共食い狂想曲

*25

つぶらな瞳に浮かぶのは、燃え盛る激しい炎。しかし一頭身のピンク球では少しも気迫など出せない。それは隣に立つ可愛らしい電気鼠も同じだった。

「…ピカちゃん、ボクは真剣に言ってるのに、そんな可愛い顔してこっち見ないで」

『君に言われたくないし…言っとくけどこれでも僕は真面目だよ』

「あれ、そうなの?」

さきまでの緊張感が嘘のようにダベるピンク球に、ピカチュウは敢えて辛辣な言葉を返した。勿論ピンク球もそんな程度の言葉に凹む訳もなく。

「まぁいいや。そろそろ全部吸っちゃうよ」

いかにも軽い調子でそう宣言するカービィに、ピカチュウは短く首肯した。そもそも二人はポルターガイストたる家具の山から、ただ闇雲に逃げ回っていた訳ではなかった。
敵意ある物を効率よく一網打尽にするため、攻撃の方向を一つに絞れるよう敢えて密閉空間に逃げ込んだ。そうして扉が壊れるまでに敵の数が増えるまで、じっと――その様はいかにも暇つぶしのようであったが――反撃の機会を窺っていたのだった。

椅子やら机やら引き出しやらフォークやら、果てはベッドやタンスの類までもが一緒になって小さなピンク球とその後ろに隠れる電気鼠に襲いかかる。が、カービィはにんまりと笑んでから体の半分以上の大きさにぱっくりと口を開いた。
刹那、それまで自らの意思で動き回っていた家具が何としても逆らえない力によってカービィの口の中へと飛び込み始めた。星の戦士の必殺技、吸い込みである。
カービィは様々な法則を無視して家具の山々を腹――というか口――の中へ収めてしまう。その様子をピカチュウはごくごく暇そうに見つめ、時々運良くカービィの吸い込み地獄から逃れた家具を電撃で軌道修正し、カービィの口の中へと突っ込んでいた。

その一方的な戦いは、やはりカービィとピカチュウの勝利に終わった。恐らくこの屋敷中の家具を食べ尽したカービィは、しかし少しも堪えた様子もなくケロリとしている。むしろ間近で家具の山々を吸い込んでいくカービィを見ていたピカチュウの方が気疲れしたようで、重々しく溜め息を吐いた。

『…これからどうする?引き付けられるだけの雑魚は片付けたし、そろそろ真面目にネスたちを探す?』

「そう、かな…」

ピカチュウの問いにカービィは曖昧な返事を寄越す。ピカチュウは怪訝そうにピンク球を見返すが、見つめられた方は普段はほとんど使わないあるかなしかの脳で、何事かを懸命に考えているようだ。
しばらくして、カービィは答えた。

「…うん、そうしよう。ネスだけじゃなくて、マルスたちにも会えるかもしれないし」

『うん』

果たしてこのピンク球が短い俊巡の間に何を思ったのかは不明だが、特に気にも留めなかったピカチュウは素直に頷いた。
カービィはただちらりと固く閉ざされた屋敷の窓を見上げると、すぐさま視線を戻してピカチュウと並び長い廊下を進み始めた。



『そこを左』

腕の中の喋るミイラの生首の言葉に従い、ポポとナナは屋敷の中を猛然と進んでいた。本来なら立ち塞がる幽霊たちの襲撃を恐れて然るべきだが、何故か屋敷には猫の子一匹いなかった。
そのことには安堵の念を禁じえない二人だが、同時に唐突に襲撃の止んだことが気味悪くも思われた。

「なんで、幽霊さんいないのかな」

ポポがぽつりと呟く。ナナはやや沈黙した後、ぱぁと顔を笑みに彩り一つの可能性を提示する。

「もしかして、マルスがマーティン君に勝ったんじゃない?」

あながち無くは無い可能性の一つである。しかしその望みはエミリーにあっさり絶たれた。

『マーティンが負けたなら、この屋敷は体裁すら保てないはずなの。だから、マーティンは負けてないよ』

「…そっかぁ」

落胆した様子で呟くナナ。ポポも同じくうなだれていたが、ふと怪訝そうな表情を浮かべてエミリーを見下ろした。

「ねぇ、どうしてエミリーちゃんは僕たちのこと――」

『あ、あった!』

ポポの呟きを遮り、エミリーが悲鳴を上げる。つられて二人が前方を見ると、そこには真紅の翼に可愛らしい小さな嘴をちょこんと付けた鳥がいた。しかし普通の鳥というには些か大きい。さらには赤の翼によく似合う、体の二倍以上はある立派な赤と金色の尾羽根を持っていた。

「あったって…何が?」

その鳥を警戒の眼差しで睨みながらナナが尋ねる。エミリーは表情を変えなかった――が、何処か喜ばしげな色が声にありありと見て取れた。

『私の体』

「え…えっ!?」

ポポが何か問う前に、その真紅の鳥がエミリーめがけて飛んで来た。突然のことに思わずポポは悲鳴を上げ、エミリーの首を放り投げてしまう。鳥はポポ、ナナには目もくれず、エミリーの首を追う。
それは、一瞬のことだった。
一声鋭く鳴いた鳥は、真紅の体を突如オレンジの炎で燃え上がらせ、その灼熱の炎を纏ったままにエミリーの首と激突した。ナナの悲鳴が上がる一方、ポポはあまりの出来事に立ち尽くした。

鳥はただの火だるまと化し、そのまま滞空している。代わりにエミリーの首は所々焼け焦げながらゴトリと床に落下した。

「え…エミリーちゃん!?」

慌ててポポとナナがその首の元に駆け寄る。しかし二人の呼びかけに応えたのは、確かにエミリーの声だったが、エミリーの首ではなかった。

「私は大丈夫…ポポ君、ナナちゃん、私の首の魂を見付けてくれてありがとう」

ばっとポポ、ナナが声の主を振り返る。その声は、先ほどまでのエミリーの声のように何処かぼやけている訳でもなく、はっきりとした子供らしいあどけなさを残したものである。そしてその声を発したのは、あろうことか燃え上がる火だるまだった。

「え…え!?エミリーちゃんなの…?!」

しどろもどろになりながら火だるまにポポが問う。すると火だるまは徐々にその炎を散らし、ついには真の姿を現す。

そこに現れたのは、真紅の鳥でもしなびたミイラの首でもなく――栗毛色のツインテールをふわふわと揺らす、可愛いらしい少女の幽霊だった。



「――ってやっぱり幽霊かよ!?」

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