「……まったく、大神はいつも派手にやってくれるよ」

近頃大量に出回っている麻薬の発信源であるヤクザの事務所の中にて、未来は隣で揉み消しのためにあくせくしているエージェントの一人、神田にそうでしょ?と問いかける。

「我が主人は、人一倍悪を憎んでいますから」
「まあいいわ、ちょうど私も彼の様子を見にあの学校に転入する予定だったし」

それから先日大神がエデンに報告した珍種の存在。

「桜小路桜、ね……」

私の記憶が正しければ、確か彼女は―――。
彼もとんだ人物に目をつけてしまったものだ、と窓から見える夜の街を見ながら息をついた。






「皆席について、今日は転入生を紹介するわよー!」

ざわついている教室内を静かにさせようと、クラス担任である神田が出席簿をパンパンと叩くのを、大神零は特に興味無さげに見ていた。

最近は、今も隣で「転入生とは楽しみだな、大神!」と笑顔で話しかけてくる人物のせいで、数倍は疲れが溜まっているような気がする。
しかし自分が彼女――桜小路桜を観察(あくまでそれは珍種だから)することにしてしまったのだから仕方ない、と彼女の声に適当に相槌をうっていると、神田の合図と共に教室の扉が開かれ、一人の少女が姿を現した。

「……っ!」

視界に入ってきた、自分達特有の当たり障りのない笑顔を顔に貼りつけた少女に、大神はガタッと音をたてながら目を見開いて立ち上がった。

「あ、あの大神君?いきなり立ち上がってどうしたの?」

もしかしてお手洗いに行きたいの、と明らかに的外れなことを言い出す担任に「いえ、何でもありませんよ」と笑顔で対応すると、何事もなかったかのようにまた座席に座る。
――隣に座る少女はいぶかしげにガン見してくるが。
見るにしても、もう少し目立たないようにしてくれと内心思いながらも、再び黒板の前に立ち自己紹介をしている少女に目線を向けた。




「神楽坂さん、少し宜しいですか?」

昼休み、クラスの女子達数名に囲まれている転入生のもとへ行くと、笑顔で「転入したばかりで学校のことなどわからないでしょう、案内しますよ」と言った。
周りの女子達が唖然として「大神、あんたには桜というものが有りながら……!」とまで言う者もいるが、無視して真っ直ぐに未来を見る。
誰もお前も転入したばかりだろうが、と突っ込む者はいないらしい。
当の転入生も、一瞬驚いたように目を見開いたものの、すぐに口角をつり上げた。

「それじゃ、お願いしようかな」




二人が揃って教室を出ていくのを、黒髪の少女が口をポカーンと開きながら見ている、も足元で駆け回っている"子犬"にはっと我に返った。

「ま、まさか大神の奴神楽坂殿に何か危害を加えようとしているのでは……」

先日のヤクザの事務所での出来事、麻薬に関わっているとはいえ何の躊躇いもなくその青い炎で殺した大神を思い出して、ぞわりと背筋が寒くなるのがわかった。
友人であるあおば達が「大神が浮気しようとしてるけどいいの!?」とすぐ側で言っているが、頭に入ってこない。
とにかく彼女を助けなければ!と拳を強く握り締めると、確実に勘違いしている友人達に見送られながら勢いよく教室を飛び出したのだった。




「で、何か用かな」

学校を案内するとは言われたものの、無言のままただついてこいとばかりに前を歩く大神の後を追えば、昼休みなせいか生徒の姿がまったく見えない校舎裏へと到着した。

「……どういうつもりですか?」
「一体何のことかしら、大神君」
「ふざけないでください」

壁を背に立つ未来に対して、大神はその前に立ち塞がり右手をダンッと彼女の横の壁に叩きつけた。
一見すればそれは脅迫にも襲っているようにも見える状況だが、目の前の少女は怯む様子を微塵にも見せず、笑う。

「別に怒らなくても、貴方の"バイト"の邪魔をする気はないから」

そんなに睨まなくてもいいじゃない、という未来に元々ですよと大神は溜息をついた。

「クラスメイトにはあんなに人の良さそうな笑みを浮かべてたのに」
「キャラ作りのため、ですよ。それよりも説明してください、何故貴女がこの学校に」
「上からの命令。私だって深い理由は知らない……あぁそうだ、言い忘れてた」

