同時刻、爆発を青い炎で防いだ大神はまんまと逃走した捜シ者の一味と思われる女、リリィを追い詰めていた。
しかしリリィの異能「分泌」により形勢逆転、力が入らず倒れ込む大神を路地裏に連れ込む。
そこへ現れた男の姿に大神は瞠目した。

「お前、雪比奈か?」
「……無様な姿だ。久しいな、今は大神だったか。お前も神楽坂も相変わらずだ」

雪比奈の口から出た名前に顔を一層しかめる。
自分の前に現れる前に彼女に接触したのかもしれない。
雪比奈の登場によってリリィはご機嫌斜めになった、多少なりともサディスティックな嗜好を持ち合わせるリリィにとって楽しみを途中で邪魔されたことに腹を立てているのだろう。
再開だとばかりに掴んでいた大神の左手に力を込め、そこに焼けるような熱さと強烈な痛みが襲う。
身体に力が入らない中、どうにかして青い炎でこの女を撃退しようと思っていると、一際大きな声と共に何者かがリリィの前から大神を庇うように立ちはだかった。

「大神は断じて殺させんぞ!」

未だに痛む左手を庇いながら見ると、そこにいたのは桜だった。
何をしにきた、邪魔だから帰れと言うがそれを一蹴にしたのは別の声だ。

「強がりもいいけど、それはもう少し自分が使い物になるときにしなさいよ」

桜の隣に立つように未来も現れる。
そして雪比奈を睨み付けた。

「やっぱり大神の前に現れたわね」
「血塗れの姿の方が似合っていたぞ」
「……そりゃどーも、残念だけどあれじゃ表歩けないもんでね」

若干話が噛み合っていないことに苛立ちつつ言葉を返す。
その後ろで尚も大神は桜に退けと言い続けた、貴女には関係無いし助けられる理由もないと。
対して桜は言い放った。

「理由など、どうでもいい!助けたいから助ける……それだけだ!」

この場面に遭遇して誰も彼女をヒロインとは思うまい。
重量のあるゴールデンにゃんまると刻を担いできたために桜よりも遅れてその場に到着した遊騎もその一人だった。
彼の脳内で以前に読んだにゃんまるの正義の物語の話での姿と、桜がピッタリ重なる。

「にゃんまるが……おった」

それから先の遊騎の行動は早かった。
今度は桜に襲いかかるリリィの魔の手を、桜と大神を抱えて一瞬にしてかわすというまさに神業で回避する。
同時に別方向へ回避した未来は本当に珍しいものだ、と感心する。
遊騎はマイペースで自由奔放な性格だが、意外と人一倍他人との壁が厚くまず人を助けるなんてしないしコードブレイカーの同僚も仲間だとか友達だなんて思っていないので当然助けない。
それが今日出会ったばかりの桜に感化されて彼女ばかりか大神まで助けたのだ。

「これも珍種の力ってやつなのかね……」
「黙って見てるだけでいいのかヨ、特にあっちの男完全放置してんゾ」

被害が自分に及ばないように少し離れた場所から見ていた刻がこちらへ寄ってきた。

「ああ、あの男……雪比奈は多分今は私達に攻撃する意思はないわね。リリィって女を回収しにきたんじゃないの?」

本気でこちらを攻撃する気ならとっくの昔にここは冷凍庫と化していただろう、彼の性格上やる気なら待つなんてことはない、最初からそのつもりはないのだ。

「へー、あの男のコト知ってんじゃん」
「昔戦ったことがあるのよ、直接は私じゃないけどね」

予想通り雪比奈は遊騎の異能「音」によって追い込まれ始めていたリリィの首裏を手刀で殴ると、意識を混濁させた。
気絶したリリィを抱えあげて時間がないから失礼すると言い、立ち去ろうとする雪比奈の背中に大神が問うた。

