少しだけ昔話をしよう。
先の戦いで私は親友とも言える仲間を失った。
彼女は弟を庇い、そして致命傷を負った。
幸いにも一命をとりとめた彼女だったが、大切な力と記憶を失い"とあるところ"に封印された。
彼女に昔の記憶が戻ることはきっとないだろう。
かくして彼女は生き残っている"元コードブレイカー"の最後の一人になった。






「あんた俺の顔に見覚えがあるんだって?」

互いに一歩進み出て、刻は答えようとしない相手に腹を立てたのか異能の磁力を使い攻撃を仕掛けた。
周りの鉄骨やら瓦礫やらをかき集めての人一人に対しては少しばかり威力の大きすぎる攻撃だったが、どうやら傷一つつけるにも至らなかったらしい。
着ていたコートが吹っ飛んだくらいなものか。
そこは想定済みだったらしく大して驚いてもいない刻。
少しくらい手応えがないと面白みにかけるとかなんとか。
「暗転」と敵、仙堂が言った瞬間スウーとその姿が消えた。
それに気づいた瞬間刻の後方から突如攻撃が加えられる、避けられず直撃した。

「と、刻くん……!大変だ!大神、未来、平家先輩、刻君を助けるにはどうしたら……なぬ!?」

劣勢に置かれている刻を助けようと振り向いた桜の視線の先では、どこから持ち出したのかテーブルとイス、そしてティーセットが広げられていて優雅なティータイムとなっていた。
誰一人刻の助太刀に入るような気配は見られない。

「お、おくつろぎのところ申し訳ない。あの、刻君が……」
「コードブレイカーたるもの、人に助けを求めてはいけません」
「あいつが一人でやると言ったんです、やらせればいいんですよ」

とりつく島もないとはまさにこのことか、暢気に敵の異能の解説を始めた平家に桜がそれでも何か言いたげにしていると、カチャリとティーカップを置いた未来がようやく口を開いた。

「桜、どうやら勘違いしてるみたいだけど私達は本来チームプレーなんてしないのよ」

時と場合に応じて複数で裁きにいくことも無いわけではないが、基本的に普通の重犯罪者なら一人で十分足りる。
同じ団体に属してはいるが、コードブレイカー同士で互いを助けるなんてことはない。
この程度の相手に敗れるようならあいつもそれまでということでしょう、と痛烈に言い放った大神に桜が返す言葉も無くしている間にも仙堂と刻の戦いは続く。
相変わらず刻が劣勢で顔には硬化された拳で殴られたのか痛々しい傷が目立った。
本気でないことは確実だが、手を抜いてこうもやられっぱなしでおいおい大丈夫なのかと流石に思い出したところで、遊騎に敗北し満身創痍で床に伏せっていたリリィが仙堂へと助力を申し出た。
動かない手足を懸命に動かし仙堂へと手を伸ばしたリリィだったが、その思いは無残にも打ち砕かれ足蹴にされる。
曰く、醜い虫けらだの毒女だの。

「………!」

未来はある程度成長してから異能に目覚める者もいるがごく少数で、大抵は望まぬ人とは違う能力によって幼い頃に迫害を受けていた者が多いと聞く。
だからこそリリィのように一般人を憎み生きる者もいるが、今の仙堂の発言はいただけなかった。
彼女は確かに間違ったことをしていた、異能を持たぬ大多数の人間に逆恨みし殺そうとした。
だからといって罪を償うことが必ずしも死を意味するのではない、それはあくまで最終手段であって彼女のように心底性根が腐っていない人にはいくらでも生きて償う方法がある……今まで散々葬ってきた自分が言えることではないが。
ここで彼女を絶望に堕としたまま死なせてはいけない。
助太刀はしないがこれは刻を助けるのではないと、テーブルから立ち上がり多少異能を使ってでもリリィに伸びる仙堂の手を退けようとしたところで、その前にリリィと仙堂の前に出てリリィを庇う桜に気づいた。

