共食い狂想曲
*27
マーティンはやはり、というような苦々しい表情で唸った。一方ネス、カービィ、ピカチュウは唖然とした面持ちで子リンを見ている。破り難い沈黙が流れ、しばらく誰も動かなかった。
「…君は魔物かい?それとも魔物の血を飲んだ“堕ちたヒト”かい?」
ようやく口を開いたマーティンが子リンに問う。子リンは止血の為に首を押さえていた手を外し、「後者の方さ」と短く答えた。既に彼の首の傷は塞がり始めており、その顔色も普段の健康そうなものへと戻っている。しかし、子リンの表情は依然として浮かないままだった。
「…子リン」
そんな表情の彼に声をかけることは、仲間として、友人として当然のことであると信じてやまないネスたちだったが、それでもネスが子リンを呼んだ際の声は今日一番に弱々しかった。
子リンは仲間を振り返らず自嘲気味な溜め息を漏らした。
「あり得ないでしょ?普通の神経してる奴なら、魔物の血を飲むなんて考えないよね」
「まったくだよ」
子リンの呟きに答えたのは、ネスではなくマーティンであった。マーティンは未だ口の中に残っていた子リンの血と僅かな肉片をペッと吐き出し、袖で口の周りの血を拭った。
その動作に、ここが戦場だと忘れかけていたカービィとピカチュウが身構える。しかしマーティンは二人に構わず、子リンを睨み続けていた。
「僕がただの低級霊だったら、この血を触っただけで消滅してるとこだったよ。ましてそれを口に含むなんて…忌々しい魔物の血…!」
「そう言いながら君は少しも堪えた様子がないね。王子を倒しただけのことはある」
子リンは飄々とした様子で薄く笑った。おびただしい出血の痕を残した少年が、この状況で笑い出す様は至極不気味だった。
普段の子勇者のようでいて、何処か螺子の外れたような狂気じみた雰囲気の彼は、かの魔王と対峙した時の大人の勇者を彷彿とさせる。子リンはそのまま落ちていた剣を拾って身構えた。そしてその碧眼に怪しい光を湛えて言う。
「僕は何処かのお人好しな王子とは違って限りなく魔物に近い勇者なんだ。理性よりも本能で動く。目的の為には手段を選ばない。…だから…」
唐突にその語調が弱まる。視線はマーティンを捉えたままだが、子リンはネスたちに語りかけた。
「…僕は今まで、皆にこのことを知られたくなくて、隠してきたんだ。今までの生活が楽しくて仕方なかったから、僕たちの関係が崩れるかもしれない要素は、一つでも作りたくなかった」
「…子リン」
再度遠慮がちにネスが彼を呼ぶ。勇者は振り返らなかった。
いたたまれない沈黙が流れる。が、それは突如鋭い叫び声を発したピカチュウに破られた。
『…ッ子リン!後ろ!!』
その声に子リンは些か驚いたように振り返り、それから横に身を投げる。その残像を追うようにして、ぶわっと白いもやがかった影が何処からともなく現れて襲いかかった。バランスを崩した子リンの元へさらなるマーティンの追撃が迫るが、それはピカチュウとカービィの短い足のキックで阻止される。
一瞬入り乱れた子供三人はすぐさま背中合わせのフォーメーションを組み、突如襲来したものを見据える。マーティンと共に子供たちを挟むようにゆらゆらと漂っていたのは、いわゆる雑魚の部類に入る幽霊だった。
「…霊力が弱すぎて気付かなかった」
子リンが短くぼやく。カービィはのほほんと頷いた。
「マーティン君の殺気でお部屋がピリピリだからねぇ。ボクたちも目で見るまでは分からなかったよ」
「はは…馬鹿とハサミは使いよう…って言うしね」
朗らかな明るい口調でそう言ったマーティンは、ばっと腕を伸ばして子供たちを指差した。何事かと身構える幼き英雄だが、刹那彼らは少年の取った行動の真意を知る。少年が指したのは、後方で身動きの取れないネスだった。そしてマーティンの無音の指示に動き出したのは、先の雑魚幽霊。
「やばっ…ネス!逃げ――」
今までは肉体を食べることにこだわっていたマーティンだが、ここでひとまずネスの魂だけでも奪って力を付け、その上で子リンたちを始末する作戦に変えたらしい。
逃げろと言いかけ、ネスを見やった子リンは固まった。ネスは影のようなものにがんじ絡めにされている。逃げられようはずもない。
しかしこの距離で彼らがネスに襲いかかる敵を引き留める手だてもない。ネスもそのことは理解しているようで、口をパクパクさせながら蒼白な面持ちで迫り来る幽霊を見ている。嗚呼駄目なのか、そう誰もが思った――その時。
「は…はわわわ…ささサイマグネットォォォ!!!」
ネスの絶叫が響く。くしくもそれはやけくそに放たれた彼の最後の抵抗だった。ネスがそう叫んだ瞬間、ネスの体の周りに薄水色の光がバリアのように展開される。それが特殊攻撃のエネルギーを吸収し、自身の体力に変えてしまう技である――ということは、子リンもカービィもピカチュウも、そして当然ネスもよく知っていた。
が。
「ギャアアアア!?」
サイマグネットに触れた雑魚敵は、凄まじい断末魔を残してシュワアァと消えた。一方固く目を閉じて衝撃を待っていたネスは、薄目を開けてようやく自身の命の危険が去ったことを知ったらしい。そうして唖然としたままこちらを見ている子リンたちとマーティンを見、一言呟く。
「…元気になったかも」
『へ…?』
「なんだか力が湧いてくる!」
ネスは突如叫ぶと、それまで体の自由を奪っていた蔓をPKサンダーで壁ごと突き破った。力湧き過ぎだろ、とピカチュウが突っ込むより早く、子リンがぽつりと呟く。
「サイマグネットは、幽霊も吸収しちゃう訳?」
「みたいだね〜」
カービィの気の抜けたような相槌を待ち、ネスがもうもうと立ち上る埃の中から姿を表す。彼は平常時と全く変わらぬ確かな足取りで子リン、ピカチュウ、カービィの横に並んだ。
「形成逆転かな」
未だ唖然としているマーティンを見据え、ネスが言った。
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