共食い狂想曲
*29
「…え…?」
消え入りそうな声が、子勇者の口から漏れる。
「…今、なんて…」
「だから、僕ら皆は君が魔物の血を飲んだことも、そのせいで味覚がおかしいのも前から知ってたってことさ」
ようやく落ち着いたらしいネスは穏やかな調子でそう告げた。カービィとピカチュウは無言でうなだれる。どうやらこの二人も知っていたらしい。
子リンはただ呆然と立ち尽くした。
「え…?それって、一体…皆?…どうして…」
口の中でもごもごと意味をなさない単語を並べる子リンは、まさに混乱の極致にあった。ついうっかり誰かにこの忌むべき血の力について話したことなどない。まして味覚障害だなどとは誰に分かろう――。
「…まさか、大きい方の“僕”が?」
ネスから無言の肯定が返る。子リンは脱力したように深いため息を吐いた。“うっかり”話してはいないが、唯一過去の自分にだけは話していたことを失念していた。あれだけ釘を刺しておいたし、何より己を貶めるようなことを他言する訳がないと思っていたが。
しかし、それは同時に胸の内に溜っていた暗鬱たるもの全てを吐き出させるようにも感じられた――つまり、大人の自分に対して沸き上がった非難の気持も然り、である。
そして合点がいく。だから大人の自分は昨日あんなことを言ったのだ。
“誰も貴方を拒絶したりはしない”と。
「クソ…アイツ、余計なお世話だ…」
感情の伴わない悪態を吐きながら、子リンは膝から床に崩れた。ネスが慌てて彼に駆け寄るが、小さな勇者はそのまま突如ネジが外れたように笑い出した。
「はは…ひゃはははは!あははははははっ」
「こっ…子リン?」
「ははっ…いつから?」
「え?」
「いつから知ってたんだい?」
小刻みに肩を揺らしながら、子リンが問う。ネスは困ったように唸った。
「えー…っと…いつだったかなぁ…だいぶ前からだけど」
「じゃあ、君たち皆、知ってて僕と接してくれてたのかい?今までずっと?」
子リンの問いにネスは顔をしかめた。
「たとえ途中で知っても知らなくても、僕は…僕らは君に対する態度を変えたりしないよ。それとも何かい、君は僕らを信用してなかったのかい?」
「信用してたよ。でも期待することが怖かったんだ」
真剣な様子で子リンが答える。それにはネスも思わず返す言葉を失った。しかし、子リンはすぐに立ち上がって服や膝に付いた埃を払った。そしていつもの不敵な笑みを見せる。
「でも、もう隠す必要も理由もないみたいだからね。逃げないよ」
「愉快な仲間割れは終わったかい?」
手持ちぶさただったマーティンが口を挟む。律義にも待っていてくれた彼に「こりゃどーも」と軽く会釈をしてから、子リンとネスは再び戦闘の構えに入る。ピカチュウとカービィも彼を囲むように立ち、一転して室内の空気は張り詰めたものになった。
「まだ無駄な努力をするつもりなんだね」
そんな彼らを見やって、マーティンはわざとらしく溜め息を吐く。確かにそれまで子供たちにはさしたる解決策も作戦もなかった――が、ネスに喝を入れられた子リンはどうやら頭が冷えたらしい。普段の冷めた表情でわずかに口角を吊り上げる。
「案外無駄でもなかったかもよ?」
そう呟くと子リンはちらりとネスを見やる。ネスはじっと子リンの目を見つめ、ややあって「了解」と頷く。どうやら子リンの心を読んで、彼の作戦を知ったらしい。そしてその作戦は瞬時にピカチュウとカービィにもネスのテレパシーで送られる。ピカチュウとカービィはにぃと笑って低く構えた。
「もう決着付けなくちゃね」
『いい加減家に帰りたいよ』
やる気があるのかないのか、思い思いの台詞を吐くカービィとピカチュウ。一瞬全ての物が沈黙する。刹那、子供たちは一斉に地を蹴って駆け出した。
「うらぁぁぁぁっっ!!」
作戦とは何かと警戒して子供たちの出方を窺っていたマーティンだが、四人の子供は雄叫びを上げながら各々直線的に突っ込んで来るだけで計画性も何もないように思われた。しかも歩調がまるで合っていないので、足の速いピカチュウだけが真っ先にマーティンに攻撃を仕掛ける形になっている。
――自暴自棄になったのか?
脳内の片隅で嘲笑し、彼はその攻撃を朽ちない体で受け止めてピカチュウの尻尾を掴むと彼を壁に叩き付けた。ピカチュウは壁に激突する寸前に何とか受け身を取る。幽霊少年はさらに追撃を加えようとするが、遅れてやって来たカービィの蹴りに盛大につまづき、一回転して転んだ。
続く子リンの下突きを何とか転がって避けると、マーティンはカービィを子リンの方へと蹴り飛ばした。カービィは子リンの顔面に直撃し、二人は目を回したようにその場に倒れる。
一息付いたかに思われた戦局だが、まだ一人忘れてはならない人物が残っている――ネスだ。ネスは指先にPSIを溜めて後方からマーティンに狙いを定めていた。PKフラッシュのようである。マーティンは子供たちの計画の全容を知って、一人ほくそ笑んだ。
――要するに、本命はネスの溜め技であって、その他の子供たちは陽動作戦の為に動いていた。そういう訳だろう?
ネスがPKフラッシュを放つまでの時間を稼いだ子供たちは、部屋の隅の方に弾き飛ばされている。マーティンとネスの間には床に散らばる僅かな瓦礫以外、何物も存在しなかった。マーティンは一瞬避けようかとも思ったが、ふと浮かんだ考えに自賛の笑みを溢すと、敢えてその場に踏み止まって眼前の少年が力の限りに叫ぶのを聞いた。
「PKフラッシュ!!」
刹那ほとばしる凄まじいばかりの閃光の奔流は、マーティンを丸々包み込み、室内を煌々と照らし出した。あまりの眩しさにピカチュウたちは勿論、ネスも顔を手で覆う。しかしそのような手間を彼らは決して厭わなかった。
彼らは未だ勝利を確信していなかったのだ。
「まだ終わってないぞ!」
緊迫した子リンの声が鋭く喝を飛ばした。
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