珍種である彼女の存在もあるし、様子見とかじゃないのと言ったところで"彼等"から大神への伝言を思い出した。

「今夜、バイトの依頼があるから"例の場所"に来いだってさ」
「そう、ですか」

やはりというか、大神の表情は険しい。
仕方ないだろう。
自分だってあの権力ばかりを振りかざし、高みの見物を決め込んでいる連中を好きになんてなれる筈がない。

「でも忘れない方がいい、私達が今悪に裁きを下せるのは、奴等の後ろ楯があるから、でしょ」
「ええ、忘れてたなどいませんよ」

理解しているからこそ、尚更苛立ちが募るのだろう。
結局のところ自分達は、奴等の飼い犬でしかないのだ、と。
だがそれを認めたくない一心で。



その時、突如上方から女子のものである声が聞こえてきた。

「大神、神楽坂殿から離れろー!」

声のする方、つまり頭上を見上げれば、そこには二階から大神に蹴りを喰らわせようとしながら飛び降りてくる桜小路桜の姿。

「は……」

大神もまさかの展開だったらしく、驚いた表情で数歩後退し、彼女を避ける。

「私が来たからには大神!神楽坂殿に一歩も触れさせぬぞ!」
「……何なんですか、貴女は一体」

普通の女子高生では考えられない見事な着地をし、まるで未来を守るかのようにバッと両手を広げた。

「先日の藤原先輩の時といい、お前は一般人にも手を……」
「あのー、よくわからないけど私何もされてないよ?」

なにやら桜が大神に説教モードに入りそうだったため、未来はおずおずと説明をした。
校内を案内してもらってここを通りかかったときに、大神が自分の目の前を飛んでいた虫を駆除してくれたと。
けして桜が思っているような、危ない場面ではなかったのだと。
なんとも無理矢理な説明だ、と聞いていた大神は思ったが当の桜は「そうか、すまなかったな」とあっさり信じている。

「単純……」
「何か言ったか?」
「いえ何も」

珍しいな、と未来は思った。
基本的に大神は未来と組んで任務につくときも、仏頂面であることが多い。
こんな風に冗談を言い合う、年相応らしさを見せることはない。
それもこれも、桜小路桜の影響か。
すると桜小路桜は大神の方から、クルリと此方を振り向き笑顔で手を差し出した。

「親交の証の握手だ、先程は声をかけ損ねたがよろしくな!」

突然の申し出に驚きながらも、こちらこそとその手に応じる。
確かに面白いかもしれない、この桜小路桜という人物は。
それとも、彼女が普通なのであって自分が異常なのか……。





「珍しいのね、貴方から電話してくるなんて」
「そういう訳ではありませんよ」

放課後になりさっさと帰り支度をして、校門に差し掛かったとき(女子達に歓迎を兼ねて一緒にカラオケに行かないか、と誘われたが丁重にお断りした)携帯電話が振動し始めたので、帰宅する生徒達の波から少し離れたところで通話ボタンを押した。
電話の相手は同業者である、コードブレイカー:02の平家。

「確か平家、この学校の生徒じゃなかったの?別にわざわざ電話しなくても」
「生憎、今はちょうどお茶の途中なので」
「あ、そう……」

こいつも常軌を逸した変人だったな、と溜息をつきながら電話口で今も優雅にお茶を飲んでいるであろう平家に用件は何かと聞く。

「早速、桜小路さんと接触したようですね」
「なんで貴方がそれを知ってるの」
「ちょうど昼休みにお茶をたしなんでいた場所から、校舎裏がよく見えたので」
「覗き?趣味がいいわね」
「それほどでも」

褒めてないっての。
その前に、この人一日中暇さえあれば茶を飲んでるのか。
本当に平家を相手にしていると疲れる。

「あぁ、本題を言い忘れるところでした」
「そんなことだろうと思ったよ」
「今夜、エデンからの依頼で大神君と刻君に行ってもらうのがあったのですが、それに未来さんにもサポートとして行って頂きたいのです」

平家の言葉に首を傾げた、大神も刻もいるのだったらわざわざ私が行く必要なんてないのではないだろうか。

「コードブレイカーの仕事自体は彼等だけで十分です、しかし桜小路さんがいる」

大神に殺しをやめさせる!と決意してしまった彼女は、いつも大神が仕事の度に(勝手に)同行している。
平家によると、今回の標的である田畑という政治家は、無駄に武力が整っていてコードブレイカーの二人でも桜小路桜にまで手が回らないかもしれないとのこと、とエージェントの報告を受けたと。

「それにちょうどいいじゃないですか、桜小路さんに自分がコードブレイカーだと言っておくいい機会ですよ」

別に隠していた訳ではないが、言い忘れていた。
平家の言う通り、いい機会かもしれない。

「了解、異能は使う必要もないだろうし」
「えぇ、貴女ほどの実力なら使うまでもありませんよ」
「それはどうも」




この出会いが吉と出るか、凶と出るか。
それはまだ誰も知らない。




END


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