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死とは全ての終わりであり、その先に待つのは無である――そう考えるものは少なくはないだろう。
死んでしまえば人は今まで築き上げてきたものも友人も、愛する人さえもなにもかも失ってしまう。
青年はただ一人の信頼する人の為に刀を振るっていた。
彼女は己の生きる道を見つけるために、進み続けた。
二つの道が交わった時、青年は彼女の為にも刀を振るうようになった。
だが運命はあまりにも残酷だった。
激化していく戦いの中で磨り減っていく命。
やがて散り行く時、彼女は笑っていた。
傍らで戦いを見守り続けていた少女は涙を流した。
何故彼等は死ななくてはならないのか、死ぬことが美しいなんて哀しすぎる、と。
しかし、死後の世界は確かに存在していた。
そして巡り巡って、再び彼等の物語が幕を開ける――。









本当にここは時の感覚を狂わせる世界だと沖田総司は思った。
肉体はとうの昔に死を迎えているため、基本的に老いるという概念は存在していない。
しかし確かに目も耳もあるし、五体満足。
鏡を見れば生前と何一つ変わらない自分の顔があるだけだ。
所謂死後の世界、ソウルソサエティにやってきて百年もの月日が流れた。
西流魂街一地区潤林安に割り振られた沖田は特に困るようなこともなく生きてきた。
既に死んでいるのに生きてきたというのは可笑しいかもしれないが、実際時々しかないが腹は減るし(他の者達は腹が減らないのか食料の入手は困難だったが)、人間のときと変わりない。
勿論もう吸血衝動もなかった。
大きく違うのは自分は一人であること、刀など振る機会はないということだ。
死神というものになれば斬パク刀という刀を持てるらしいが、死神になるには莫大な霊力という才能(当然剣術の良し悪しではない)が必要な上に、学校に通うらしい。
オマケに沖田が住む流魂街の人々から聞く死神の情報は、力を振りかざすだけの嫌みな連中というもの。
忌み嫌われている点では生前自分が所属していた新選組と似ているかもしれない。
だがあそこには最も尊敬する人がいたし、事実その人のために役に立ちたくて人を斬ってきたことは否定しない。
そんな自分が魂パクを守る仕事なんて、お笑い草だ。
特に生き甲斐もなくそこで生きていた沖田にとって唯一心を占めていたのは、彼女の存在だった。

「ナマエ……」

初めて、本気で恋しいと思った存在。
彼女もこの世界で"生きて"いるのだろうか。
長老の話によれば、人は皆死ねばこのソウルソサエティにやってくるから、肉親や恋人を探しに他の地区へ行く者も少なくはないという(見つかる可能性は低いが)
だが沖田はそうしなかった。
あの頃、誠という旗を掲げ己の信条を頼りに刀に血を染めていた時とは違う。
ただ何の生きる理由も見い出せず、なんとなく生きているだけの自分を彼女はまた愛してくれる筈がない。
怖かった。
女々しいな、と沖田は自嘲気味に笑った。
"貴方は私の知っている沖田総司じゃない"
そう言われるような気がして。







「よお、ナマエ。相変わらず忙しそうだな」
「新八さん、今日は非番?」
「ああ、左之の奴とこれから一緒に流魂街の飲み屋で一杯引っ掛けてくる約束しててな」

お前も来るか、という永倉の問いかけにナマエは遠慮しておくと苦笑しながら言う。

「酔った二人に絡まれるのは御免被りたいからね、ほらこの前だって」

永倉と原田と藤堂の三人で久しぶりに飲みに行ったところ、丁度時間があってナマエが様子を見に行くと千鶴が半泣きで助けを求めてくるくらい大変などんちゃん騒ぎになっていた。
その事を指して言うナマエだったが、永倉は少し考える。

「おいおい、それいつの話だよ」
「えーと、新八さんが真央霊術院を卒業して三人でお祝いしてた時?」
「十年以上前のことだろうが!」
「あ、ごめん。時間感覚が麻痺してたみたいで」
「まあお前は俺よりも大分長くここにいるから仕方ねえ気もするけどよ」

喜寿まで生きた永倉がソウルソサエティに辿り着いたとき、既にそこにはかつての仲間達が暮らしていた。
土方や近藤、原田に山南、そして山崎は護廷十三隊として。
藤堂は霊力があったものの、千鶴を一人にしたくないという理由で死神にはならず流魂街に留まりあの頃の生きる死ぬの狭間だったのとは違い平和に暮らしている。
割と最近に再会を果たした齋藤は現在霊術院生。
喜寿を全うしてソウルソサエティに来た永倉は、現在平隊志であるものの将来有望とされる死神だ。

「にしてもまさかナマエが副隊長だなんて、あー悔しいぜ」
「皆と違って私は昔から霊的な類いは見えてたし、死んだ後割り当ての死神に霊力が並みじゃないとか言われて流魂街で平和に生活する暇もなく霊術院に連れてこられたんだから」

普通ならないことだがその時自分のいた地区を担当したのが偶然にも席官相当の人物で、振り分けようとした魂パクが異例にも霊力が強いということで、流魂街に振り分けなかったのだ。

