共食い狂想曲
*28
急激な話の展開に付いて来れていないようでもあったマーティンは、しかし気丈にも不敵な笑みを浮かべて低く身構える。
「…雑魚が何人集まったところで、君たちは僕に勝てはしない。勝てる訳がない!」
『…ああ言ってるけど』
ピカチュウが怪訝そうに子リンを見上げる。子リンは短く首肯した。
「ピカチュウたちが来る前からマーティンとはやりあってるけど、傷一つ付けられてない状況かな」
「……」
『それってピンチじゃない?』
「そうとも言うね」
そうとも言う、じゃなくて、実際ピンチなのである。衝撃の事実が発覚する中、子供たちの会話は非常に穏やかかつ倦怠感溢れる様子で進んでいく。
「ボクがマーティン君を食べて、それからネスにネスの魂を口移しでむちゅーってやるのはどう?」
「さすがのカービィもマーティン食べたらお腹壊すでしょ。っていうか口移しなんて僕がやだよ」
「んー…そうかぁ」
『子リンの光の矢は駄目なの?』
「ここに来るまでに乱発してきたから矢がないんだ。ちょっと無計画だったって反省してるよ」
「…あの、君たち…僕がいる目の前で作戦会議するの止めてくれない…」
いくら勝気なマーティンでもここまでされては凹む。子供たちはそんな彼に「だったら降参してよ」と声を揃えて答えた。
勿論凹んだとはいってもマーティンはこれしきのことでは折れたりしない。一声「調子に乗るなよ!」と叫ぶと、再び凄まじい殺気を放って子供たちに飛びかかった。
金属が風を裂き、大槌が部屋を揺らし、火花が弾け、青白い電光がその間をひた走る。
四対一という圧倒的不利な立場ながら、マーティンの抵抗は予想以上に激しく、戦況はより熾烈を極めた。否、力の差ではなく、マーティンの回復力の早さに子供たちは次第に翻弄されるようになったのだ。あるいは一人だけ疲れを知らない子リンが突っ込み過ぎるせいで、四人の連携はしばしば崩れた。
「子リン…!少し退いて!!」
他の子供たちが間合いを取って後退する中、子リンだけが一人でマーティンに斬りかかった時、ネスは小さな背中に叫んだ。
ネスを含め、ピカチュウ、カービィは息が上がり始めている。このまま具体的な解決策もないままマーティンとやり合うのは決して得策とは言えなかった。それをこの場の誰もが理解しているはずなのに、敢えて一人で戦う子リンにネスたちは違和感すら覚えた。
「このままじゃ埒があかない。一旦退こう」
「逃げ場のないこの厨房の何処に退く気だい?」
子リンが振り向かずに応える。彼の力強い横薙がマーティンの脇腹をかすめた。
「それは…そうだけど…でも、このまま戦い続けてれば子リンも僕たちもバテちゃうよ。僕たち皆が力を合わせて戦わなきゃ!」
マーティンの反撃として形の変形された鎌のような腕が子リンを襲う。それをバック宙でかわした子リンと入れ違いにネスが飛び出し、マーティンの顔面めがけてヨーヨーを繰り出した。
「…僕は一人で平気だよ」
着地したその足ですぐさま地を蹴り、ネスの横に並んでマーティンに斬りかかる子リンが呟く。刹那ピカチュウの雷が二人の頭上に降り注いだ為、子供二人は素早く左右に転がって緊急回避。やや怯んだと見えるマーティンにカービィが吸い込んでから吐き出した大鍋が激突し、わーんと重厚な金属の音が狭い厨房に反響した。
しかしまだマーティンはケロリとした表情でカービィに斬り付ける。それを阻止する形で子リンとネスが駆け寄る最中、ネスは苛立たしげな様子で叫んだ。
「こちとら平気じゃないと思ってるから言ってんだよ!!見てて子リンの戦い方は危なっかしいの!」
「はぁ?ネスにだけは言われたくないってーの。それに僕は…――」
言いかけて子リンは口をつぐむ。普段は何処か冷めたような表情しかしない彼が、この時ばかりは苦虫を噛み潰したような顔でうつむいた。
そこでネスの足が止まった。次いでそれまでマーティンに向かっていたのを、突如子リンの方へ駆け出した。マーティンと戦っていたカービィは難なく彼の攻撃をひらりとかわして、ピカチュウと共にマーティンの攻撃と注意を引き受けながら時々心配そうに二人を見やる。
子リンはネスが近付いて来るのを認め、戸惑ったように立ち止まった。マーティンとの間合いを心配そうに確認しているが、しかしそれはカービィとピカチュウの巧みな誘導のおかげで杞憂に終わった。
ネスは子リンの前で立ち止まると、大きく息を吸ってから叫んだ。
「突然何だよ!僕らが魔物の血について知ったから、僕らを避けてるのか!?」
ちりちりと残響すら残すネスの大声にさすがのマーティンも攻撃の手を止める。マーティン、ピカチュウ、カービィが無言で二人を見守る中、唖然とした顔の子リンにネスはさらに続けた。
「君は僕らに嫌われたくなくてそのことを隠してきたんだろう?…それなのに、今は自分から僕らを避けてるじゃないか。そんなのあべこべだよ!」
「だ…だって!」
子リンが耐えきれずといった調子で口を開く。
「皆口には出さないけど、魔物の血を飲んだ奴となんか一緒にいたくないだろ!?気味が悪いし――…綺麗事なんて期待してないんだよ、一言“近付くな”って言ってくれよ!」
「…そんな風に…思ってたのかい…?」
今度はネスが愕然とした様子で問い返す。子リンは今にも泣きそうな顔でうつ向き、答えなかった。
しばし室内に沈黙が流れる。マーティンでさえ空気を読んでおとなしく成り行きを見ているようだ。ましてピカチュウとカービィに至っては身じろぎ一つしない。全ての物が次なる言葉を待っているようだった。
「…君は勘違いしてるようだから、一つ言っとくけど」
ようやくネスが呟く。「君」と言いながらぴっと子リンを指差した彼の口調は、やや怒気を孕んでいた。
「“血”について知ったら、僕らは君から離れていく、と君は思ったんだろうけど…それは大間違いだ。何故なら――」
「…だめ、ネス!」
それまで沈黙を保っていたカービィが鋭く制止の声を飛ばす。が、ネスは構わず言葉を紡いだ。
「僕らはずっと前から君の血のことを知ってたんだから」
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