エージェントからの報告から暫くして、件の研究所の前には大神・刻・未来の姿があった。
当然のようについてくると言い張った桜を、ファミレスのスプリンクラーを浴びて風邪ひくと悪いからとか何とか言って大神宅のバスルームに押し込むと、面倒なので寝ている遊騎も置いて出てきた。
桜がいると色々と任務が円滑に進まない、況してや今回は一刻を争う事態であるのだ。

「石鹸スポンジバスタオル……お前が普段使ってるコ汚ねえモンで桜チャンが全身をあちこち……」

大神宅のバスルームを桜が使用したことに腹立たしいのかぶつぶつと刻は文句を言う。

「寧ろ大神の場合、食生活がアレだからまともに風呂入ってないんじゃないの?バスルームはピッカピカで」
「うわきったネー臭いとかしたら嫌だから寄らないでくれナイ?」
「……風呂はちゃんと毎日入っています」

勝手なこと言わないでください、と大神は大きく溜息をついた。

「研究員及び潜入したSAT共に生存は絶望視されている」
「日本の警察も無能だねえ」
「まあ相手が異能者だっていうんなら仕方ねーんじゃネーの?」
「といっても数人で残りは雑魚でしょ?」

やっぱ駄目じゃんと言えば、そうだナと刻。
目の前に固くそびえ立つ金属製の扉に手を翳すとニヤリと笑った。

「こーゆー時オレの異能の有り難みがわかるダロ。未来だって気は生命とかにしか通じねーんだし」

開かれたドアを眺めながら気を使えば別に生命じゃなくても、無機物もどうにかならないってわけではないんだけどなと思ったが言わないでおいた。
完全に扉が開いてしまったその先は地獄もとい、戦場だからだ。
何十人もの人間が銃を構えて、その銃口は堂々と表口から入ってきた侵入者三人に向けられていた。
普通の神経をしている人間ならこの時点で即刻回れ右か、恐怖のあまり動けなくなるかのどちらかだが生憎普通の人間でもない。
発射されてきた銃弾を各々避けたり防いだりして応戦する。
未来も即座に懐にある銃を取り出し撃って銃弾の軌道を変えてそれを避ける。
しかし接近戦が得意だが逆に遠距離が苦手な大神は多少苦戦しつつどうにか青い炎で防ぐと、銃弾が届かない物陰に滑り込んだ。

「アレ、もう降参?」

舌打ちしつつ滑り込んできた大神に対して刻は余裕の表情。
そしてロスト中のお前は黙って隠れていろという大神の言葉を最後まで聞かず、銃を取り出すと立ち上がり物陰から姿を現した。

「まーこういう物量で押してくる雑魚は逆に異能で対抗しない方がいいかもね」
「オレ右の方やるから、未来左やってヨ」
「ハイハイ了解」

そう言うや否や銃を連射し始める、ただ撃っているだけではなくその弾全てが確実に敵を仕留めていく。
人数が多く面倒だと思えばその上にある鉄骨を落とし、けたたましい音が響いた。
やれやれ、派手にやっちゃって後始末が面倒になりそうだと思いつつコンクリートの裏に隠れた敵の方へと視線を向けた。

「コードブレイカーだか何だか知らねえが、こうして隠れちまえば撃たれるわけ……!?」

男がそう呟いた瞬間、その胸を銃弾が貫いた。
何故どうしてと思いながら首を捻り振り向けば、壁には銃弾が当たったかのような痕跡。
まさかここに跳弾させたというのか、そんなこと出来るわけ……。

「残念ながら出来ちゃうんだよねこれが」

既に事切れた男からかなり離れたところで、まあ聞いてはいないだろうけどと未来は呟いた。
いつの間にか戦いは終結していたようで、静かになり周りは青い炎が燃え広がっていた。
雨のように降っていた鉛の雨が収まりつつあるのを見て、大神が加わっていたようだ。

