共食い狂想曲
*24
ポポ、ナナの二人はひたすら走ってマーティンの部屋から遠ざかった。スマッシュブラザーズの屋敷には劣るが、やはりこの屋敷も広い。そんな訳で、彼らがようやく足を止めたとき、暗い廊下には二人の荒い吐息が大きく反響していた。
「…っ大丈、夫?ナナ」
「はぁ、はぁ…ポポこそ」
お互いの安否を気遣う声をかけ合った後に、静かなエミリーを見下ろす。勿論彼女は走っていないし、首から上しかない訳だから息など切れるはずがないが。
「エミリーちゃん…でいいよね。大丈夫だった?」
『平気。ありがとう』
先程と変わらぬ明るい声に、ポポとナナは思わず顔を見合わせて笑った。ひとまず安堵が体を駆け抜け、緊張にこわばった筋肉をほぐしていく。
「これからどうしよっか」
ポポは自身が逃げてきた廊下を振り返る。かなり距離が離れているせいか、後にしてきた部屋からはいかなる物音も聞こえて来ない。それが余計に不安を煽った。
一方のナナは軽く鼻から息を吐き出すと、ずいとエミリーに顔を寄せた。近くで見ればますますグロテスクなミイラであるが、ナナは既にそのような感覚が麻痺しきっていた。
「マルスには先に行けと言われたもの。だから私たちはネスたちと合流するべきだと思うわ…でも、その前に」
ナナがびしっと屋敷の廊下の虚空を示し、エミリーに詰め寄った。
「この屋敷がどうしてこんなお化け屋敷になっちゃったのか、説明してもらわなくちゃ」
「な、ナナ…」
おどおどとナナを諌めようと声を上げるポポだが、一度ナナにきっと睨まれると黙り込んでしまった。エミリーは始めから黙っていた。ナナもエミリーの返答を待って黙っている。
暗い廊下にしばし沈黙のみが流れた。
『話してもいいけど』
唐突にエミリーが口を開く。
『私の体を探してからにして欲しいな』
「ふぇ…体…?」
虚を突かれた様子でポポとナナが同時に呟く。そういえば先程“体は別にある”というようなことを言っていた。
ポポとナナは一瞬お互いを見つめ、無言の議論を行ったが、結局「いいよ」と承諾して暗い廊下を歩き始めた。
「どうしてこのお屋敷がお化け屋敷になったかって?」
のんびりした声はカービィのものである。
『うん、別に僕には関係ないけどさ、二十年前って…マーティン君言ってたでしょ?少し引っかかることが…あってさ』
対するピカチュウの声は時々途切れがちになる。それもそのはず、二人(匹)の周りには殺意を持った空中浮遊する家具の数々が無数に攻撃の機会を狙っているのだ。
カービィはにへらと笑ってピカチュウを振り向いた。
「なになに?教えてピカちゃん」
『よそ見しないでカービィ!』
後ろを向いたカービィに猛然と襲いかかる家具の山々。それを雷で牽制しつつ、カービィの手を引っ張ってその場を脱兎の如く駆け去るピカチュウ。まだ追い縋る家具を近くの部屋に逃げ込み扉を閉めて遮断する。鍵を閉めてもなお扉に家具が激突する音は止まなかった。
『もう…何?君敵のスパイ?』
「ごめんピカちゃん。でもかっこよかった」
『…褒めても何もないよ…』
脱力するピカチュウをよそに、カービィはにっこり笑ってそのピカチュウの顔を覗き込む。短い手足を一杯に動かして、「ピカちゃん、このお屋敷の秘密を何か知ってるの?」と尋ねた。どうやら先のピカチュウの発言に完全に気がそれていたらしい。
ピカチュウは諦めたように溜め息を落とした。
『…実はさ、僕オカルトマニアなんだ』
突然のカミングアウトにカービィはきょとんとする。ピカチュウはそのまま続けた。
『実際怖いのは嫌いだけどね…で、オカルトマニアの間で凄く有名な幽霊屋敷があって、それがどうやらこの屋敷みたいなんだ』
「へぇ」
さすがのカービィもへぇとしか言いようがない。ピカチュウがオカルトマニアで、この屋敷が有名な幽霊屋敷で何だと言うのか。
ピカチュウは部屋の中をぐるぐると歩き始めた。
『“恐怖・神出鬼没の人を喰う屋敷!”って言ってさ、二十年前に突然屋敷の住人が変死を遂げて、以来訪れた人を皆喰い尽くすって話なのさ』
「まんまこのお屋敷だね」
『そう…で、噂の域を脱しないけど、どうしてこの屋敷の住人が変死を遂げたのかって話もあるんだ』
「な、なになに!?」
どきまぎとしながら続きを催促するカービィはさながら怪談でも聞いているかのようにごくりと喉を鳴らした。ちなみにまだ部屋の扉はやかましく叩かれている。しかしピカチュウは構わず続けた。
『まず、気の狂った奥さんが、娘さんを殺して、晩ご飯のスープにしてしまったらしいんだ』
「…ぅげ…」
珍しくカービィが顔を歪める。ピカチュウは自分の話でカービィが顔をしかめるのを見てある種の達成感を覚えた。
『でも、もう一人の息子さんがそれを見ていて、こっそり娘さんの骨を弔ってあげた』
何処までも信じがたい話ではあるが。
『そうしたら、娘さんの幽霊が戻って来て、奥さんを憑り殺しちゃったんだって』
「え?でもそれじゃあマーティン君は…」
ほんわかしているようで、その気になればかなり素早く頭の回るピンク球である。ピカチュウはまだ続きがあるんだとカービィの言葉を遮った。
『今度は憑り殺された奥さんが幽霊になって、残っていた息子さんたちや屋敷にいる人を殺しちゃったんだ』
ぴくりとカービィの視線が上がる。
『旦那さんは何も知らなかった…だけど、奥さんに深い恨みを抱いて死んでいった息子さんは、再び現世に帰ってきた。憎むべき人もいない、この屋敷へと』
「…それが、マーティン君?」
『分からない。そういう噂ってだけ』
ピカチュウはそう締めくくった。まだカービィが何事かを反論しようとするが、刹那その部屋の扉が吹き飛び、殺意を持った家具が部屋に雪崩れ込んだ。
扉の鍵をポルターガイストが破壊したらしい。
『話は、また後でね』
「…しょうがないなぁ」
二人は別段焦るでもなく、不敵に笑んで身構えた。
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