書き換えられた世界




それからどうやって帰ったのかあまりよく覚えていない。
余程顔色悪かったのか名前が送ろうかと言っていたのを断り、気づいた時には祓魔師になった後雪男がヴァチカン勤務になり出ていっても燐一人で使っている旧男子寮の前にいた。
先程の電話が頭をぐるぐるする。
藤本獅郎が、ジジイが生きている?そんな馬鹿な、ジジイはあの日燐の突発的だったとはいえ心無い一言が原因で同様した心の隙につけこまれ憑依され、最期には自ら祓魔師のブローチを胸に突き刺して死んだのだ。
その光景を一番近くで見ていることしか出来なかった。
あれは間違い電話だ、もしくはメフィスト辺りが暇で嫌がらせをしてきたのだと自分に言い聞かせ男子寮に入り、602号室の扉を開けた。

「やっと帰ってきやがったのか燐!しかも携帯かけても電源切ってるもんだから、名前ちゃんに電話したらかなり前に出たって言うし……おい、燐?」

そこには藤本獅郎が仁王立ちでいた。

「は……?」
「は、じゃねーよ。全く最近任務続きで寝惚けてんのか?」

体調を気遣うように一歩踏み出して来たのを反射的に後退りしてしまう。
藤本の表情が怪訝そうなものに変わった。

「おい大丈夫か燐、お前顔色悪いぞ」
「なんで、ジジイはあの時死んだんじゃ」
「何言ってんだ、生きてるに決まってんだろ。人を幽霊扱いするな」
「でもサタンに憑依されて」
「は?そんなことはされてねーぞ」

心底不思議そうに藤本は首を傾げた。
おかしい、自分が知っている過去と違っている。

「だって俺、ひでーこと言ったし」
「ああ、そんなこともあったな。あの時は確かに一瞬動揺しかけたがメールを思い出したんだよ」
「メール?」

藤本の目が懐かしげに細められた。
反して燐はドクンと心臓が嫌な音をたてる。

「あの少し前にな、お前に渡す予定だった携帯にメールが来たんだ。"奥村燐は心から藤本獅郎を尊敬している"ってな。受け取った時はなんでこの携帯のアドレスを知っているのかと不審に思ったが、今にして思えばメフィストが警告でもしたんじゃねーかって」

だけど今更それについて礼でもなんでも言うのは気恥ずかしいからな、藤本はと笑った。
間違いない、それは先程名前の過去にメールが送れるとかいう電子レンジで燐が実際に送ったものだ。
半信半疑だったが本当に送ることが出来たのだ。

「お前はいつも俺のことをジジイ呼ばわりだし、他所で喧嘩ばっかりしてる跳ねっ返りだけどよ。俺がお前や雪男に注いだ愛情を無駄にするわけにはいかねーからな」

すぐに平常心に戻ったんだよという藤本の表情は穏やかで、昔を懐かしんでいるようだ。

「ま、可愛い息子が二人共優秀な祓魔師になる姿が見れて良かったよ……って燐?」

気づいた時には燐は勢いよく藤本に抱きついていた。
結局未だに身長を追い越せておらず頭上から戸惑ったように名を呼ぶ声が聞こえる。
この感触は久しぶりだった、ある程度成長してからは抱きつくなんてしてないから小学校の低学年振りくらいかもしれない。
良かった、俺はこの温もりを取り戻すことが出来たのだ―――。



少しして落ち着いて、藤本に暫く休めと言われてベッドに潜ってから一つ疑問が浮かんだ。
何故、自分は過去が変わる前の記憶を保持しているのか。
確か名前が言っていたのでは、過去が書き換えられれば全ての人の記憶も変わるため、過去の変化に気づけないとかなんとか言っていた気がする。
それにしても藤本が生きていようがいまいが、燐は悪魔として覚醒し、祓魔師としても同じ階級であるので、その一つを除いて世界は大きく変動していないのだ。
名前の考えた仮説が間違っていたのだろうか。
元来頭が残念な方向に考えるのが苦手な燐はそれ以上考えても何も思いつくことがなく、そのまま眠りについた。

(まあいいや、また今度聞こう)



□■




「え、過去が書き換わってる?」

名前が唖然とした表情でコーヒーに砂糖を入れようとしていた手を止めた。
数日後、燐は再び名前の自宅兼研究室を訪れていた。
過去にメールを送ることが出来たことを作った本人に伝えなければならないだろうし、それに少し聞いておきたいことがある。