「桜、あの馬鹿毎度毎度……!」

桜には自分がどれだけ危ないことをしているか自覚していないのだろうか。
寧ろ自分が珍種であることに気づいてないから余計、異能者の前に飛び出すなど自殺行為としか思えない。
それでも桜の珍種としての力は確実に彼女を守り、仙堂の異能を打ち消す。
純粋な拳の力だけは残り、加えて衝撃自体はそのまま桜を襲って、桜の腕は広範囲で出血していたがそれ以外には怪我は無かった。
そこでようやく桜の無謀としか思えない行為に気づいたのか他の面子も各々瞠目する。
一番驚愕していたのは先程自分に激怒していた桜に命を救われたリリィ本人だった。

「ちょっとアンタ何して、なんでアンタがリリィを助けるの!?」

今までだってたくさんの罪なき人間を殺してきた、どうして庇うのか、自分なんて死んだって、と喚くリリィに対して桜の返事はある意味彼女らしかった。

「……でもリリィは生きている。見捨てることなんてできるわけないだろ?リリィはもっと自分を大切にしなくていけないのだ。そうしたらもっと人に優しくできるし優しくもしてもらえるのではないか?」

詭弁だと一笑することもできる。
桜の言うことは綺麗事だ、他人に優しくしたからといってそれと同等に相手から優しさが帰ってくることなんて滅多にない。
期待しただけ裏切られる、そういうものだ。
けれど今は確かにリリィの心を救っていたことも事実。

「……知らないうちに感化されちゃってるのかもね」

今のやり取りを見ているうちに、ようやく刻も仙堂相手に本気を出すことを決めたようだった。
クズ相手に手を抜いている場合ではない、こいつには圧倒的な力の差を格の違いを見せつけて後悔させてやらなくてはと。
仙堂の顔面に盛大な蹴りをお見舞いしたかと思えば、桜に対して茶番だと大爆笑した。
だがなんとなくだが、桜の言葉は刻にも届いたのだと感じた。
そうでなくては刻が本気にはならない。
切り札を出して臨戦態勢に入った刻に苦笑する。

「まったく、素直じゃないんだから」
「そういう未来さんこそ、だいぶ変わったと思いますが」
「それはまずいかもね」

平家に冗談めかして返す。
人間としての自分はとうの昔に死んだと思っていた。
それは異能に目覚めた日だったのか、それともはじめてコードブレイカーとして見ず知らずの悪人に手を下した日のことだったのかのか定かではないが、あるとき自分はもう生きていなくてただ悪を裁く機械か何かのような錯覚すら陥った。
人見にも救われなかったといえば嘘になる、彼はひたすら未来を人間として扱った。
その温もりに触れて人間ってこんなに温かかったっけと久しぶりに感じた覚えもある。
でも当時の自分はそれを認めることを頑なに拒んでいた。
最後のひと押しは、桜だったと思う。
桜といると人間の愚かだが美しい部分に触れたような気がしてくる。

「妬けますねえ、桜小路さんにも人見にも」
「勝手に人を見透かしたようなこと言わないでくれる?」
「さあそれはどうでしょう?」

平家と無駄話して、物思いに耽っている間にも形成は逆転し水銀を巧みに操る刻が圧倒的優勢に立っていた、仙堂はもはや自分の意思で身体を動かすことすらままならない。
どうやら刻が気にしていたことは他にもあったようで、仙堂を問い質し始めた。
そして彼が何を問いたいか、その答えにすぐに思い至った。
刻と同じ異能を持っていて、同じ顔と同じ特殊な目をもつ女―――そんなのこの世に一人しか該当する人はいない。

「寧々音……っ」

彼女はもうこの世にはいない。
正確にはコードブレイカーとしての異能と記憶を持つ友人としての彼女はもう存在しない。
あの、鉄壁と言える封印が解かれることはないだろうし、コードブレイカーであらずに済むことは普通なら幸せなことだ。
何も知らないで幸せに過ごして欲しい、口には出さないが本音だった。
いつの間にか大神も寧々音のことは聞き及んでいたのか桜に藤原寧々音は元コードブレイカーだと告げ、桜はそれはもう驚いていた。
彼女の知る普段の寧々音の様子からはとてもじゃないが想像できないのだろう、仕方ないと言えば仕方ない。
冗談だろ、とにわかには信じがたいと言う桜に平家だ駄目押しで肯定した。
それが妙に悟っていたようで、そういえば平家は当時のことをよく知っていたと思い出す。
未来自身はその時別の場所で戦闘していたがためにその場に居合わせることが出来ず、ようやく事の次第を聞いたときにはもう全てが終わって寧々音は何も知らない普通の少女になっていた。
まさにその場にいて寧々音に庇われた刻はあのときからずっと探していた、”彼女を殺した人間”を。

