共食い狂想曲

*18

「うわっ」

ネスは背後でした物音に飛び上がった。見ると家具が支えもなく浮いている。「なんだ…」と言ってネスは胸を撫で下ろした。この時反応がおかしいだろ、というツッコミの出来る仲間は彼の周りにいなかった。何故ならネスは、この広い屋敷で絶賛迷子中なのであったからだ。

「勢いで走ってたら迷子になっちゃったよ。僕ったらドジっ子」

可愛く頭を叩いてみせるも、見ているのは浮遊する燭台のみ。ネスは虚しくなって黙したまま手近な扉の取っ手を掴んだ。するりと体を滑り込ませた先は、真っ赤な絨毯の敷かれた巨大な広間――どうやら食堂のようだった。薄暗い屋敷の中で、その広間だけは煌々と明かりがともっている。

「…食事の準備をしている最中かな?」

ネスは白いテーブルクロスの上に並べられた皿と、銀製のナイフ、フォークを認めて呟いた。ぴかぴかに磨き上げられたグラスには自身の顔が映るほどで、ネスはしばしスマブラの屋敷の食事風景を思った。コップは割れるわ皿は砕けるわナイフは飛ぶわフォークはひん曲がるわ…とても落ち着ける場所ではない。
しかし、そうとは言ってもこの場所が落ち着くかと問われればネスは間違いなく首を横に振っただろう。奇異な現象は今のところ起きていないが、ネスはこの部屋にいる何かの存在を確かに感じ取っていた。正直逃げ出したい衝動に駆られるも、それでは何の解決にもならないと自身を叱咤し、部屋を見渡して奇異の原因を探す。

存外それは安易に見付かった。
ごみ一つ付いていない絨毯であるが、ある一つの席の足元にだけ小さな白い塊がちょこんと積み重ねてある。ネスは若干身構えながらその正体を確認するため、椅子の下を覗き込んだ。

…――お母さんに殺されて――…

「うわっ!?」

突然誰かが耳元で囁くように歌い、ネスは驚きのあまりその場でひっくり返った。声の主を探してきょろきょろと辺りを見渡すも、無駄に明るい照明は何者も映し出しはしなかった。
歌声はさらに続く。



お母さんに殺されて
お父さんに食べられて
弟のマーティンが
綺麗な布にくるんで
庭の木の下に埋めてくれた

だけども私は出られない
屋敷に縛られ動けない



意味深な歌詞ではあったが、ネスは途中で出てきたマーティンの名に気を引かれ、またその歌声の綺麗なのに心奪われ、あらゆる恐怖心やら猜疑心やらを途端に忘れてしまった。そしていつの間にか彼の口からは質問が飛び出ていた。

「貴方は、誰?」

広い食堂に沈黙が降りる。やはり駄目か、とネスが諦めかけた刹那、それはかすれた声で返事を寄越した。

『私は…エミリー』

「エミリー?」

思いがけない返答とその内容との両方に驚きつつ、ネスはその名を繰り返した。
エミリー…何処かで聞いたことがある。そういえば、“弟の”マーティンと歌っていなかったか。

「もしかして…マーティンのお姉さん…?」

『そう』

ごく簡潔な返事。しかし会話自体を厭う様子ではなかったので、姿の見えない、声だけのエミリーにネスはさらに尋ねた。

「あの…“殺されて”、“食べられた”って言うのは一体…」

『お母さんは私が嫌いだった』

「え?」

若干エミリーの声のトーンが下がった。その調子に合わせて部屋の照明も幾分明るさを落としたように見えた。

『お父さんは気付いてなかった。マーティンは全部知ってた』

「…え…何を…」

『マーティンだけが悲しんでくれた。けど、それで私はこの屋敷から出られない』

「ちょっと…どういうことなの?ってか話噛み合ってなくない?ってか、あれ、消えちゃった!?」

気がつくと明るかった室内の灯りはことごとく消え去り、綺麗に並べられた食器の類も全てなくなっていた。部屋には僅かな暖かみも残されず、寒々しい風景に立ち戻る。そんな中で、ネスはほうけたようにぽつんと一人突っ立っていた。

「僕、一人で騒いで、馬鹿みたいじゃないか…」



「ネス!何処にいるの?」

自身に備わった勘だけを頼りに、子リンはネスを探していた。薄々二重迷子という事態を自覚していたが、それでも何かをしないではいられなかったのである。
自分の勝手な都合で単独行動を促し、友人を迷子にさせてしまった。子リンは酷く申し訳ないと感じる反面、仕方なかったと自分を正当化しようとする自己弁明を繕ってしまうことがなんとも憤ろしかった。

「…あぁ…本当に自分が嫌いだ」

普段は表情など滅多に浮かべないその白い顔に、珍しく嫌悪の色を露にして子リンは呟いた。一つ小さく舌打ちし、子リンは再び声を上げた。

「ネスーッ!!」

「何?」

「え?」

思いもよらず横から返事が返って来たので、子リンはまじまじと自身の横に立つ少年を見つめた。赤い野球帽に真っ黒な瞳――ネスである。あまりにも驚いていたせいか、そんな簡単なことに気がつくのに子リンは何十秒もかかってしまった。

「あ…あぁ、ネス!良かった、何処に行ったのかと…」

「ごめん、流れで走ってたら迷子になっちゃって」

流れで走ってしまう辺りがネスのドジっ子具合を示している。二人はとりあえず渇いた笑いを漏らしてから、重く溜め息を吐いた。

「もしかして、子リンも迷子?」

「あはは、まぁね」

「どうしようか…」

「壁に穴でも開けて最初からやり直そうか」

「いきなり物騒だね、子リンは」

「うん、よく言われる」

どことなくネジが数本抜けたような会話を続けるネスと子リンは、ただ道の続くままに歩いていった。そうして廊下の突き当たりにある扉に、半ばどうにでもなれという投げやりな気概で手をかけたのだった。

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