きっと僕は生きている
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後程祓魔を学ぶ場所へ連れていくというメフィストが指定した待ち合わせ場所にて、燐は所謂ヤンキー座りで待っていた。
教室の窓から見えていた桜の木からザアという風の吹く音と共に桜吹雪が舞い散り、燐の頭や真新しい制服に纏わりつく。
ホームルームを終えた後、校舎から出ようとしたところでちょうど雪男を見かけたことを思い出した。

「あの雪男が女子に囲まれてるとはなー」
≪首席な上に顔もいいし、身長も高い。三高揃ってりゃ女子も放ってはおかないでしょ≫
「さんこーってなんだ?」
≪ちょっと古いけど、女性から見た理想の男性のこと。高身長、高学歴、高収入で三高≫

後ろ二つは確定じゃないけど、毎年有名大学合格者を何人も輩出している正十字学園の首席となれば所謂エリートコースまっしぐらであることは間違いない。

「へえ、あの雪男がなあ……」

小さい泣き虫だった頃の弟を思い出して、感心したように燐は呟いた。
兄としては女子にモテてる弟が羨ましかったりするのだが面子的に口には出さない。
医者になるという雪男の夢も達成出来るだろう。

(……まさかその弟がバリバリの祓魔師だなんて、微塵にも思ってないんだろうな)



「お待たせ致しました」

気づけば石造りの手すりの上にメフィストが座っていた。
待たせたと言う割に全く急いだ様子のないメフィストに突っ込むのも面倒な燐は早速本題に入る。
さっさと祓魔師になるために学ぶ場所とやらに連れてけ、という燐に「まったくせっかちですね」とわざとらしく溜息をつくと立ち上がり、手すりから燐の前に降り立った。

「さてと、奥村君手を出してください」
「こうか?」
≪……燐、一応用心くらいしたら。相手は見るからに怪しいピエロなんだから≫

警戒心、というか人を疑うことを知らなすぎる燐に心配になった。
その様子に別に変なことはしませんよと苦笑すると、メフィストは銅製の古めかしい鍵を燐の掌に置いた。

「?なんだこれ」
「エクソシズムを学ぶための塾に繋がる鍵です」
「そうなのか、それでどこに行けば塾とやらに行けるんだ?」

急に鍵だけ渡されてもどうしようもないだろと燐が言うと、メフィストが倉庫のような鉄の扉のついた建物を指差した。

「あそこの扉に鍵を入れて回してください」

どう考えてもあの小さな建物の中に塾は入らないだろと思いつつ、もしかしたら地下の秘密基地的な場所へ繋がっているのかもしれないと妙にワクワクして言われた通りに鍵を差して回転させた。
カチャリと鍵の開く音がした、どう見てもやっぱりこの広大な学園の庭に植えてある植物を管理するための水道を操作するとかそのための場所だろう。
だが扉を開けると、そこは長い廊下の続く古い建物の中だった。
慌てて扉の外を見回すがどう考えても広さが合わない、地下に続く階段でもなかった。

「塾までの道のりには悪魔避けも兼ねて結界が多数仕掛けてあります。ですからその鍵を使うのです。どの扉からでも塾へ直接繋がりますからね、鍵穴がないドアからでも可能です。これは蛇足ですが祓魔師は基本的に鍵を主な移動手段としてますから、慣れておくといいですよ」
「す、すげー」

後で別のドアからも試してみようと思いながら燐は感嘆の声を漏らした。
そんな姿を尻目にメフィストは指をパチンと鳴らしながら「eins、zwei、drei!」とドイツ語でカウントすると、ポンッと軽い音を立てて気づけばそこにはピンク色という奇妙な配色をした犬がちょこんと座っていた。
先程までいたピエロのような男の姿はない。

「え、メフィスト!?祓魔師って変身とか出来んのか」
「いえ、残念ながら私だけです」

ただのピエロだと思ってたら意外とすごいんだな、という燐に君つくづく失礼ですねと言うメフィスト。

「では塾に行きますから私を抱き上げててください」
「なんでだよ!」
「この姿の私はとても愛らしく気に入っているのですが、代わりに歩幅が小さいので人間の歩行速度で歩くと疲れます」
「じゃあ犬になる理由なかったんじゃね?」

突っ込みつつ仕方ないとピンクのテリアを抱き上げ、歩き出した。
どうせなら女性の形をしている貴方に抱っこされたかったですねと宣うメフィストにこのセクハラピエロめと内心思いつつ、そういや女の姿だったとき結構胸あったなと思い出す。
ミレイ曰く肉体だけ変わるようなことは燐が悪魔として覚醒したあの日以来もうないらしい、当然ながら現在は絶壁の胸部を見下ろしながら思った。
やけに広く長い廊下をどこまで歩くのだと思っていると、不意に燐に抱かれた犬の姿のメフィストが首を燐の方に向け口を開いた。

「それから、貴方が悪魔であることは秘密にしなくてはなりません。尻尾は誰にも見せないように。炎なんてもってのほかですからね、自制してください」
「わかってるよ」
「そうですか、なら結構」

そのまま暫く歩くとメフィスト(犬)は大きな扉の前で、こちらが一年生の授業が行われる教室ですと言った。
燐の身長の四倍はあろうかというドアの大きさにゴクリと息を飲む。

