「―――新世紀に問う魔導の道、ねえ」

床に散らばる論文、それも今は破り捨てられてただの紙切れと化したものを拾い上げナマエ・ミョウジは近場にあるゴミ箱へと投げ入れた。
魔術師の世界はほぼ血統がものを言う、それが通説であり常識だ。
魔術の秘奥とは一代で成せるものではなく、親は生涯を通じた鍛練の成果を子へと引き継がせることで完成を目指す。
そうなると当然のことながら代を重ねた魔導の家門ほど力を持つことになる。
また全ての術師が生まれながらにして持ち合わせる量が決定づけられてしまう魔術回路の数についても、祖先様様の力で名家の連中は回路が通常より多い。
実際全世界の魔術師を束ねる魔術協会の総本部、時計塔においても名門出身の生徒は優先され期待され贔屓され、血の浅い生徒は場違いであるかのように爪弾きにされる。
かくいうナマエ自身も七代を重ねる名家ミョウジの一人娘であり、現在は時計塔のエリート講師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの助手として働いている。
両親は既に他界しており、天涯孤独の身ではあるがそれなりの実力は兼ね備えており将来有望というわけだ。
だがナマエはたった今ゴミに捨てた論文にも一理はあると思っていた―――ケイネス講師に言おうものなら「まさか君がそのような妄想を支持するとは、気でも狂ったのかと思ったぞ」と間違いなく笑われるので口が裂けても言えないが。
引き継いだものは大層ご立派でも応用の利かない者は腐るほどいるし、逆に魔術回路の数が少なくとも効率よく理解深く活用して実力なら名家出身者と並ぶかそれ以上の者もいる。
ウェイバー・ベルベットもそんな血統には恵まれずとも才能には恵まれた人間の一人だった。
ただ、残念なことに彼は自らの主張を訴えるのが早すぎた。
一生徒が現行のしきたりに異議を唱えても何も変わらない、寧ろ出る杭は打たれる。
可哀想だがこれが現実だとロード・エルメロイに散々に言われ更には渾身の論文を破り捨てられて、顔を真っ赤にしていたウェイバーを思い出し少し気の毒に思った。

「ああ、ここにいたのか」

講義室の扉が開き、ちょうどいいタイミングというべきかロード・エルメロイその人が中へ入りそして閉めた。
更に簡単な防音の術をかけた、何か話でもあるのか。

「誰かさんが講義室の床を紙くずで散らかしてくれたものですからね、片づけていたんですよ」
「……それならあの愚か者に申し付ければいいだろう」
「彼なら声をかける前にとっくにいなくなっちゃいましたよ。余程腹でも立てていたんじゃないですか」
「正しい指摘をしたまでだ。これで彼も身の程というものを弁えるだろう」
「だといいんですけどね」

その話はどうでもいいとばかりにケイネスは話題を転換した、珍しい話だ(大抵腹立たしい生徒が居たらいつまでも文句を言っている)
余程重要な何かがあるのかもしれない。

「突然だがナマエ、一緒に極東の島国、日本へ来ないか」
「―――それはまた、本当に唐突な話ですね」

呆けているナマエにケイネスは何故日本に向かうのか、聖杯戦争というものについて簡単な説明をした。
極東日本の冬木という市で行われる万能の宝具――聖杯を巡って魔術師とサーヴァントと呼ばれる英霊とが組みして戦う、バトルロイヤル。
持てる魔力知力戦略を総動員し、魔術師の威信と誇りを賭けて繰り広げられる熾烈な戦い。
少しは聞いたことはあるが実際に身近な人間が参加するなど言い出すとは思ってもいなかった。

「先生は聖杯とやらに叶えてもらいたい願望がおありで?」
「いや、ない。聖杯戦争に参加する理由は単に私の経歴に箔をつけたいがためだ」
「……そうですか。それからもう一つ、奥方はどうなさるんですか」

ロード・エルメロイに絶対的な自信があるにしても危険な場所に婚約者を連れていくのは賢明な判断ではない、ただでさえ先生は彼女にベタ惚れしているのに。
しかし先生曰く連れていくばかりか協力をしてもらうという。

「サーヴァントたる英霊を呼び出す際に少しばかりアレンジを施し、私とソラウでマスターの任を分担することにした。実質的に英霊を指揮し、令呪という絶対命令権を持つのは私だが英霊がこの世に留まるための魔力を提供するのはソラウだ」

成る程、本来一人で担うべき役割を分業することによって負担を減らすということか。
確かにそれは効率的であるかもしれないが、同時に婚約者を危険のある場へと連れていくことになる。

「魔力提供なら私も出来ますが」
「いや、ソラウたっての希望だ。それに彼女には君のような女性の助手が同伴するとは言っていない」
「……それはどういう意味です?」

まさか奥方に見つからないように手伝えとか言うんじゃないだろうな。
ただでさえ奥方自身も有名な魔術師の家系で聖杯戦争に本格参加するというのにバレないわけがない、などと思っていたが予想よりもさらにとんでもないことを言い出した。

「結構目前の夫に若い女性の助手が同伴したらソラウが不安に思う可能性があるからな。君には男装し男の助手兼身の回りの世話をしてもらう」
「は?」







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