「……ったく、総司の奴はどこにいるんだろうな」
「本当に」

通常だったら一緒に死を迎えたといってもいい二人は同じ地区に振り分けられてもおかしくは無かった。

「私が……勝手に別の場所に行ってしまったから怒ってるのかもしれないね」
「お前のせいじゃねえよ」

土方達も沖田の所在を何度も調べてくれていたが、結局分からないままだった。
別の方面にいるのか、はたまたもっと数字の大きい地区にいるのか。

「いくら地区の振り分けが多少適当だといっても、まさか戌吊とかはないと思いてぇんだけど」
「そう、だね」

もし仮にそんなことがあるとすれば、尚更罪悪感に苛まれる。
どうして一緒にいられなかったのか、と。

「とにかく土方さん達も引き続き探してくれてるし、お前がそんなに気負うことじゃねーよ。あの総司のことだ、どこだって要領よくやってる。だからそんな顔すんな」
「……ごめん」
「バーカ、それは探してる土方さん達に行ってやれ。俺はお前よりも暇な身分だからな、時々流魂街に出歩いてるだけだ」

それから左之が遅いって鼻曲げるかもしれねえからそろそろ行くな、といって永倉はその場を後にした。
ナマエ自身もそろそろ休憩時間が終わる頃合いなので、朽木隊長の機嫌を損ねないためにも足早に隊舎へ向かう。
ふと空を見上げれば、夜空に満月が輝いていて同じ空の下彼も同じ月を見ているのだろうか、なんて想いを馳せてみる。
いつかきっとまた会えることを信じて。








初めて彼等に出逢ったあの夜も、こんな綺麗な月が出ていた。

「どうしたんだ千鶴?夜空をぼーと見上げて」
「すごく綺麗な月だったから、思わず見惚れちゃって」

千鶴が小さく微笑みながら呟くように言えば、傍らに座る藤堂は確かに今日は一段と綺麗だな、と縁側に腰を下ろした。

「新八っつあん達また居酒屋で一杯引っ掛けるんだってさ。あの二人は死んでもあの調子すぎるだろ」
「平助君は行かなくて良かったの?」
「泥酔したオッサン達のお世話なんて御免だっての。それに、千鶴を家に一人で放っておくなんて男が廃る!」

胸を張るように言う藤堂に、千鶴はまたクスリと笑う。

「気を使わなくていいのに」
「ち、違ぇよ!俺は、その、大事な嫁さんだから……」

その言葉に二人揃って真っ赤になる、ここに永倉や原田がいたらからかいの絶好の的になるのは間違いなかったに違いない。

「初めて新選組の皆さんに出逢った夜もこんな月が出てたなぁて思って、といっても土方さんに齋藤さん、沖田さんの三人だけだったけど」
「綱道さんを探しに一人で京に来た日だったよな」

今でも覚えている、月明かりに照らされた真っ赤な血飛沫、射抜くような鋭い眼差し。
そしてそれが全ての始まりだったことを。

「沖田って言えば、総司の奴一体どこでなにしてんだろうな」

全ての戦いが終わった後、藤堂と千鶴は千鶴の故郷で残りの人生を謳歌した。
早い段階で羅刹になった藤堂の体が蝕まれていないと言えば嘘になるが、確かに幸せな時間を過ごせたと思う。
一足先にその人生を終えた藤堂、そして彼を追うように千鶴もソウルソサエティへと辿り着いた。
今思えばこれだけ広いソウルソサエティの中で、それぞれ隣の地区にいたことは奇跡としか言い様がないだろう。
それから現世では結局叶うことがなかった契りも結び、晴れて夫婦となった二人は現在東流魂街一地区で暮らしている。

「にしてもまさか土方さんや左之さん達新選組時代の知り合いに会い続けるなんて思わなかったけどな」

偶然にも甘味処を訪れた原田と会い、死神になったという面々と再会した。
一番長生きしたという永倉、南流魂街に住んでいた齋藤はかなり最近に再会したものの、沖田を除いて新選組の幹部達皆と再会出来た。

「私はすごく嬉しかったよ。ナマエさんにも逢えたから」

目を閉じれば蘇る、仙台城での最後の決戦を。
千姫を拐った山南を追いかけ北上した千鶴と藤堂は、同様にナマエと沖田も日本に変若水を持ち込んだ異国の鬼(ヴァンパイアというらしいが千鶴には正確な発音は出来なかった)を追って偶然にも再会した。
後で聞いた話では、そこには千鶴の兄である南雲薫も姿を現し、ナマエは異国の鬼と沖田は南雲薫と文字通り死闘を繰り広げ、勝利した……大きな代償を支払って。

「亡くなる時、二人ともとても幸せそうだったのに……」

羅刹として力を使い果たした二人は、まるで子供のように泣きじゃくる千鶴に困ったように笑うと静かに灰に還った。
きっと天国で仲睦まじく暮らしているだろう、あの頃は確かにそう思っていたのに。

「平助くん、運命って……残酷だね」

再会したナマエは「久しぶり、千鶴」と微笑んでいた。

でも時折見せるあの哀しげな表情、それを癒せるのは沖田をおいて他にはいないのだろう。

「そうだよな、別々に死んだ俺達は会えたっていうのに最期まで一緒だったあいつらが離ればなれなんてさ」


だからどうかもし神様がいるのなら、二人をこの広すぎる世界で再会させてください。







≫取り敢えずここまでです。
 妄想が膨らんでいろいろ謎の設定が増えてます(笑)