「なんかドキドキしてきた……」

メフィストを左手に抱えたまま右手で扉を押し開ける。
教室の第一印象は一瞬廃墟かと思うほどのその汚さだ。
正十字学園の普通の建物が滑稽な割に新しめで綺麗だったので、オイオイちゃんとこっち掃除してんのかと教室を見渡す。
既に中にいた数人の生徒達が遅めに来た燐の様子を窺っている。
その人数に少ないと内心思いながら燐も同様に先にいた面々を一通り眺めることにした。
気の強そうな特徴的なまるで平安貴族のような眉を持つ少女と、その隣に座るおっとりした様子の少女の二人組。
ウサギのパペットを持っている少年にフードを深くかぶって顔の見えない少年と個性的な人もいる。
そして髪の上部の一房を金色に染めている燐も人のことは言えないが若干目付きの悪い少年、メガネを掛けた小柄な坊主頭の少年、ピンク髪の少年。
あれ、どっかで会ったことあったような気がするとピンク頭を見て思いつつ、空いている一番前の座席に座った。
当然の如く膝の上にメフィストも座っている。

「七人かよ?少な」
「祓魔師は万年人員不足ですからね。今年はこれでも多い方ですよ」
「そーなの?」

学園の理事長=犬ということは知られていない筈なので、傍目からだと犬と話していると思われても困るので声を潜めながら会話する。
その様子を見ていた鶏冠頭の少年、もとい勝呂竜二は眉間に皺を寄せた。
元々貫禄のある顔つきが、ピアスと目付きの悪さで年相応に見えなくなっているが見事奨学金を獲得した成績優秀者であるのだから改めて人は見かけによらないものだと隣に座るピンク頭、もとい志摩廉造は内心思った。
口に出したら間違いなくどつかれるので言わないが。

「なんで授業にペット連れてきとんねん」
「確かに凄い色の犬ですね」

坊の不機嫌の理由はこれか、と子猫丸も感心したように今入ってきた少年を見ながら言った。

「使い魔とかやないんです?あないなドピンクの犬見たことあらへんですわ」
「頭ドピンクにしとるお前に言われたくない」
「坊酷いですー……あ、そういえば彼俺と同じクラスでした」
「そういうことはもっとはよ言え!」

志摩も今思い出したのだ、入ってきた時に見た青い瞳に誰だったけと割かし少ないキャパシティの脳内から引っ張り出した。
クラスで後ろの席に座る青い瞳の少年、正十字学園はやたら人数が多いので初日は女子を覚えようと思っていた中で男子にして印象的だった日本人ではお目にかかったことのない青。
実家では十五年前の青い夜と呼ばれる事件以降不吉な色とされているが、当時の記憶がない志摩には素直に綺麗な色だと思った。

「それにしても同じクラスでしかも後ろの席で、祓魔塾も一緒なんて偶然ですねえ」

子猫丸の言葉に同意する、二つしかクラスがない特進科ならまだしも十クラス以上ある普通科で同じクラスになる可能性はかなり低い。
実際特進科の勝呂は勿論、子猫丸や現在同じ教室にいる面々とも一人として同じクラスの人間はいない。
元々占いといった女子が好みそうなものに興味がある志摩は、偶然という言葉に少しテンションが上がった。
志摩にとって正十字学園に入学するのは定められた宿命だ、明陀の次期座主である勝呂と三輪家の当主である子猫丸を守る。
志摩家の五娚に生まれた志摩廉造には仕方のないことで、幼い頃から父に耳にタコが出来るほど言われ続けていた。
だから少しくらい好きにさせてもらってもバチは当たらないだろう、なんとなく興味が湧いてきた奥村燐に近づく。

「さっきぶりやね奥村君、祓魔師目指してはるの?」

ピンクのテリアを膝に乗せていた燐は声の方に顔を上げると、少し首を傾げてからピンクブラウンの髪を見て「ああ、クラスの」と思い出したようだ。
お互い色で相手を思い出すんかいと志摩は可笑しく思う。
燐の膝の上のテリアが志摩を見詰める、その視線に何故か見透かされたような気がして苛立ちながらも得意の笑顔を張りつける。

「ああ、よろしく」

先程まで志摩が一緒にいた勝呂達の方も向いて軽く会釈する燐に、そういえば「奥村」って聞いたことあるなそれもすごく最近にと思ったが、やはりキャパシティの少ない頭では思い出せない。
取り敢えず挨拶も済ませ、席に戻ろうとしたとき扉が開く音がして祓魔師のコートに身を包んだやけに若い講師らしき人物が入ってきた。
と同時に一番前にいた奥村燐が突然吹き出し、膝に乗っていたテリアが床に落とされてキャン!と抗議の声を上げるのも無視して立ち上がると講師を指差した。

「ゆきお!?」
(雪男?……どっかで聞いたことあるような)
「あの人、入学式の新入生代表の人やあらしません?」

子猫丸の声にあ、と思い出した。
奥村雪男、今年の新入生代表つまり入試をトップで勝ち抜いた首席である。
「奥村」という名字、そして燐の尋常ではない驚きっぷり。
それだけで二人が身内であることを想像するのは容易だ。

(なんや、意外と面白いことになりそうやな)

そんな志摩の様子を燐の中にいるミレイが、未だにテンパり中の燐は無視して窺っているとは気づかずに。






≫夢主の登場頻度が低すぎる件。




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