「捜シ者……!」

部屋の中央に立っていたのはまさに今回の元凶と言える人物だった。
しかし生物の”気”に敏感な未来は見た瞬間に気づいた、これは生身の人間ではない、捜シ者の姿を模しただけの人形であると。
だが誤解を受けた電話口の向こうのクラスメイトと通話中だった大神は、その捜シ者を模したものに気を取られた。
その瞬間部屋の温度が一気に下がる、この気配は一人しか思い当たらない。

「大神、後ろ!」

声をかけるも一瞬遅く、大神は攻撃を避けたものの携帯電話は無残に切断され飛んでいった。
急襲してきたのは捜シ者の部下と言える雪比奈だった。
大神も怯むことなくすぐに立て直すと右手に青い炎を纏い、雪比奈に攻撃を仕掛けていく。
が、今まで散々数多の人間を燃え散らしてきた青い炎を右手に受けても、雪比奈は身体が燃えるどころか顔色一つ変えない。

「どういうことなのだ……?」
「相性の問題よ。炎の異能に対して雪比奈は確定ではないけど氷の類い、相殺できる」
「ただ能力の相性だけではありません、強力な大神君の力に拮抗出来るとは流石はRe-CODEの一人と言えるでしょう」

疑問符を浮かべる桜に、未来と平家が説明する。
原理的には先日の西園寺の研究成果で他者の異能を身体に入れ、水を操る異能を手に入れた高峰と同じと言える。
だがそれをすぐに退けられた前回とは決定的に違うのは、使い手の実力だ。
雪比奈の能力は侮れないほどに強力だった。
真の目的はなんだと詰め寄る大神に対して、雪比奈は表情を動かすことなく真の目的は既に達せられたと告げた。
更には大神に本当の力を見せてみろと煽ってみせる。

「あの時の……」

思い出すのは人見に追い詰められたときのことだ、あの時確かに大神はロストしていたにも関わらず異能を使い形勢逆転人見を倒した。
あれはどう考えても普通には起こりえないことだった。
隣にいる平家が意味ありげなことを言っているが、大神本人はその時のことを覚えてはいないようだった。
雪比奈が大神と捜シ者の関係性を淡々と述べているのを阻むかのように、再び右手に炎を灯らせ雪比奈の隣にいるものへと攻撃する。

(大神と捜シ者は一言で言えば、兄弟関係のような間柄だった)

渋谷荘の人見の部屋に残されていた資料に書かれていた情報の一部だった。
かつて捜シ者と戦ったことがある未来としては少なからず驚かされた、まさかこの二人がと。
確かに初めて大神と会ったとき、妙にどこかで会ったことがあるかのような感覚がした。
当時は刻が「ナニナニ、未来新入りナンパしてんの?」とかからかってきたから深くは追求しなかったが、成る程兄であり師匠のような関係だったからかと納得した。
きっと平家は最初から知っていたのだろう、遊騎も妙に怪しい。
五番目のあの人も当然知っていたとして、知らなかったのは自分と精々刻ぐらいのものか。

「燃え散れ」

その言葉と共に大神の炎が身体を焼き尽くす……と思われたが、やはりそこにいたのは捜シ者本人ではなくただの人形であった。

「真の目的……まさか!」

ここに呼ばれたのがそもそも囮だとしたら、コードブレイカーの意識を他にそらせる必要があるとしたら。
見事にと引っ掛てしまった、きっと捜シ者の目的は藤原総理だ。
人見が殺害しようとしたのと同様に、コードブレイカーの根源である藤原総理を襲うのは至極必然のことだ。
まずい、急がなければ普段から警護についているエージェントだけではあの男は手に負えない。

「大丈夫ですよ、癪ですがここにはいないコードブレイカーがあと一人います」

きっと総理を守るでしょう、平家の言葉は確信に満ちていた。
普段から目の敵にしている癖にちゃんとその力は信頼はしているようで。
確かにその人物は捜シ者と相対しても、十分に応戦できる力がある。
とにかく今はこの場でいかにして雪比奈を倒す、とまではいかないが撃退し無事にここを脱出して総理の安否を確認することを第一に動かなければならない。
大神の「俺に兄などいない」という捜シ者をばっさり拒絶する言葉に雪比奈は静かに怒っていた。

「恩を仇で返すとはまさにこのこと、捜シ者の真意をお前は理解していると思ったが……最早お前は捜シ者にとって障害にしかならない、大人しく死ぬがいい」

その言葉と同時に空気中の水分を凍らせた氷の塊が、次々にコードブレイカー達へ牙を剥く。
平家は桜を、刻は遊騎という非戦闘要員を庇いながらも氷の攻撃を身に受け正直厳しい。
大神が自らの異能で相殺するも、青い炎は触れたものしか燃やせないという特性故に満足に戦えていないというのが現状だった。

(……私の異能を使えばこの部屋全ての気を操り、氷を生み出させないようにすることは可能だ。けど、そんなことをすれば間違いなくロストする)

わかっている、自分のロスト間隔が非常に狭くなっていることを。
前回一度使っただけでロストしてしまった。
この部屋全部を範囲に行使すれば確実にロストする、それで雪比奈が退いてくれればいいがもしそうならなかった場合自分はただの足で纏いになる。
だが今は一刻を争う、迷っている場合は……!

「刻、ぶっ倒れたらよろしく頼むわよ」
「未来、おい何する……」

近くにいた刻にそう告げた瞬間、部屋の温度が急上昇し瞬く間に氷が溶けていく。
よし、これでどうにか雪比奈が撤退してくれれば……幸いにもかろうじてロストには至っていない、次少しでも使えばアウトだろうが自力でここから出ることは可能なようだ。
しかし予想に反して雪比奈は未来を見てふっと不敵な笑みを浮かべた。

「待っていたぞ、唯一の万能にして俺の驚異となりうるその異能を使うのを。もうこれ以上は使えまい」

やられた、完全に誘われていた。
通りでロストしないと思えば雪比奈の方も全力ではなかったということか。
再び臨戦態勢に入る大神だったが、まるで一緒に戦うと言いたげにしている桜を見て怒鳴り声を上げた。

「いいかげんにしろ!俺達悪同士の殺し合いを止めるためにあんたが命を縣ける必要がどこにある」
「嫌なのだ!誰かが、未来や大神が死ぬなど、私の前からいなくなるなど絶対に嫌なのだ!!」

二人の言い合いに、大神が怒鳴っているのを見るのは初めてだと驚くと同時に更にそのあとに続く大神の言葉に少なからず彼が変わりつつあるのだと思い知らされた。
自分ほどの悪がそう簡単に死ぬわけない、命の大切さそして悪人裁きをやめさせるまでいきていなくてはならないのではないかと。

「あの死にたがりがネェ……」

刻が物珍しげに呟く中、対して桜も力強く言った、悪人裁きをやめさせるまで絶対に死ぬなと。
それにしても疑問に感じる程桜の人の死に対する敏感さは異常だ。
彼女の命を大切にする人間性だとか、両親の教育以前の問題で……まるで、死を恐れているかのような。
だが桜に対する考察はそれ以上は続かなかった。

「永久凍結」

雪比奈がそう言った瞬間、部屋の温度が一気に氷点下を下回り身体がまるで凍っていくかのように動かなくなる。
身体がどんどん冷たくなっていき、このままでは生命活動に支障をきたしてしまう。

「もう一度、異能を使う」

なりふり構っている場合ではない、先程と同じように気温を上昇させようとしたところで大神が声を荒げた。

「言いましたよね、異能を使うのは控えてくださいと!」

死にたいんですか貴女は、と大神は怒りを露わにする。

「このまま全員共倒れするよりマシよ!こんな時に役立たずで何がCODE:00よ!」
「駄目なのだ、そんなことをすれば未来が!」
「桜や大神の指図を受けるつもりはない!」
「だめだ、絶対に駄目なのだ!!!」
「―――!?」

桜の叫びが部屋に響き渡った瞬間、目も眩む程のまばゆい光に目を開けていられなくなる。
そしてその瞬間、先程までの極寒地獄は一瞬にして常温へと戻り、氷は消えてしまった。

「珍種の、力……?」

まさかこれ程までに強力なものだったとは、同じく唖然としていた雪比奈は己の身体の異変を感じ取ると空気に溶けるようにしてその場からいなくなった。
恐らく彼も力を使いすぎた故にロストが近くなったことを感じて退却したのだろう。
取り敢えずは目の前の危機を脱することは出来たというわけだ。
しかし安心したも束の間、次なる問題が発生した。

「ところで何で皆大きいのだ?さては新たな異能か?」

まるで突然着ていた人間が消失したかのように地面に落ちている制服。
その首元にちょこんと座り込んでいたのは、全裸の手のひらサイズの桜だった。



END


夢主詰めが甘いですね