「それで、どんな風に変わったの?」
「ジジイが、藤本獅郎が生きてる」
「は?」

説明した、過去の藤本にメールを送りその結果燐が知っている藤本が死ぬ未来を回避したことを。
それを聞いて名前は大きく溜息をついた。

「燐、そんな大きく世界を変えるメールを送るって私に許可を取ったの?」
「えっと、その……悪ぃ」
「まったく、実験するにしたってそんな大きく世界線を変えてしまうような……」
「世界線?」
「パラレルワールドってことよ、藤本先生が生きている世界と死んでいる世界が存在していて今は前者の世界が主になったってこと。まあ私には藤本先生が生きている記憶しかないから、いきなり死んでいるって言われてもしっくりこないんだけど」

藤本先生。
先程から名前が義父を示す呼び方に、どうしてかと問えば藤本が悪魔薬学の講師だったと教えてくれた。
元々聖騎士の片手間講師をしていたらしく、聖騎士の仕事が忙しい時は普段アシスタントをしている雪男が臨時講師をするとのことだ。
そこで先日から疑問に思っていたことを思い出した。
本当は藤本に聞くべきことなのだが、躊躇われた。

「俺が覚醒したのっていつか知ってるか?」

頭が悪い燐なりに考え、思い至った疑問だ。
あの時義父がサタンに憑依されなかったということは燐が倶利伽羅を抜いて、悪魔として覚醒することもなかったということになる。
だが今現に耳は尖っているし尻尾も生えていて、青い炎を出すことも可能つまり完全に覚醒している。
ではいつ覚醒したのか。

「ああ、それは京都に遠征に行って不浄王を消滅させるためって私達の目の前で剣を抜いて……」
「そっか」

元々勝呂の父から受け取った手紙には不浄王に燐の炎が有効であり、燐の知る記憶では勝呂のカルラが調伏に大きな役割を果たしたものの、それは燐がスランプ状態に陥ったためにある意味仕方なくであり燐自身もたとえ覚醒のリスクがあっても倶利伽羅を抜いただろう。
ただそれだけの話だ。

「でも可笑しな話ね、燐の記憶は世界線が変わる前のものなんて」
「俺が悪魔だからとかか?」
「悪魔だって時の流れは変わらない、それはないと思うよ」

そうじゃなきゃ今私がやってること意味ないじゃない、と名前は笑った。

「ともかく、変わっちゃったものは仕方ない。暫く様子を見ましょう」
「様子を見るって、何かあるのか?」
「うーん、あくまで可能性としてだけど何か別のところで弊害が起きるかもしれない……あくまで私の勝手な予想だから」

燐の表情が目に見えて落ち込んでいるので名前は慌てて付け足した。
自分の勝手な行いのせいで誰かに影響が出たらどうしよう。

「そんな顔しないの、数年振りに藤本先生と会えたんだから、奥村先生はヴァチカンで忙しいだろうけど親子水入らずでいたらいいじゃない」
「……ああ、ありがとな」
「元はといえばこの機械作ったの私だから」
「この前言ってた、タイムリープだっけ?」
「一応理論上は出来てるんですよこれが」
「へえ、すげーな」

やはり開発者としてテンションが上がるのか、燐が試しに見せてもらえるかと言えば快く了承した。

「一番の問題は人間の記憶っていう莫大な容量の情報をいかに圧縮するかだったんだけど、まあこれは燐に説明してもわからないだろうから省略するとして……はい、このヘッドフォンつけてみて」
「こうか?」
「このヘッドフォンから記憶を読み取り、圧縮して過去の自分に送る」

あとは画面に行きたい日付と時間を入力すればそこに送れる筈、と言うと名前は燐の頭にあるヘッドフォンを外した。

「流石にこれは人体に関わってくることだから慎重に実験しないと。あと念のため燐にパスワード教えとく」
「パスワード?」
「そ、もし私がいない間に空き巣とか入られて弄られたら困るからパスワードつけとくの。それで仮に私が不慮の事故で死んだら燐にコレ処分してもらおうと思って」
「そんな、不謹慎なこと言うなよ」
「万が一よ、万が一」

人間いつ何が起こるかわからないでしょ、と言う名前だったが燐がこの世界の苗字名前が生きている姿を見るのはこれが最後になる。






≫燐・藤本親子の話が書けて満足です。次は無限ループという名の深み……


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