共食い狂想曲

*19

マルスとアイスクライマーの二人がネスたちと別れた後、マルスたちは廊下の端まで歩いた先に階段を見つけていた。
真っ赤な絨毯が綺麗に敷かれた階段の下に立ち、ポポ、ナナは僅かに上ることを躊躇している。そんな二人を階段に一段足をかけていたマルスは苦笑して振り返った。

「どうしたんだい?他に道もないんだ、隈無く屋敷は探索した方がいいだろう?」

「そう、だけど」

ポポは消え入るような声音で答える。ナナも珍しく元気がなかった。

「なんか…人数が減ったら急に怖くなっちゃって…」

ナナとポポはお互いに手を繋ぎ、今にも廊下の陰からお化けでも出てくるのではないかと言うようにそわそわと視線を巡らせた。その様子を見て、マルスは悪いと思いつつさらに笑みを深めた――あれだけ悪霊やら亡霊やらを倒しておきながら、まだ“お化け”を恐れるとは。子供心は複雑だ。

「きゃっ!?」

ナナの悲鳴と共にバチンと天井の全ての照明が消えた。今までも決して明るかった訳ではないが、それでも僅かな光源が途絶えてしまうと酷く心もとない。それは幼いポポとナナにとってはなおさらであった訳で。

「ぅ、うわあああマルス!マルスどこ?!」

「やだ、ポポ手を離さないで!うわぁぁん、真っ暗だよ〜っ」

「僕はここにいる。君たち…落ち着きたまえ――僕らの黄色い友達は全く元気だな」

半狂乱の子供たちに必死に呼びかけるが、しかし微笑まないではいられないマルス。
十中八九、この停電は今は別行動中のピカチュウに引き起こされたものだ。それなのに、普段闘神のような働きを見せる子供たちからは想像も出来ないリアクションを見せてくれるポポとナナを可愛らしく思ってしまったのだ。

「ほら、ゆっくり息を吸って、吐いて。どうだい、落ち着いてきたかい?」

「うん…」

二人の肩をあやすように抱き、落ち着かせる為に軽く背中をさする。それでだいぶ気が楽になったのか、ポポとナナは遠慮がちにくすくすと笑った。

「どうかしたのかい?」

「だって…マルスって子供の扱い下手そうだったから…」

「ちょっと意外だったの」

「君たち、元気になったと思ったらいきなりソレか。僕だって子供の扱いぐらい心得ているさ」

三人でそんな会話をしながらじっとしていると次第に暗闇にも目が慣れ、ある程度の視界も利くようになったのでようやくマルスたちは階段を上り始めた。
しかしほどなくして再び三人の歩みは止まる。マルスは些か強すぎるぐらいに背中をばしりと叩かれ、痛みに顔をしかめながら犯人を振り返った。
犯人はポポだった。
今にも泣きそうな顔で階段の踊り場を見つめている。ナナも同様にその場に突っ立っていた。マルスは二人の視線を辿って踊り場を見上げた。
そこにはカッと目を見開いた状態でこちらを見下ろす、恐ろしい形相の生首が転がっていたのだった。

「…あぁ、なんだ首か。早く行くぞ」

「うん………って、えぇ!?反応おかしくない?!薄くない!?」

マルスのあまりに淡白な反応に、突っ込み魂に火のついたポポは恐怖を忘れて思わず叫んだ。マルスは寧ろポポの反応に驚いたようで「え、そうかい?」と尋ね返した。

「絶対おかしいよ!ね、ナナ!?」

「おかしいわ、ポポ」

「…そうかなぁ」

ポポの問いに素早くナナが答え、しかしマルスは本気で首を傾げて唸り出す始末。ポポとナナは二人で声をそろえて言った。

「怖くないの!?」

対するマルスはきょとんとして頷く。

「別に怖くないけど」

「なんで!?だって生首だよ?しかも…ぎゃあああこっち来たァァァ!!」

生首はむくりと起き上がり、ずるずると這うように踊り場からポポたちの方へと進んできた。再び大パニックとなるポポ、ナナとは対照的に、マルスは「動くんだ、アレ」などと言ってまったりしている。とうとう何かの一線を越えたナナは、しびれを切らしたようにマルスのマントを強く握りしめて引っ張った。そうして叫ぶ。

「マルス!怖くないんだったら何とかしてよッ!」

怪力少女ナナに思い切りマントを引っ張られて、危うく昇天しかけたマルスは力一杯首肯する。とりあえず解放された王子はフラフラしながら生首の元まで歩み寄り、その前髪をがしっと掴んでポポたちの所へ戻ってきた。
勿論ポポとナナは怯え切った表情で首を横に振る。王子はその二人に軽く会釈をしてから、手に持った生首を大きく振り被り、長い廊下の端へと全力投球!

『えぇぇぇぇ!?』

生首の悲痛な悲鳴が遠ざかって消えてゆくと、マルスは若干満足げにポポとナナを振り向いた。一方二人は唖然として言葉も出ない――というよりはマルスの行動の主旨が理解出来ず立ち尽くしていた。

「さぁ、行こうか」

まるで何事も無かったかのように歩き出すマルス。しかし唖然としたアイスクライマーの二人は動こうとしない。マルスは小さく息を吐いて立ち止まった。

「そんなに怖かったかい?」

「マルスは…なんで怖くないの?」

改めてポポが訊く。意外と思ったのか、王子は僅かに目を見開いてから今度は哀しげに蒼の瞳を細めた。

「血の匂いがする空気も、死体の転がる光景も…異常であるという感覚を、僕は戦争で忘れてしまった」

自嘲気味に笑って、王子は自慢の前髪を掻き上げた。その儚げな雰囲気に思わずポポとナナは言葉を失う。
しかしマルスはふといつもの余裕めいた笑みに戻ると、沈黙してしまったポポとナナにいつもの朗らかな声で「さぁ、行こうか」と再度促す。幼い二人はただ黙って王子の言葉に従った。

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