「お二人が囮になってくれたおかげで敵の隙がつけましたよ」

しかし未来はともかく刻に銃という特技があるのは初めて知ったようだ。
いつの間にかつけていた眼帯を取り外しながら刻はなんてことないように答えた。

「オレの視力、左だけ突出してっから本気で遠くの獲物を仕留めたい時は右目隠した方がイイってワケ」
「まーそれは刻くんに銃を教えてあげた私が助言してあげたんだよね」
「うっせー跳弾なんて地味なことしてるよりかっこいいんだよ惚れていいぞ」
「あーハイハイトキクンチョーカッコイイ」
「棒読みにもほどがあるダロ!」
「……刻君、いつもふざけてばかりだが心根は真っ直ぐで真剣なのだな」

突然割り込んできた第三者の声に三人揃ってバッと振り向いた。
そこには大神宅に置いてきたはずの桜がいた、しかも遊騎に担がれて。

「お前らなんでいるんだヨ!?」
「予想はしてたけど……」

こっちが安全のために置いてきたというのになんで来るんだよ……と頭が痛くなった。

「無論捜シ者を倒し、皆を守るためだ!」
「貴女が来なくても結構ですから」
「む、皆で力を合わす……それが戦いというものだ」
「………ハァ」

大神もいい加減にしてくれよとばかりに大きな溜息をついた、その時。

「―――!」

建物の上に影が見え、すかさず大神が捜シ者……!と歯を噛み締めて睨み上げた。
一緒にいる雪比奈の前に立つ不敵に笑う男。
月の光を浴びて手の甲に怪しく特殊な痣が煌めいた。
暫く睨み合いが続いたあと側にいた雪比奈が口を開く、捜シ者の元へ戻ってこいと。

「コードブレイカーに成り下がり悪を裁くことで正義にでもなったつもりか?……無理な話だ。人は変われぬよ大神」

対して大神の答えは明快だった。

「だからといってオレの死に場所はもうお前らの元じゃない」




「私達は捜シ者のいる最上階へ向かいましょう」

走り去ってしまった遊騎を見送りながら、相変わらず平家はティーカップ片手にマイペースだった。
捜シ者一味の一人が刻の撃った銃弾を撃ち返した(厳密には受け止めて返してきた)のを防ぐようにまさに登場タイミングを図っていたかのように颯爽現れた平家。
結局捜シ者達は中に入っていき、追いかけようと中に踏み込む。

「嫌いだってさ、エデンも平家も」

フラれちゃったねえ、と隣に立つ平家に嫌みったらしく言ってやればやれやれと持っていたハンカチで紅茶を拭った。

「ノープロブレムですよ、遊騎君は反抗期なだけですから」
「そりゃ随分な自信ですこと」
「貴女も私も、遊騎君も刻君も大神君も皆一緒です。エデンを捨てようなどとは思わない」
「さあどうだろうね」
「少なくとも生きる意味をエデンによって得た貴女はそうでしょう?」
「……さっさと行くわよ」

真っ暗な建物の中を歩いていく、途中階段の手すりに頭をぶつけた刻は患部を手で押さえながら非常灯まで消しやがってと恨み言だ。
そんな刻に対して他の面子は特に苦労していないようだ、大神は日頃の訓練の賜物か異常なほど夜目が利いているし、未来は元より視覚に頼らずとも敏感なので特に問題はない。

「刻君、心配はいりませんよ。光がないのなら発するまでです」
「……何してんだか」

ボケてんのだろうか、突っ込んでほしいのだろうか(現に刻は盛大に突っ込んでいた)と思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
光に反応して一斉にガラスが割れて武器を携えた敵が何人も中に入ってきた。
普通だったら無駄な体力の消耗を避けるためにエンカウントを避けるべきだが、平家はわざと誘き寄せたようだ。
飛んで火に入る夏の悪、だか何だか言って片っ端から敵を仕留めていく。
全く面倒なと思いつつも呼び寄せてしまったのは仕方ない、武器を取り出して片していく。
ふと言い争うようなこえが聞こえてきてそちらに目を向けると、命を狙ってくる刺客もものともせず桜と大神が言い争っていた。
刺客の一人が頭上から刃渡り二十センチ以上もあるナイフを降り下ろそうとする、危ないと未来も大神も思ったがなんとまあ桜は故意か偶然か振り向きざまに裏拳を刺客に食らわせノックアウト。
……本当にただの女子高生なのか、珍種ではあるが。

「む、あっちから音が聞こえてくるのだ」
「あーもう、本当に敵の巣窟ってわかってんのあの子」
「桜小路さんのあれにはもう慣れましたよ」

突然走り出してしまった桜を追いかける。
そこでは先にどこかへ行った遊騎が昼間彼等を襲ったリリィと戦いを繰り広げていた。
しかし実力の差というべきか勝敗は遊騎の勝利に決する。
案外あっさりと自分の負け、そして否を認めたリリィに大神は眉をひそめた。

「あの女があんなに殊勝な態度を取るとは思えませんね」
「確かに、やたらあっさりしてるわね」

大神の予感通りと言うべきか降参と見せかけてリリィは近くにあったレバーを引き、彼女に襲われた研究員達は落下していく。

「そういや平家は?」
「人命救助」

先程まで近くにいた平家の姿が見えないと思えば、さっき中に入ってったゾと刻が遊騎達の戦ってる方を指差した。
流石悪を挫き罪なき一般人を助けることをモットーにしているコードブレイカーの彼亡き今では筆頭と言っても過言ではない平家。
しかしその平家の動きに気づいていない桜は激昂してリリィに殴りかかろうとした。

「……桜があんなにキレてるの初めて見たかも」

大神もそれなりに驚いているようで桜を凝視していた。
だが桜の拳がリリィに当たる前に別の、低く地を這うような声が響く。

「この、悪が……」
「……!」
「ありゃかなりやべーな」

遊騎の手がリリィの喉を捕らえてその小さな身体のどこから出ているかわからない力で、彼女の身体を軽々と掴み上げる。
腕は血管が浮き上がり全身は赤くなる、そこに普段の遊騎の気配は感じられない。

「遊、騎……」

固唾を飲んで見守る中、緊張感が極限まで高められた瞬間遊騎の姿が変化した―――猫になった。

「ロストですね」
「ロストダナ」

大神と刻の声が見事にかぶった。
と同時にもう完全に戦いは終わったと結論づけて中へと入っていく。
刻の言った通り先に向かっていた平家はこっそりと、かつ大胆に研究員達を助けていた。
コードブレイカーのいるところで罪なき人は殺めさせませんとか何とか言って。
……まあ、被害はないに越したことはないが。

「どうやらこの部屋にはないようですね」
「……大神!」

大神の姿を見つけた猫姿の遊騎は身軽に飛びつき肩に乗る。
……可愛いなあと思ったが、口には出さないでおく。
しかしこの建物に踏み込んだときから思っていたが、目当てのものらしき気配は感じられない。
本当にそれによるテロ行為が目的なのか。
それは大神も同じことを感じていたようだ。

「何故捜シ者はここを占拠し居座っているんでしょう?ここはもしかしたら―――」

その先は続かなかった。
突如上から金属の重機やら梯子やら瓦礫やら、とにかく質量のあるものが大量に落ちてきたのだ。
逃げるには間に合わない。
自分の異能を使うべきかと思ったが、自分よりも適任がいることを思い出し、そして間もなくその人物がロストから復活の頃合いだと何もせず見守ることにした。
予想通りというべきか、瓦礫は落ちず途中でピタリと止まる。


「正義のヒーローは、ここ一番のピンチで活躍しないとネ」

今日はずっと子供の姿だっ時が元に戻ったことに桜の表情がパアと明るくなった。

「刻君!」
「でもちょうど良かったヨ。そこの奴にはちょっとした因縁があってネ……ソイツは俺が倒す」

新たな戦いの鐘が鳴った。




END