共食い狂想曲

*20

階段を上り切ると、再び先ほどまでと同じような廊下が伸びてマルスらを待ち構えていた。むしろ重々しい空気は圧迫感を増し、ポポとナナは誰かに見つめられている気がしてならない。だがその前を行くマルスは平常時と全く変わらず、余裕めいた美麗な横顔でひゅうと息を吐き出した。

「凄いな、この禍々しい空間は」

言葉ほど気に留めていない様子の王子だが、異常な屋敷の中で唯一不変の存在たる彼は恐怖の真っ只中にあるポポとナナにとって非常に頼もしく映るのだった。マルスもあんまり怯える素振りを見せる二人を気遣いながらも「じゃあ、あの部屋に入ってみようか」とかすれた金文字で「エミリー」と書かれた札の付いた、一番近い扉を指差した。
ところがその文字を確認したところでポポが短く「ちょっと待って!」と叫ぶ。何事かとマルスとナナが振り返ると、ポポは何かを思い出すように唸った後「あーっ!」と声を上げた。

「この名前!“エミリー”って、マーティン君が家族の名前を言ってるときに出てきた名前だよ」

「…そういえばそうね」

「そうなのかい?」

マーティンが家族(正確には使用人も含まれていた)の名前を羅列したのは昨日の出来事であったので、それを知らないマルスは微かに眉をひそめた。勿論この屋敷の扉に名前が刻んであるぐらいなのだから、この屋敷の住人であることは疑いのない事実な訳ではあるが。
改めてマルスは辺りを見渡し、もう一つある隣の扉の前まで歩みを進めた。そうしてこちらもかすれて読みにくくなっている金文字のプレートに顔を近付け、その名を口に出す。

「…“マーティン”」

「えッ!?」

同時に声を上げたポポとナナが駆け寄ってくるのを無視し、マルスはしばらく黙り込んで何かを考えていたが、ナナが「マーティン君の部屋には、何か秘密があるかも」と言ってその扉に手をかけようとすると「待って」と鋭く制止の声を飛ばした。不審そうにナナがマルスを見返すと、マルスは先に見付けたエミリーの部屋を指差して言う。

「彼の部屋は後だ。先にエミリーという人の部屋に行こう」

「何で?早くマーティン君からネスの魂を取り戻さなきゃいけないのに…」

不服そうなポポの言葉にも笑顔で「何でもだ」と答える。それでも納得のいかない二人だが、マルスは説明をする気はないらしくさっさとエミリーの部屋の扉の前に戻って、どんどんと乱暴にノックした。

「ぎゃああ何やってんのマルス!?」

「幽霊さんが起きちゃうよ!」

今まで散々暴れておきながら、まだ幽霊を無駄に怒らせることに恐怖を覚えるポポとナナ。しかしマルスは呆れたように息を吐いて二人を振り返った。

「レディーの部屋に入るんだ。ノックの一つや二つ、して当然だろう?…まぁ誰もいな――」

コンコン

小さなノックの音が答える。
ポポとナナは悲鳴を上げそうになるお互いの口を塞ぎ、マルスは珍しく蒼の瞳を見開いて目の前の扉を見つめた。

「…どういう…」

コンコン

再び同じ調子のノック。ポポとナナは昨日経験した心霊現象と現在の状況が激しく重なって今にも逃げだしたい衝動に駆られていたが、それはマルスがしっかりと二人の上着を掴んでいたので不可能だった。

「エミリーお嬢さん…かな?」

直前までの衝撃も去ったマルスは、しかし警戒の色を露にしながら扉に――ひいては扉の向こうにいると思われる者に話しかける。すぐに返事は来なかった。それでもマルスが辛抱強く待っていると、ごくごくか細い霞がかったような少女の声が返ってきた。

『…お願い…ここから出して…』

「出す?出られないのかい?」

『お母さんが…出してくれないの』

その悲痛な調子に思わずポポとナナも顔を見合わせる。一体彼女が何をしたのか知らないが、閉じ込められているならなんとかしてやりたいと思うものだ。

「――では、扉から離れたまえ」

「…マルス?何――」

唐突に口を開いた王子を見上げたアイスクライマーは、彼の行動の心理が読めずにぎょっとした。王子は神剣を頭上に振り被り、今にも扉に向かって振り降ろさんとしていたのである。

「何してんの!?いきなり壊すのは――」

「幽霊屋敷だ。妙な仕切りはない方がいい」

言うや否や、王子の神剣は目に見えない速さですぱんと振り降ろされていた。一瞬間を空けて、彼らの前に立っていた扉にツツと線が入る。既に剣を鞘に収めていたマルスは、頓着無さげに亀裂の入った扉を蹴り飛ばした。バカンと派手な音を立てて、扉が部屋の中に倒れ込んだ。
同時にもうもうと埃が立ち上り、マルスたちが立つ廊下にまでそれは及んでいた。彼らはしばし埃が収まるのを待った後、恐る恐る部屋に足を踏み入れた。

「誰かいるのかい?」

そう呼ばわるマルスは、ざっと埃だらけの部屋を見渡す。全ての家具が埃を被っているが、どうやらその部屋は子供のものらしかった。小さな椅子や、玩具箱、部屋の壁に貼られた絵などがこの部屋の持ち主のことを表している。
しかし人――勿論生きている人――の気配はなかった。

『出して…暗いの…』

再びどこからともなく霞がかった声がする。“聞こえる”というよりも脳に直接語りかけてくるその声は、発信源を探そうにも不可能だ。それでも眉目秀麗な王子は険しい表情でずんずんとある物の前へと進んでゆく。ポポとナナは「置いてかないでよぅ」と情けない泣き声を上げながら王子のあとをぴったりと付いていった。
マルスはある鉄の蓋の付いた頑丈そうな50センチ四方程度の木箱の前で立ち止まった。勿論それも埃をたんまり被っているものの、王子は構わずそれに手をかけ重厚な音を室内に響かせながら鉄の蓋を持ち上げた。

三人は同時に箱の中を覗き込んだ。

「う…わ」

ポポのかすれた悲鳴が沈黙を破る。ナナは短く息を飲み、マルスは更に眉間に皺を寄せて、無言で箱の中身を見下ろしていた。

箱の中に入っていたのは、長年放置されていたことによってカチンコチンに石化したリンゴと思われる果物と、水分を失い皺だらけとなりすっかりミイラ化してしまった子供の頭。

本来あるべき凹凸を失ったその顔は、窪んだ瞳に突如薄緑の光を宿すとぎょろりと彼らを見上げた。

『やっと…見付けてくれたね』

話しかけられたポポとナナは、ガクガクと震えてしまって答えるどころではない。が、ここでもマルスは無感動に口を挟んだ。

「君がエミリーか」

しばしの沈黙。が、やがて返ってきたのは意外にも力強い返答だった。

『うん。私が、マーティンの姉…エミリーよ』

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