それがマーティンの体に触れる度に幽霊少年の体は泡のように溶けてネスに吸収されていった。

「クソが…!さっきの…まさか初めからこれが狙いで…!?」

なんとかネスの腕を振り払おうと躍起になるマーティンを後目に、ネスはにやりと口の端を吊り上げる。

「ようやく気付いた?馬鹿正直に僕に襲いかかってきてくれて助かったよ」

言って少年はもう片方の手で幽霊少年の肩を掴んだ。

「さぁ、さっさと僕の魂を返すんだ。そしてついでに僕らに倒されることだね!」

ネスが叫ぶ。マーティンは言葉を失ったようにただ呆然と消え行く己の体を見つめた。
マーティンの体は、ネス掴まれた腕から先が既に消失していた。まずい、何とかしなければ――と混乱した頭で思考するマーティンは、しかし冷静に自らの勝機が残されていることを悟る。

彼の腕から先は消失したが、それ以上体の消失が広がらないのだ。

唐突にマーティンはその理由を理解した。そして反対にネスの腕を掴み返す。ネスは驚いたように数歩よろめき、後退った。

「な…何のつもり…」

「とことん浅はかだな、人間は!自らの器を知らず、この僕に勝てると思うな!」

再びネスを床に叩き付けるマーティン。一方ネスもその他の子供たちも何が起こったのか分からず唖然としている。――彼らの作戦では、マーティンは残らずネスのサイマグネットに吸収されて、ハッピーエンドになる、はずだったのだ。
ようやくその作戦に生じた齟齬(そご)に気付いたカービィが子リンを振り返って叫ぶ。

「…まさか、人間一人に収められる魂の量って決まってるんじゃないの!?」

「そんな…」

信じられないというように首を振る子リンだが、そのカービィの叫びを聞いたマーティンは耳まで届くかと思われる程に口角を吊り上げた。

「ご明答!幽霊と違って人間には“器”がある!何人もの人間と魂を食べて来た僕をヒト一人でどうにか出来るはずなんてないのさ」

どうやら子供たちの作戦は失敗に終わったらしい。頼みのネスのサイマグネットももう使うことが出来ないし、かといって他の解決策もない。ひとまず彼らは仲間の窮地を救出しようとマーティンに攻撃を仕掛けるが、焦燥感に駆られた足取りは単調で、あっけなくマーティンの足元から伸びた実体を持つ影に返り討ちにされてしまう。

ついに子供たち全員がマーティンの影に捕われ、完全なる敗北が訪れた。



――僕がなんとかしなければ!
幽霊との戦いは十八番のはずだろ、しっかりするんだ!勇者が聞いて呆れるぞ。

――ボクがなんとかしなきゃ!
マルスも居ない今、ボクが戦わなきゃダメなんだ。星の戦士がこの程度か!?

――僕がなんとかしないと!
このメンバーの中で遠距離戦向きなのは僕だ。今ここで主導権を握り返さなければ、僕らは全滅だ!


様々な思いを胸に、幼き英雄たちは自らの戒めと奮闘する。しかしいかに力を込めようと、もがこうと、放電しようと、解放には至らない。ピカチュウらは一層焦った。早くしなければ、まず間違いなくネスが――。

「君は」

落ち着いた声が響く。ネスの声だ。ネスはマーティンの前でまさに風前の灯火状態でありながら、平時よりなお落ち着いた声音で続けた。

「本当に強いよ。倒しても倒しても起き上がってくる。そのからくりは何だい?」

よもやネスが生命の危険を感じていない訳ではあるまい。しかし彼の仲間たちはこの超能力少年の行動の真意を推し量ることすら出来なかった。
あるいは気でも触れてしまったのかと思ったことだろう。恐怖が理性を凌駕して、有り得ないほどの冷静さを呼び起こした、と。

マーティンも同様に思ったようで、にやりとほくそ笑む。

「本来なら自分の弱点を教えるなんて馬鹿な真似はしないけど、君たちは僕を楽しませてくれた。冥土の土産に教えてあげるよ」

マーティンが呟くと同時に、彼の右の瞳から禍々しい紫色のオーラが溢れ出る。すると消滅していた彼の体が瞬く間に元の形に戻った。

「僕の力は、この右目に圧縮して保存してあるのさ。だから、この右目さえ無事だったら、僕は何度やられようとも平気な訳」

ネスが何処か呆れたように苦笑する。そんな、と子リンたちの驚愕に満ちた呟きが耳に心地よく、マーティンはまた更に笑みを深めた。
しかし、この時の子リンたちの驚愕の対象は、果たして少年の告げた新事実のみであったのだろうか。

「…へぇ」

答えは否である。

「じゃあ、その“右目”さえ潰せば、君もただの生意気な餓鬼ということだね?」

その問いかけは、幼き英雄の誰が発したものでもなかった。しかし朗々たる低いテノールは、絶望の淵にある子供たちの誰の耳にも届く。
ぞっと背筋の凍るような悪寒を感じ、マーティンは振り返る。が、彼が視界の端に僅かな蒼を認識するかしないうちに、白銀の神剣が彼の右目を過たずに刺し貫いていた。

「な――…んで…何で、何で生きてる…!?」

マーティンは呪詛のように呟きながら、頭に不釣り合いな長剣を残したままどうと床に倒れる。それをいかにも平然と見下ろすのは、傷だらけになりながらも何処か気品を漂わせる、眉目秀麗な蒼の王子であった。

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