「言え!あの人を殺したあの”瘢痕の男”は誰だ!?」
「瘢痕……?」

ちょっと待て、瘢痕なんて大事なワード聞いていない。
それにその言葉が指し示す人物は一人しか知らない、当時敵対していたから捜シ者の勢力の人間は大抵把握している。
刻はその瘢痕の男を探し求めている、これは言うべきなのだろうかと思っていたところで不意に平家が人差し指を自らの口の前に置いた。

「言わずとも、彼は自らの手でそのうちに見つけ出すでしょう」
「ちょっと、それはどういう」
「この戦いの決着はつきました、我々は先に進みましょう」

そう言うが否や本当に戦闘中の刻に目もくれず階段へと向かってしまった平家。
相変わらずの刻の扱いに少しだけ同情の視線を刻に向けながらも、決着云々については同意なので仕方なくついていくことにする。
刻が水銀を持ち出し、仙堂がその危機感に全く気付いていない時点で刻の勝利はもう決定したようなものだった。
こうして話をしている間にも空気中に微量に含ませたほんの僅かな水銀がいくつも仙堂の体内に入り、最後に刻が異能を行使するだけでその水銀が体内から身体を突き破って外へ出る。
序盤優勢だった仙堂の慢心が招いた故の敗北と言える。
勝ったあとに置いてかれておそらく薄情者だとか叫ぶんだろうな、とその光景が目に浮かびながらも先へ進んでいった。







未だ交戦中だと思っていて刻が心配だから戻るという桜をかなり強引な手法で(包帯で身体を拘束して)戻らないようにする平家は実に生き生きとしていた。
縛り方も妙に変態臭いがいつものことなのでハァと溜息をついたところで笑顔の平家に「おや、未来さんもやりますか?」と言い出したので丁重にお断りしておいた。
話題はエデンのエージェントに拘束され連れて行かれたリリィのことに及び、彼女が罪を悔い改め被害者から毒を抜けば多少は罪状も軽くなるかもしれないが果たしてどうでしょうね、という平家に清々しい表情で桜は言い切った、リリィはきっと毒を抜いてくれると。

「全く、どう育ったらそう性善説至上主義で物事が考えられるんだろうね」
「……さあ、俺には理解できませんから」

平家から避難するように大神の方へといって問いかければ、そっけなく返された。
そりゃ性悪説の下で生きているようなコードブレイカーに理解しろなんて無理な話だ。
間もなく四階と書かれたドアの前に到着したところで、桜の携帯が着信を告げた。
電話の相手はあおば達クラスメートで先程から桜の発言内容に「大神の家に寄った」だの「シャワーを借りた」だのあるが確実にあらぬ誤解を受けていないだろうか。
いや、実際大神と桜はクラスでも公認のカップルという扱い(桜だけ分かっていない)だしお年頃だし悪いというわけではないが……同じく桜の発言と微妙に聞こえてくるクラスメート達の反応に流石にこれ以上は桜に任せられないと気づいた大神が桜から携帯を受け取った。

「バカ、それだと寧ろ油に火を注ぐことになるんじゃ……」

遅かった、桜の携帯に大神が出てしまったことにより桜が大神の家にお泊りの図式が完成し、電話口から色々な叫び声が聞こえてくる。
まったくどう収集つけるつもりなんだと呆れつつも、状況を全く理解していない桜とラバーズクオリティだのなんだの意味不明なことをのたまっている平家とともに一足先にドアを開く。

「………!!」

その先にいたのは、捜シ者らしき男だった。





END