何かを得るには同等の対価が必要だ
!死ネタ表現あります






「あ、奥村君やん」

特に任務もない休日のこと、もう高校生でも候補生という身分でもないので暇をもてあまし燐は正十字学園町の商店街に足を運んでいた。
正式な祓魔師となり、それなりに実績も積んできたので昔ほど厳重な監視体制ではないが遠出は控えるように命じられている。
同じく今夜は任務がない養父のために手料理を振る舞おうと、市場にでも行ってみようかと思っていたところで横断歩道の向こう側から見知ったピンク髪の同級生が歩いてくるのが目に入る。

「志摩、お前京都から帰って来てたのか」
「明日から候補生の実戦任務やからな、ゆっくり休んでられませんわ」

明陀を継いだ勝呂と違って、志摩は五男坊で家を継いだのは次男の柔造だ。
勝呂と子猫丸を守るという使命を与えられていた高校時代と違って融通の利く現在、志摩は就職先として祓魔塾の講師になることを選んだ。
ピンク頭の若い講師は生徒にも親しみが持ちやすいらしく、それなりにしっかりやっているとのことだ。
確か先日前から京都の方で会議があったが、塾を方があるので途中で抜けてきたらしい。

「あ、そうだ。奥村君苗字さんのとこ行く予定あります?」
「ん、別にいつでも訪ねられると思うけど」

名前に何か用事あるのか?と聞けば、志摩は手にしていた鞄から袋を取り出し差し出した。

「京都土産。帰省する言うたら京都のお菓子いろいろ買ってきてくれないかと言われたんで」
「あー、アイツすっげー甘党だからな」

頭を使う仕事は糖分を消費するのだろうか、コーヒーにもあれだけ砂糖入れていたら糖尿病にならないか心配になりつつ袋を受け取った。
有名和菓子店の生八つ橋やら、抹茶のお菓子などいろいろ入っている。
これ持っていけば少しお茶菓子として食べさせてもらえるだろうか、ちょうどおやつの時間だしと若干の下心を口には出さずに。
それから志摩と別れて電車に乗り、名前の自宅兼ラボへと向かう。
昼間であるせいか疎らな電車内を見渡すと、ふと最初に彼女を訪ねた日のことを思い出した。
あまりにすごい出来事が起きていて時間がかなり経過したように錯覚するが、実際にはそれほど日にちは変わっていない。
海外での任務を終えて日本に帰ってきた(鍵で一瞬の移動だが)ついでに最近引越した友人のところを訪ね、適当に雑談して帰る。
ただそれだけだったのに、名前の発明そして燐が送ったメールによって世界は大きく変わってしまった。
藤本獅郎が燐を守って命を落とした世界から、生きている世界へと。
ただほんの少しの出来心だった、まさかこんなところへと弊害が生じるとはこの時の燐は微塵にも思っていなかった。







「おーい、名前いないのか?」

高校時代から名前が出かけているということは非常に珍しいのでアポなしで訪ねても大概問題はない。
超がつくほどのインドアで、買い物も通販で済ませることが多いという(本人曰く「文明の進化って素晴らしい!」)
勿論体力はなく、祓魔塾の体育の授業でも毎回へばっていた。
呼び鈴を鳴らしても一向に出る気配がないので不思議に思いながら試しにドアノブを回してみる、ほらドラマとかでこういう場面だと鍵が開いてることが多い……カチャリと音がしてドアが開いた。
寝ているのだろうか、だとしたら鍵もかけないのは不用心だ。

「名前?」

一応失礼しまーすと断り、靴を脱ぐと中へ足を踏み入れる。
部屋の惨状を見て絶句した。
前に見た時もお世辞にも綺麗とは言えなかったが、紙から鉛筆、コップまで転がっていて机にの引き出しは乱暴に開けられていてまるで空き巣に入られたようだ。
留守中に空き巣に入られたのだろうか、なら警察を呼ばないといけない。
中のものに触れないように注意を払いながら部屋を見渡したところで、ソファの方にあるものが目に入った。

「……!?」

見間違いでなければ人間の手、だった。
思わず顔を思い切り背ける、バクバクと心臓が嫌な音を奏でる。
燐も同年代の男性に比べて色が白いと言われることが多いが、インドアであまり外に出かけたがらない名前も負けず劣らず白い。
いつだったか一緒に昼食を食べていた時しえみが突然「二人とも腕捲くってみて!」と言い出すのでなんなんだと思いながら妙な迫力に負けて名前と腕を捲くって前に差し出すと、自分も出したしえみは「し、白すぎるよ二人とも……!」と嘆いていた覚えがある。
しえみも白そうなイメージがあるが、庭いじりで真夏だろうと外に出ていることが多いので意外と日に焼けている。
間違いない、あの腕は名前のものだ。
寝ているならいい、もしかしたらこの部屋の惨状も探し物をしたのかもしれない。
そうなら「お騒がせな奴だなー」と笑って頭を小突いてやるのだ。
意を決してソファへと歩み寄る。

「名前、大丈夫……」

こちらに背を向けていたソファを回りこみ、目に入ってきた真っ赤な鮮血に一瞬頭がフリーズした。
今まで散々血は見てきた、自分自身のものも滅してきた悪魔のは浴びるほどだし、仲間が負傷したことも勿論ある。
名前は研究中白衣を着ていることが多い、今も白衣を身に纏っていて胸に赤が広がっていた。
これまで数々の実践を経てきた燐にはすぐわかった、これは銃で撃たれたものだと。
触れた掌は夏だというのにまるで氷を触っているかのように冷たい。
脈は、なかった。

「どう、して……」

どこからどう見ても名前は何者かに殺された。
名前は竜騎士の称号を保有していない、いくら祓魔師の資格は得ていても竜騎士でなければここ日本では銃刀法違反になる、昔から割かし残念な記憶力に定評のあった燐だってそれくらいはわかる。
では誰が彼女を殺したというのか。

(絶対、俺のせいだ……!)

自分が過去を改変したから昨日名前が言っていた通り、未来に歪みが生じた。
そのツケが名前に回ってきたのだ。
胸に散る赤さえなければまるで眠っているかのようにソファで横になっている。
だが撃たれた時はどんなに苦しくて、辛くて、怖くて。
いくら祓魔師になるには覚悟が必要だと言っても誰にだって死は恐ろしい。
それは全て燐のせいなのだ、過去にメールを送る機械を教えてくれたとき名前自身も言っていたじゃないか過去に大きな影響を与えないなら使っていいと。

(……機械?)

そういえばもう一つ、昨日教えてもらったものがあった。
タイムリープ、時間跳躍つまり過去に飛んで戻れるという。
厳密には記憶を飛ばすのであり、人間そのものが飛ぶわけではないのだがよく理解出来なかった燐はすがりつく思いでパソコンの電源を入れた。
日頃から(台所用のを除く)電化製品に疎い燐は、自分が動かせるものかと内心冷や冷やしていたが、電源が着いてすぐに表示されたパスワード画面にホッと一息つく。
パスワードは昨日聞いた、まさか翌日にこんなことが起こるなんてもしかしたら名前は虫の知らせか何かで気付いていたのだろうか。
教えられたパスワードを入力すると、日付入力のような画面が現れた。
下には最大で四十時間までしかタイムリープ不可と書かれているので、二日弱前までしか飛べないことになる。

(多分この血の様子から、それほど時間は経っていない……)

志摩には悪いが、志摩と会う前に戻って名前が何者かに襲われる前に助け出す。
そうすれば名前はこんな目に遭わずに済むのだ。
それはなんて、素晴らしいことなのだろう。
自分の行いのせいで彼女に恐ろしい目に遭わせてしまった。
絶対に助け出さなくてはならないのだ。
今から約四時間程前の時間にセットする。
そのころ自分はまだ現在は一人で住んでいる旧男子寮にいて、暇でクロと遊んでいた筈だ。
それから昼食をとって、商店街に向かったところで志摩と会った。
エンターキーに指を置く、緊張と不安のせいで指が僅かに震えるのは気のせいだ。
俺はやらなくてはならないんだ。
大丈夫、きっと上手くいく。
だってこれは名前が作ったものだから。

「行け!」

そんな声と共に思いきりエンターキーを叩いた。
それと同時に襲ってくる経験のある気持ち悪さ。
これはあの時、過去の養父にメールを送って未来を変えてしまった時と同じ感覚だ、ということは成功しているのだ。
次の瞬間、ハッと気づいた時には燐は見慣れた男子寮のいつも寝泊まりしている一室にいた。

「どうしたんだりん?ぼーとしてるけど」

足元でクロが不思議そうに見上げている。

「クロ!今何時かわかるか!?」
「なにいってんだよりんー、いまさっきおなかすいたからそろそろひるめしにしようぜっていってたじゃんか」

やった、本当に成功している。
ポケットに入っている携帯を取り出すとそこには正午前を表示されていた。

「マジで、タイムリープした……?」
「たいむりーぷ?なんだそれきょうのひるめしか?」
「わりい!今滅茶苦茶急いでて昼飯用意できねーから、メフィストにでも頼んでくれ!」
「え!ちょっとりんー!?」

クロが抗議の声を上げるよりも前に燐は走り出した。
自分自身記憶だけ未来から引き継いだものだからひどく空腹だが今はそんな場合ではない、今は一刻も、一刻も早く名前のところへ駆けつけなくては。
寮を飛び出すと正十字学園町の駅へと走る。
残念ながら名前のラボへは鍵で行けないので、公共交通機関に頼るしかない。
とにかく燐は全力で走った。
道ですれ違った学園の生徒が何事かと振り返るくらいの速さで。

(待ってろ、絶対に助ける!)







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