共食い狂想曲

*16

カービィはひたすら走った。様々な扉を開き、廊下を駆け抜け、さっきの広間から極力離れることだけを考えたのだ。その理由は自分を追いかける老爺の幽霊から逃げる為ではない。カービィにはカービィなりの考えがあった。
故に走りながらカービィは思考する。普段は食べることと遊ぶこと以外のことは五秒以上考えられない程度の思考回路しか有していないが、その気になればカービィはいかなる複雑な思考にも耐えうる能力を備えていた。

「本気を出せ…かぁ」

ぽよぽよと独特の歩行音を鳴らしつつ、呑気な呟きを漏らす。同時に死角から飛んできた光の弾をひらりとかわした。光の弾は壁に大きな穴を穿つ。しかしカービィは顔色一つ変えず、その発信源を辿った。その視線の先には、ゆらゆらと滞空する老爺の幽霊がいた。

「もう逃げられないぞ、ピンクボール」

「ピンクボールじゃないよぅ、ボク、カービィだよ」

老爺のしゃがれ声に、頬を――というよりも体全体を膨らませてカービィが反論する。老爺は苛立たしげに額に皺を刻んだ。

「…私はエイト。マーティン坊っちゃんにいついかなる時も従ってきた執事。――貴様ら如きに坊っちゃんの邪魔はさせん!!」

最後の叫びと共に再び大量の光の弾を放つエイト。が、カービィはエイトの放つ光弾よりも、他の部屋の様子を気にするようにきょろきょろと辺りを見渡している。エイトはさらに光弾の量を増やした。

「助けなど期待せぬ方が良いぞ!貴様によそ見をしている暇などない!!」

叫ぶ老爺は、ふと自分が虚空に向かって語りかけていたことに気付いた。つい先程まで抵抗の意思すらなかったピンクボールが、跡形もなく消えていたのである。光弾に当たって塵一つ残さず消え去ったか、とエイトが思った刹那、老爺の背後で青白い刀身が煌めいた。
振り返る暇も与えずその斬撃は老爺を宙高く弾き上げ、次いでその場で一回転した勢いに任せて今度は床に叩き付けた。エイトは手ぶらそのもののピンクボールが何処に得物を隠し持っていたのだといぶかしんだが、その正体は言わずと知れたファイナルカッターである。
すなわちカービィは迫り来る光弾をかいくぐり、老爺の背後に回り込んでいたのだった。その後に放ったファイナルカッターはエイトにクリーンヒットするも、カービィの応酬はこれに止まらない。床に叩き付けられて動きのにぶったエイトめがけて強烈なキックを放ち、さらに吹き飛ばされたその体に追い付くとハンマーを叩き込む。

「がっ…!?」

ハンマーと壁の間に挟まれる形となったエイトは声にならない呻き声を漏らした。その声には驚愕の色が濃い。
それはそうだ、とカービィは内心で苦笑する。自分でさえもこの見た目は至極無害そうだと思うのだ。そんな生き物に完膚無きまでに叩きのめされたら信じられないに決まっている。

「ごめんねぇ、おじいさん。突然本気出したからびっくりしたよね?」

ハンマーは相変わらずエイトの腹にめり込ませておきながら、カービィは上目遣いに老爺を見上げた。勿論彼は殴ったことを謝っているのではない。老爺は恐怖と憎しみの混ざった視線を寄越す。カービィは再び苦笑した。

「誰にも見せたくなかったし、本当はこんなところで全力出す気はなかったんだけど…ボク、ネスのことが心配だから早く戻りたいんだ」

この暗い屋敷にあって、眩しいばかりの笑顔。エイトはそんな無邪気な生き物に返す言葉を知らなかった。
対するカービィはいつものほんわかした笑みで一度頷き、ぱっとハンマーから手を放す。一体何を、とエイトが疑問に思ったのも束の間。老爺の灰色の瞳に映ったものは、底の知れないブラックホール。

大きく開けられたカービィの口が、再びばくりと閉じられた時、老爺の存在は完全に世界から削除された。



「あ」

迫り来る男の攻撃を華麗にかわしていた子リンであったが、短く声を上げて立ち止まった。
――停電である。
子リンは容易に思い至った犯人を少々恨めしく思った。

「残念だったな、小僧!暗闇の中じゃ人間は行動出来ないんだろ!?」

暗闇の中から男――ラナザックと呼ばれていた――が叫ぶ。その声で大体の位置は掴めるが、なるほど男の言う通り子リンの不利は変わらない。

「…僕を食べる訳?」

それでも子リンの声は冷静そのものだった。少しも怖じけ付く様子がなく、澄みきった碧の双眸で鋭く暗闇を見つめる少年は些か不気味でもある。少年は続けた。

「肉体を食べると、魂だけを食べるより十倍近くの霊力が手に入るらしいからね」

「よく知ってるな」

ラナザックは豪快に笑った。暗闇の中でその声がうるさく反響する。子リンは諦めてしまったのか、はたまた何か策があるのか、その場で眼を閉じ突っ立っていた。
一方ラナザックとしては抵抗らしい抵抗もなく拍子抜けであった。逃げ惑う子供を引き裂くことが彼の望みだったのである。しかしこんな好機を逃す訳にもいかない。彼は無防備な少年に飛びかかり、その子供特有の柔らかな肢体に己の鋭く尖った爪を食い込ませた。
子供の皮膚は易々と裂け、鮮血がほとばしる。

「…っぅぎゃあああああああ!!?」

耳をつんざく悲鳴がこだまする。しかしそれは襲われた少年のものではなく、ラナザックのものだった。
ラナザックは何故か少年から手を放すと、大きく後ろへ飛び退る。少年は掴まれた肩から少なくはない出血をしているものの、何事もなかったようにけろりと笑った。

「どうしたの?」

真っ暗な部屋で視覚が奪われているはずの子リンは、その冷たい瞳でしかとラナザックを捉えた。ラナザックはその視線を受けて思わずさらに後退る。

「僕を食べるんじゃなかったの?…それとも」

少年は一層笑みを深める。

「“食べられない”のかな?」

確かに彼は少年を捕え、攻撃した。なのにその血に触れた途端、激痛が彼を襲ったのだ。不可解な事象を噛み砕き、そうして行き着いた結論にラナザックは眼を見開く。

「ま…さか、小僧――」

[ 16/36 ]

[*prev] [next#]


[←main]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -