共食い狂想曲

*15

「皆、空きビンは持ってるよね?」

頭上に幽霊が現れ始めた直後にそう尋ねてきたのは子リンだった。他の子供たちが声も出せず、身動きも取れないのに彼だけは平然と会話が出来るらしい。そんな金縛りにあっている子供たちが応答出来るはずもないのだが、子リンは構わず続けた。

「空きビンを持っていれば、大概の呪いは跳ね返せるんだ。今は金縛りにかかっちゃってるけど、あと十秒もしたらその呪いが解けて動けるようになる…」

ここで子リンは声のトーンを落とした。幽霊が彼らの頭上で会話を始めたのだ。

「…僕が奴らの気を引くから、その時になったら一斉にバラバラに散るんだ。いいね?」

返答も待たずに子リンは音もなくその場から駆け出した。頭上の幽霊はそれに気付く気配もない。ようやく幽霊のうちの一人がそのことに気付いたとき、子リンは光の矢を弓につがえていた。

「こっちだよ」

ぱぁっと明るく室内が照らされる。狼狽する幽霊たちを尻目に、ピカチュウは真っ直ぐ背後の扉に飛び込んだ。正直振り返る余裕はない。暗闇に眼が慣れるのを待つ暇すらなく、ピカチュウは家具の陰に身を潜めた。どうやら彼はタンスの陰に隠れたようだった。

そのすぐ後にぼうっとした白い光がピカチュウのいる部屋に入ってくる。そっとピカチュウが陰から様子を窺うと、輪郭のはっきりしない背の高い黒髪の女がきょろきょろしながら室内を浮遊していた。

『…一人か』

口の中でピカチュウは呟く。ならば都合がいい。こうして相手を分断し、一対一に持ち込むことが子リンの狙いなのだとピカチュウは理解していた。理解はしていた――が、なぜわざわざ一対一に持ち込もうと子リンが言い出したのかは分からなかった。人数の上でもこちらが4に対して相手は3。相手方は特に連携が取れている様子もなく、そのまま戦えば寧ろ有利だったのではとさえ思う。しかしピカチュウの思考はそこで途切れた。女がピカチュウの潜むタンスに近付いて来たのだった。

「可愛い仔ネズミちゃん、出ていらっしゃいな。痛くしないから」

ねっとりとした猫撫で声を聞きながら、ピカチュウは全神経を集中させてタイミングを図った。僅かに体勢を低くし、迎撃の構えを取る。そうして己の野生の勘を信じ、今だと思った瞬間にタンスの陰から飛び出してロケット頭突きを見舞う。その際は放電のオプション付きだ。
野生の勘は的確に女の位置を捉えており、ピカチュウの頭突きは女のみぞおちにめり込んだ。

「ぐぇッ!?」

短い悲鳴と共に女は数歩よろめく。が、割りと整った顔を醜く歪ませると、ピカチュウの足を掴んで思い切り壁に叩き付けた。その衝撃にピカチュウは失神しかけるも気合いで意識を繋ぎ留め、瞬時に体全体から放電させる。尚もピカチュウを壁に叩き付けようとしていた女の幽霊は、甲高い悲鳴を上げてその手を放した。
ピカチュウは転がるように部屋の隅まで逃げ、改めて女を見上げた。女は結った黒髪を振り乱し、そんな電気鼠を憎々しげに睨んでいる。未だ壁にしたたか打ち付けられたショックが抜け切らないが、それでも戦士たる彼は怯むことなく、その足取りもしっかりしていた。

『…“痛くしない”って言ったでしょ』

恨めしげに女を非難するピカチュウ。女は耳に障る声でからからと笑った。

「あらぁ、ごめんなさいね?生身の体のことはもうよく覚えていないのよ」

女はにたっと笑い、続けて高らかに叫んだ。

「我こそはマーティン坊っちゃんの右腕、“ユリウス”!今まで食べた人間の数は十を越える!そこらへんの雑魚と一緒と思わないでちょうだい!!」

ユリウスは自慢げにピカチュウを見下ろす。しかしピカチュウは何のことやらさっぱり分からず、きょとんとユリウスを見上げていた。

「どうしたの?怖くて言葉も出ないかしら?」

『…いや、突然自己紹介されて引いてただけ』

ピカチュウが首を振りながら答えると、ユリウスはがくりとこけた。気を取り直すと、肩を怒らせて一歩前に進み出る。

「アンタねぇ!私は人間を十人も食べたのよ!?凄い上級霊よ!怖くないの!?」

『そうだね、すごいね』

やる気のない相槌が入る。ユリウスは自分の中で何かがぷつりと切れる音を聞いた。

「…馬鹿にするのも大概にしろ!ネズミの分際で私に盾つくなんて…生きたまま内臓を引きずり出してやる!!」

『そんな痛そうなコト嫌だよ』

激しく呪いの言葉を喚き散らすユリウスに、淡々としたピカチュウの返答が寄越される。それがさらにユリウスの神経を逆撫で、彼女は予備動作もなくピカチュウに飛びかかった。ピカチュウは素早く電光石火でそれをかわすと、その先のテーブルの上で小さく溜め息を吐いた。ぎろりとユリウスがそちらを睨む。

「貴様…!」

『コレ、使いたくないんだけどなぁ』

独り言と共に、両頬の電気袋から今までとは桁違いの量の電流をほとばしらせる。薄暗い部屋はピカチュウの放つ青白い電光に煌々と照らし出され、その迫力たるや思わずユリウスが閉口してしまうものであった。

「な…んで、そんな…今までと全然違――」

突如立場が逆転し、恐れ慄くように後退るユリウス。ピカチュウは可愛らしく首を傾げてみせ、にっこりと笑った。

『ボクが本気でやると、この家のブレーカーが飛ぶから』

そんな理由で、とユリウスが突っ込む間もなくピカチュウの本日最大の“かみなり”を放った。凄まじい轟音が屋敷を揺らし、同時に次々と屋敷の電球がショートしていく。別行動中のマルスたちにとっては迷惑極まりない。
ピカチュウはといえば、好きなだけ放電してご満悦のようである。鼻歌混じりに黒焦げとなってピクピクしている女の元に歩み寄り『消滅はしてくれないんだ』と呟く。それから何処からともなく空きビンを取り出し、動けない女とガラスの面を交互に見つめた。

『…ここに入れろってことかな?』

確信はないが、それ以外打つ手もないので女の近くで空きビンを振る。ぎこちない動きながらも、ピカチュウは物理的法則やら何やらを色々と無視してユリウスをビンの中に詰め込んだ。

[ 15/36 ]

[*prev] [next#]


[←main]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -