共食い狂想曲
*21
「…まず、なんで君がこんな木箱に閉じ込められていたのか聞いてもいいかい?」
未だ怯えきっているポポたちを尻目に、マルスは若干急いだ様子で尋ねた。エミリーと名乗る子供の頭部のミイラは箱の蓋が開いたことで力を増したようで、先までよりも随分はっきりと返事を寄越した。
『その前に、貴方は誰か教えて』
「…マルスだ」
マルスは苛立たしげに答えた。何をそんなに焦っているのか、惑乱した思考ながらもポポは疑問を抱く。さすがのマルスもそれだけでは短いと感じたのか、さらに言葉を続けた。
「君の弟に奪われたネスという少年の魂を探しに来た者だ。こちらは僕の仲間、ポポとナナだ」
『ネス…って、あの野球帽の子?』
「知っているなら話が早い。さぁ、質問に答えたまえ」
美麗な顔が静かな怒りを湛えながら凄む。子供心ながらにポポとナナは王子が類を見ないほど怒っていることを理解していた。当然理由は分からなかったが。
エミリーの方はそんなマルスに気づいていないのか無視しているのか、少しも変わらない様子で続ける。
『リンゴを取ろうとして木箱を開けた私の首を、お母さんはこの鉄の蓋で挟んで落としちゃったの』
「残りの体は?」
『お母さんがお釜でぐつぐつ煮て、お父さんが食べてしまったわ』
「マーティン君はどうした?」
『残った骨を全部拾って、庭の木の下に埋めてくれた』
ポポ、ナナが愕然として顔色を失うような内容を歌うようにすらすらと答えるエミリーに、わずかにマルスは怪訝そうな表情を浮かべる。しばらく間を空けて、マルスは蒼い瞳を見開いてぎりとエミリーを睨んだ。
「本当のことかい?」
『……』
鋭い視線に気圧されたのか、エミリーは黙り込む。ようやく衝撃から立ち直ったポポは、物言いのきついマルスのマントを軽く引っ張った。マルスははっとしたようにポポを振り返った。
「マルス…言い方がきつ過ぎるよ。いくら幽霊さんだって、そんな怖い顔されたら怯えちゃうよ」
「怖い顔?」
虚を突かれた様子の王子は、はたと自分の頬を撫でた。ポポが遠慮がちに頷くと、その横でナナも小さく頷く。マルスはぽかんと口を開けていたが、やがて目を手の平で隠すように覆って短い笑い声を上げた。その挙動にポポもナナもエミリーも沈黙する他なかった。
が、やがてポポを見返した王子の表情は、いつもの余裕めいた笑顔だった。
「すまない!僕としたことが、結論を急ぐあまりについ素に戻ってしまった!エミリーお嬢さん、君には本当に悪いことをした」
『ううん、平気』
それまで張り詰めていた空気が途端に和らぐ。エミリーはそう答えたが、ポポとナナとしては今聞きづてならない単語が聞こえた気がしてならなかった。
“素に戻ってしまった”と?
しかしマルスはそれ以上の言及を受け付けず、再び質問の続きを始めていた。
「さっき“野球帽の子”と言ったが、君はネス君に会ったのかい?」
『食堂で一人でいるところを、私の体が会ってる』
「体?体は屋敷を自由に――」
さらに質問を続けようとした時、マルスは背後に殺気を感じてばっと横に身を投げた。勿論その時両脇にはアイスクライマーの二人を抱えていた。ポポとナナも背後に迫った気配には気付いたらしく、とっさに箱の中のエミリーの首を取り出して、マルスたちは全員埃の立ち上る部屋の中で自身に迫っていた危険の正体を見た。
先程までエミリーの首が入っていた木箱は、何処からか飛んで来た洋服箪笥に押し潰されているのだ。そうして、そんな人の力だけではとても動かせないそれを、いとも容易く移動させてみせた者が、エミリーの部屋とマーティンの部屋を繋ぐ扉の前に立っていた。
『マーティン…!』
エミリーが呟く。そこにいたのは今では見慣れた少年だった。しかし少年の体は不気味に青白く光り、床から数十センチ浮いている。彼から発せられる殺気は、それだけでクマを倒すことが出来そうなぐらい激しく、とにかく何もかもが普通でなかった。
「…ヤバいな、非常に」
「ヤバいの!?」
マルスがぽつりと呟くと、ポポとナナが同時に叫び返す。それにはマルスではなくエミリーが答えた。
『ここはマーティンの屋敷。全てがマーティンの思うがまま。この中で戦ったって、貴方たちに勝ち目はないわ』
「えぇ、そんな!何とかならないの!?」
首しかないエミリーに懇願するポポ。ナナもだいぶパニックに陥っているようだ。かつマーティンの攻撃はさらに続く。床に無造作に散らばった色鉛筆がふわりと浮き上がり、殺意を持って三人に襲いかかる。
「…面白い」
その中で唯一いつもと同じ余裕めいた笑みを浮かべるマルスは、先程蹴り倒した扉の枠からポポとナナ、エミリーを押し出し、襲いかかる色鉛筆を神速で振り抜かれるファルシオンで薙ぎ払った。
「マルス!?」
部屋の外に押し出された二人は愕然として蒼いマントを振り返る。王子は肩越しに白い歯を見せて笑った。
「先に行きたまえ。ここは僕が引き受けた」
「だっ…ダメだよ!相手はあのマーティン君…」
ナナが反論するが、マルスは蒼い瞳を細めると耳障りの良い音を立てて笑った。
「おいおい君たち、誰の心配をしている?僕の強さを知らない訳でもあるまい」
「で、でも…」
『行こう、ここは彼に任せて』
エミリーがポポの言葉を遮る。ポポとナナは不服そうに唇を噛んだが、マルスは二人をなだめるように「安心したまえ」と続けた。
ナナはまだ不服そうにしている中、ポポはきりと歯を食いしばると「行こう!」とナナの手を引いて走り出した。
「させない…!」
当然彼らを見過ごすようなマーティンではない。自身の影から手のような形の分身を作り出し、扉の枠の前に立つマルスを弾き飛ばそうと突撃させた。
「それはこちらのセリフだ」
が、スマッシュブラザーズ最強とさえ言われるアリティアの王子である。その程度の攻撃は皆神速の剣で叩き斬ってしまう。その隙にまだ後ろめたそうにこちらを振り返りながら走っていたナナの姿も廊下の角に消え、部屋にはマーティンとマルスの二人だけが残された。
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