共食い狂想曲

*17

少年の足元にポタポタと溜ってゆく血を指差し、男は切々に呟く。

「そんな馬鹿な…お前みたいな子供が…」

子リンは答えず黙している。ラナザックは叫んだ。

「…魔物の血を飲んだというのか!?」

子リンはようやく悪戯っぽく肩をすくめ、指先まで滴る血液を舐め上げた。冷たい碧の瞳が愉しげに細められる。

「ご明答。君たちは忘れているようだけど、“闇”は聖なる力ばかりが敵ではないのさ。――幽霊は魔物の血が苦手なんだろう?」

「ぐ…」

図星のようだ。ラナザックは言葉に詰まり、苦虫を噛み潰したような顔で子リンを睨んだ。子リンは満足げに口の端を吊り上げた。

「幽霊と魔物。同じ世の理を外れた者同士、共食いはするなってことなのかなぁ?皮肉な話だよね、人間の僕は魔物の血を飲めるのに、幽霊の君は魔物の血を飲んだ僕を食べることが出来ないなんて」

「馬鹿な…本当に魔物の血を飲むヤツがいるなんて…だが、人間とて魔物の血を飲めばただでは済まんはずだ!!」

ラナザックは大声で再び叫んだ。なんとしてでも認めまいと言うように、さらにまくし立てる。

「確かに魔物の血を飲めば、人間とは比べ物にならない程の力が手に入ると聞く。だが魔物と人間は本来相容れない!その血が融合する段階で大抵の人間は拒絶反応を起こして死ぬはずだ!」

ラナザックが叫ぶのを聞き、子リンは驚いたように「よく知ってるねぇ」と呟いた。それから懐かしむように腕を組んで遠くを見つめる。

「あんなに痛い思いをしたのは初めてだったなぁ…正直死んだ方がマシだ!って心の底から思ったね」

子リンはひらひらと手を振り、エグい内容をまるで昨日の晩御飯でも思い出すような軽い口調で答えた。勿論ラナザックは唖然としている。そんな彼の口からようやく紡がれた言葉は、理由を尋ねる疑問詞だった。

「…何故」

「ん?」

「何故、お前のような小僧が魔物の血を飲んだんだ!?あり得ない…ある訳がない!!」

尚も認めようとしないラナザックに、子リンは呆れたように溜め息を吐いた。なんで君なんかに言わなきゃなんないのさ、とぼやいたが、それでも短く質問に答える。

「どうしても、必要だったんだ」

「な…に…」

その白い顔に些かの表情も浮かばせない子リンは、右肩の出血部位を押さえた。自身を抱き締めるようにその手に力が入る。

「それ以上でもそれ以下でもない。ただ、必要だった」

意味深な言葉にラナザックは首を傾げる。しかし子リンはこれ以上の言葉を続ける気はないらしく、貼り付けたような笑みを浮かべると肩から手を離し、何処からともなく紫色の巨大な長剣を取り出した。刀身に黒薔薇の装飾が施されたそれは、暗闇の中で妖しげな輝きを呈している。

「…そうだ、知ってるかい?」

一層笑みを深め、一歩、一歩と男に近付いていく。

「魔物の血を飲むと、体内の構造が変わって再生能力が桁外れに高くなるんだって」

そう少年が言った瞬間から、その肩の傷はまるでテレビの早送りでも見ているように癒えていった。その人間離れした光景に思わずラナザックは後退る。

「それから、人間の数倍の身体能力が手に入ったりとか、プチ不老不死になったりとか」

ついにラナザックの正面まで来た子リンは、小首を傾げてニッコリ笑った。

「でもね…ただ一つだけ、僕も後悔してることがあるんだ」

――少年の傷は跡形もなく消え、見た目は何処にでもいる普通の男の子に戻る。

「魔物の血を飲んだ時の副作用で、少し神経をやられちゃったみたいで――」

「――…ッくそがぁぁ!!」

ラナザックはその見た目に釣り合わない巨大過ぎる緊張に耐えかねて、目の前の少年に襲いかかった。しかしその動きよりも速く、そして正確な子リンの斬撃がラナザックの体を真っ二つに引き裂く。彼の伸ばした腕は虚しく空を掻き、おぞましい断末魔を残しながら霧のように消滅していった。

それを見届けてから長剣を下ろし、床を見つめる子リン。くぐもった自嘲気味な笑いを漏らすと、はぁと溜め息を吐いて呟いた。

「――分かんなくなっちゃったんだよね、ご飯の味」

――命を落とすかもしれない危険に比べれば、はるかに安い代償なのかもしれなかった。
――強大な力を手に入れた代わりに失ったものとしては、軽すぎるものかもしれなかった。
勿論魔物の血を飲まなければ良かったとは思わない。この力が無ければ、自分は三日間が廻り続けるあの世界を救うことは出来なかった。それでもこの平和な世界で暮らすようになってから何度も思った。

あの時血を飲まずにいたら、今頃はどんなに楽しく過ごせただろうと。

魔物の血を飲んだなどと友人に知られれば気味悪がられるに決まっている。だから今まで隠し通してきた。嘘を吐いてきた。無理に笑って話を合わせてきた。

現に今も自分の正体がバレるかもしれないことを危惧して友人たちに単独行動を促した。
結局自分は友人たちに拒絶されることを恐れているのだ。今の関係が崩れてしまうことを恐れているのだ。

おかげで過去の自分に慰められる始末。
そのくせカービィには本気を出せなどと偉そうなことを言ってしまった。嗚呼、自分のことを棚に上げて、情けない。情けないことこの上ない。
また一つ、溜め息を落とした子リンは、長剣を肩に担ぎ些か早足で先程友人たちと別れた部屋に戻った。

「早いね、カービィ」

子リンが元いた部屋に戻ると、既にカービィが暇そうな様子で部屋の中央を行ったり来たりしていた。子リンの言葉を聞いたカービィは「えへへ」と照れくさそうに頭を掻く。子リンは眩しそうにカービィのその仕草を眺め、やや間を空けてから尋ねた。

「ピカチュウとネスは?」

「ピカちゃんはもう少ししたら来ると思うよ。さっき凄いかみなりの音がしたし」

しかしカービィの言葉はそれ以上続かない。子リンは、困ったように自分を見上げるカービィを見つめた。続きを促すように呟く。

「…ネスは…」

「何処行っちゃったのかな?」

カービィの返答に珍しく子リンの顔には「しまった」という表情が浮かんだ。単独行動を促した子リンの判断は、偶発的な不慮の事故を巻き起こしてしまったのだ。それはすなわち――“ネスの迷子”。

「…僕、ネスを探してくるよ!カービィたちはここで待ってて!」

「え?!子リンちょっと待っ…」

言って身を翻す子リン。彼はカービィが止める暇もなく、屋敷の暗がりに姿を消した。

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