共食い狂想曲

*22

「…なかなか賢い選択だ」

しんと静まり返った部屋の中で、ぼやけたマーティンの声が響く。マルスは手の中でファルシオンを遊ばせながらふっと笑った。

「己の実力を知り、敵わぬ相手と見るや、自分を囮にして仲間を逃がすその思い切りの良さ…称賛に値する」

子供らしくない不敵な笑みでそうマーティンは告げる。マルスは依然黙ったままマーティンを見つめていた。少年はその沈黙に笑みを深め、さらに続けた。

「だが、全て無駄なことだ。この屋敷に入った者は、一人残らずこの僕が魂ごと食べてやるからさ」

「…好き嫌いがないのは結構なことだ」

ようやくマルスが口を開く。は、と浅く息を吐き出した王子は失笑というように肩をすくめた。マーティンは不審そうに眉をひそめた。
そんなマーティンの様子にマルスは満足そうに口角を吊り上げる。

「だが、多少は選り好みしないと腹を下すぞ」

据わった蒼き瞳に射抜くような光を宿し、綺麗に並んだ歯列を覗かせる王子はすらりと神剣をマーティンに向ける。マーティンは怒りに顔を歪ませた。


「…っほざけ!!貴様ら人間に勝ち目などないというのがまだ分からないのか!?」

叫ぶと同時に腕を怪物のような鋭い爪の付いた物に変化させ、マーティンはマルスに斬りかかった。マルスはそれを易々と受け止め、二人の力は拮抗して静止する。

「勘違いするなよ」

「…な」

相変わらず王子の余裕の表情は崩れない。少年は言い返そうと口を開くが、それより速く王子の神剣は鍔迫り合いを弾き上げていた。

「君は僕のことを“囮”と言ったね」

王子の視線に凄まじい殺気が宿る。マーティンは意に反して額に冷や汗が滲むのを感じた。その一瞬にマルスがばっと引いた神剣を、大きく横薙に払う。マーティンはなんとかそれを弾くが――。

「いいことを教えよう…僕は負け戦はしない」

刹那、マーティンの目の前から王子の姿が掻き消えていた。

「ど…何処に…!?」

「僕はただ…」

慌ててマーティンが辺りを見渡すが、彼が王子の姿を捉える前にかの神剣ファルシオンは、マーティンの頭上から王子の全体重をかけて振り降ろされていた。

「ッぎゃあああッ!!?」

思わぬ急襲に少年は悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。その彼の腹の上にみしとブーツの踵をめり込ませ、マルスはマーティンを見下ろした。

「グ…」

「僕はただ…子供相手に少しでも本気を出す醜い姿を、彼らに見られたくなかっただけなのさ」

言って王子はくるりとファルシオンを回転させる。その顔にはいつもと同じようで、その実狂気じみた恐ろしき笑みを貼り付けて。

「さーて、そろそろ茶番は終わりにして…チェックメイトとしようか、マーティン君?」

勝ちを確信すると、人間誰しも油断をするものである。ところがマーティンを押さえ付けるマルスの力は弱まるどころか強まる一方で、彼から放たれる殺気は研ぎ澄まされ、膨れ上がるばかりだ。
内心マーティンは焦っていた。何もかもが自分に有利に働くこの屋敷の中にあっても、この王子の実力には到底敵わないのである。

しかし、マーティンには最後まで負けない自信があった。

「…ッ!フ…フハハハ!いいのかい、僕を倒して?」

マルスの表情が僅かにかげる。

「そうしたら、僕の中にあるネスの魂は僕と一緒に地獄に落ちるんだ!」

地に倒れながら、動きを封じられながら、マーティンは戦いの主導権を自身が握り直したことに気付いた。見上げる王子の表情は限りなく無に近い。否、それこそ王子の表す最大限の驚きの印なのだ。

「馬鹿だなァ」

そして生まれた一瞬の隙。

「そんな半端な覚悟じゃ幽霊の僕は倒せないんだよッ!!」

子供には有り得ない力で王子の足を跳ね退け床から飛び起き、体勢を崩した王子の心臓めがけて鋭い爪の切っ先を突き出す。神速と謳われる王子の剣も、こればかりは防御が間に合わなかった。

ドスン、と重い音が響き、次いで少なくない量の赤い液体が王子の足元にバタバタと滴る。

王子の甲冑をいとも容易く粉砕してみせたマーティンの腕は、マルスの体を完全に貫通していた。

「が…はっ――」

一つ苦しげに咳をすると、マルスの口から大量の血が溢れた。それを最後に王子の体はぐらりと傾ぎ、糸の切れた操り人形の如く埃っぽい床に倒れ伏す。

彼の蒼い装束は、みるみるうちに赤黒く変色していった。



ネスと子リンが扉を開いた先は厨房だった。様々な調理道具が所狭しと並べられたその部屋は、しかし薄暗く埃を被っており本来の役割は果たしていないように見えた。入口は彼らのいる扉一つしかないようである。
行き止まりか、と子リンたちが引き返そうとしたその時、たった一つの入口の扉がバタンと勢い良く閉まった。何事かと二人は身構える。そんな子供二人を嘲笑うように、緑色の炎を纏って回転しながら突如何者かが姿を現す。ネスも子リンも一度会っているので、その姿を確認するや彼の名を叫んだ。

「マーティン!」

青白い肌の少年――マーティンはにたりと笑って二人の少年を見下ろした。そんな彼を睨み付けるように見上げる子リンとネスだが、おもむろに彼の手に掴まれた大きな物体に視線を移し、同時に愕然とした表情になった。

「げ…何アレ」

“アレ”とネスが指差す先にあるのは、マーティンに足首を掴まれぐったりとぶら下がっている青年だった。マーティンはネスたちに青年の顔がよく見えるように彼の足を肩の高さまで持ち上げた。
青年の長い前髪は重力に従い下方に流され、眉目秀麗な顔が広く露になる。

「アホ王子だし…」

「何やってんのあの人…」

よく見れば青年はマルスであった。胸当ては無惨に破壊され、その隙間から痛々しい切傷が見える。ぽたぽたと厨房の床に彼の血液が滴っていた。
息があるかも遠目に見るだけでは定かでない。

「残念だけど君らの頼みの大人は、この通りさ!」

マーティンは高らかに叫んだ。

[ 22/36 ]

[*prev] [next#]


[←main]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -