路地裏に女が一人立っていた、否コンクリートの壁に寄りかかり荒く息を吐いていた。
どうしてこんな事態になったのか、何度考えても納得のいく結論を導き出すことは出来ない。
とにかく今言えることは自分はお尋ね者であり、絶賛逃亡中だということだ。
季節は真夏だが現在時刻が明け方なことはあり、幾分か涼しい。
だがここまで全力疾走で逃げてきたため、汗だくで今すぐにでも洋服を着替えたいがそれは叶わない。

『もう、走れない……』

中学高校と文化部だったせいもあるのかお世辞にも運動能力が優れているとは言えない、逃げなければ今にも警察が追いかけてくるかもしれないのにこれ以上一向に動きそうにない己の足を恨めしく思っていると、静かな路地裏にカツカツと足音が一定のリズムを刻み聞こえてくる。
まさかもう見つかった、と背筋が冷たくなりながらどうにか近くにある物陰へと身を隠し息を殺した。
足音からして人数は一人、別段急いでいるようには思えないゆったりしたペースだ。
追っ手ではないのだろうか、そう思い物陰から少しだけ体を出して足音の主を確認しようと試みる。
そこにいたのは褐色の肌を持つ青年だった。
どう見ても警察とかそういった感じの人間には見えないところで、ただの通りすがりか何かだろうと結論付けて安堵していると、気持ちが緩んだのか足元に転がっていた鉄パイプを蹴ってしまった。
鉄パイプが転がって、静かな路地裏に一際大きな音が鳴り響いた。

「………」

無言でこちらを向いたその青年と目がばっちり合ってしまった。
バクバクと心音が高まっていく。
大丈夫大丈夫、この人は自分のことなんて知らないのだから適当に謝ってこの場を誤魔化しさっさと別の場所に逃げよう。

『す、すみません……蹴飛ばしちゃいまし……!?』

最後まで言い終える前に突然その青年の手によって、隠れていた物陰へと再び押し込められる。
何事、というかいきなり初対面の人間に何をするんだと抗議してやろう思ったところで路地裏に私たちのとはまた別の第三者の足音が響き、また誰かが来たと慌てて縮こまった。
その足音はたった今私を押し込めた青年の前までやってくると足を止める。
物陰から身を捩り、今度は物音を立てないように細心の注意を払いながら覗くと、そこにいたのは学生服の青年。
またただの一般人じゃないか、と思いながら動こうとして学生服の青年が発した言葉に凍りついた。

「これは偶然ですね、雪比奈君。普通でしたらRe-CODEである貴方を放って置くわけにはいかないのですが運がいい、今は最重要人物を追っているので生憎君に付き合っている暇はないんですよ」
「ならば今すぐ消えろ、お前の薄ら笑いを見ているだけで反吐が出る」
「残念ながらそうもいかないのですよ、現在逃亡している凶悪犯がこの付近で目撃されまして」

その言葉に、ビクリと体が震えた。
まさかこの青年が追っ手だというのか。
そして更に恐ろしいことを続けて言う。

「見つけ次第、抹殺するように指示されているのですが……この周辺でセミロングで黒髪の女性、見かけませんでした?」
「見ていない、目障りださっさと消えろ」

そうですか、と言うと学生服の方は相手の不機嫌な態度をさして気にした様子もなくクルリと向きを変えて去っていった。
再び静寂が路地裏を襲ったところで、今聞いた言葉が頭の中で反響し身体が無意識に震えるのがわかる。
”見つけ次第抹殺”確かにそう言った、私の耳がおかしくなっていないのならもし先程の彼にここで遭遇していたら私はもうこの世にはいないのである。
すると私を物陰に押し込めた青年が此方を向き、口を開いた。

「コードブレイカーに追われる程のことをしたのか、お前は」
「コードブレイカー?」
「……知らないのか」

少し驚いたような顔になるが、残念ながらまったくわからないし聞いたこともない。
コードというのが規定とかいう意味だから、それをブレーク、壊す……規則破り?さっぱり意味がわからない。

「法で裁けぬ悪を裁く、俺に言わせて見ればただの偽善集団だ」
「法で裁けぬ悪って……私、人殺しなんてしていません!」
「成る程、殺人の容疑で追われているのか」

取り敢えず私の口は氷よりも滑りやすいらしい。
もしかして先程のコードブレイカーとかいう青年に言いに行ってしまうのではないかと不安になっているが、私が殺人犯として追われていると知ってもあまり気にした様子もなく平然と会話を続けるので面食らってしまった。

「やっていない、お前のその言い分が正しいならコードブレイカーは冤罪の容疑者を有無を言わさず葬ろうとしているのか……面白い」
『お、面白いって!追われてるこっちはたまったものじゃないですよ』
「興味が沸いた。お前に聞きたいことがあるからついてこい」
『え、ちょっと!?』

突然腕を引かれて路地裏を出て行く、誰かいないかと不安に思ったもののそこには人っ子一人いない状態。
先程私が通った時にはもっと人がいたのにと思っていると青年(雪比奈と名乗った)が「恐らく奴等がお前を始末するために一般人が通らぬよう手回ししたのだろう」と言って背筋が寒くなった。
そのままつれていかれ、途中で遭遇しないかドギマギしているといつの間にかよくわからない道を進んでいき、気づくと古びたアパートらしき建物の前に到着する。
どこに連れて行かれるのかと本格的に不安になってきたところでそのまま建物の中に入り、階段を上り、「306号室」と書かれた部屋に入っていく。
そこは外側から見た古そうなイメージに比べたらそれなりにきちんとした家具もあって、小奇麗な一室だった。
部屋の中央に置かれているどこかの会社の応接室にでもありそうな革張りのソファーに雪比奈さんはドカッと座ると、視線で向かい側に座るよう促すので『……失礼します』と一声言って座る。

「殺人の容疑がかかっているといったが、お前は本当にそれをやっていないんだな」
『事件が起こったっていう時間は両親と自宅にいました……でも親族及び親しい友人からのアリバイは適用されないので』
「そのまま逮捕されそうになって逃げてきたってことか、意外とお転婆なんだな」
『だ、だって取調室で密室で絞り上げられて自白を強要されると思ったんです!テレビの見すぎだとは思ったんですけど』
「いや証拠が不十分な場合日本の警察はそんなものだ、しかし妙だな」
『妙、ですか?』
「お前程度のひ弱な女が犯人の事件でわざわざコードブレイカーに始末させるのがおかしい。そんなことをする必要もないだろう」

確かに、闇の社会とかまったく関係のないただの女子大生がそんな中二病満載な人間に追われるものなのだろうか。
いくら逃亡してしまったからって普通の警察が追えばいいし、最悪指名手配になる。
指名手配、という言葉でそういえばともうひとつ妙に思ったことを思い出した。

『もう数日逃げているんですけど、おかしいことに私が逃げていることはおろか私が起こしたと思われている事件自体がまったくニュースになっていないんです。新聞もちゃんとチェックしたんですが一言も書いていなくて』

普通殺人事件、しかも私の場合一度に何人も殺した大量殺人者だとして追われているのなら当然新聞の一面を飾るレベルの事件であることは間違いないのだ。

「……何か裏がありそうだな」

そしてしばらく考える仕草をした後、雪比奈さんはこちらを真っ直ぐに見て言ったのだ。
どことなく嬉しそうな様子で。

「その事件興味が沸いた、しばらく調べるからお前に捕まってもらっても平家に殺されても困る。だからここにいろ」
『……へ?』

こうして、私の逃亡生活は幕を開けたのだった。







>>今やってる連載が終わったら始めたいと思っていた連載なのですが、フライングしてみました。
巷では雪比奈が人気みたいなので、お相手は雪比奈で。
若干コードブレイカーさんが悪役(特に平家)みたくなりそうですけどね。
書いてからウィキペディア見たら一般的な常識がない的なことがかいてあったんで実はアホの子?なんでしょうか、これだと頭よさそうな探偵役になってますけど。
最初は逃亡者と雪男(ゆきおとこ)にしようと思ったら某ホクロ眼鏡を連想してしまったのでやめました(笑)