「捜シ者はどこだ!あいつは何をしようとしている!?」

それに対して雪比奈は大神を一瞥すると再び歩き出した。
次会えば必ず俺がお前を殺す、という言葉を投げかけて。







コードブレイカーというのは、存在が隠されている割には簡単に住居が割れてしまっている。
以前異能狩り云々のときに居住していたマンションを襲撃された未来が言うのだから間違いない。
ちなみに現在は別のマンションに引っ越して普通に暮らしている。
だから同じコードブレイカーたる刻がたとえロストしていたとしても、身体は子供頭脳は大人な某少年探偵と同じなのだから簡単に対侵入者用トラップにかかってしまうのはどうかと思う。
桜小路家始末屋襲撃事件以来、二回目となる大神の住まいと散々トラップに引っかかり足を縛られて逆さ釣りにされた刻を見て溜息をついた。
……しかし、少し趣味が入っているんじゃないかと思うほどの厳重さだが。
そもそも何故揃いも揃って大神の家に押しかけたかというと、桜が大神は捜シ者達に狙われているから一人にしておけない!と言い張ったからだ。
とは言うものの少なからずこれに乗じて大神の自宅拝見したかったという下心があったのは間違いないだろう。
まだ土足は海外では普通だったりするからいいとして、夜目が利くように電気がつかないようにしたり隙間からの偵察防止に窓に目貼りするのはこれ如何に(目貼りについては最初寒さ対策かと思った、しかし現在季節は初夏である)
普段驚くことの少ない桜もびっくり仰天という表情だ。

「まあ、もっと酷いのは食事よね」
「黒焦げの物体食わせようとした人が何言ってるんですか」

大量の缶詰をさあどうぞ好きに食べてくださいとばかりに持ってきた大神に言ってやれば、あの時は貴女に命を狙われてるのかと思いましたよと皮肉混じりに返される。

「り、料理は苦手なのよ!」
「それ威張って言うことじゃなくネ?……黒焦げってマジで未来の料理食う機会なくて良かった」
「ほうそんなに私の手料理を食したいか」
「いやいや勘弁!」

子供の姿のせいか一段と小生意気に見える刻を小突いていると、並べられた缶詰を前に桜がワナワナと震えだした。
どうかしたのか、と窺うと突然勢いよく立ち上がり腕捲りをする。

「よい!食事は私が作ろう!」
「ええ!?それはそれでヤバいデショ!」

台所ぶっ壊すだのガス爆発だの言い出す刻は一体桜のことを何だと思っているのか。
珍種という特殊な体質を持ち、武道に秀でてはいるが未来よりは生活環境的に余程普通の女子高生と言える。
第一忘れてはいけないのが、彼女の母親はあれだけの桜小路家の食事を一人で担っている若妻通称ユキちゃんなのだ。
暫くして勿論台所に一切の破損をせず、美味しそうな肉じゃがを運んできた。
取り敢えず肉じゃがだけは作れるようになっとけと教育するあたり、あの人らしい。
見た目完璧な肉じゃがを持って来ても尚、刻は桜=体育会系のイメージが払拭出来ないのか大事なのは見た目より味!と疑わしげにそれを口に運ぶ。
同様に出されたそれを遊騎も食べた。

「うま……」

思わず口から出てしまった言葉だがそれも納得する程の美味しさだ。
遊騎もお気に召したようでおかわりー!と言ったのに出してきた量には、刻と揃って給食か!と突っ込んだが。
しかし桜の顔はどこか浮かない。
というのも、大神も二人と同様に美味しいとは誉めるもののその表情が嘘臭いというのだ(だが桜の指す嘘をついている時とそうでない時の顔の違いはイマイチわからない)

「美味いとか不味いとか、どうでもいいじゃないですか。食事なんて要はエネルギー摂取、腹が満たされればいいんですよ……黒焦げはガンになりたくないんで勘弁してほしいですが」
「まだ言うか!」

最後は茶化したように付け加えた大神だったが、やはり桜の表情は一向に浮かない、あれは色々考え込んでる顔だ。
その時桜の目に一枚の写真が目に入った。
ナイフで壁に突き立てられたそれに興味が沸いてきて、手を伸ばす。

「お、大神……?」

寸前のところで掴まれた腕、大神の纏う空気にたじろいだ桜だったが緊張感はあっさり写真を手中に収めた遊騎の声によって遮られた。

「この大神、ちっちゃいなあ」

その声にすぐさま桜が飛びつき、未来も横から覗き見る。
確かに写真に写る大神は小学生くらいだろうかかなり幼く、今より生意気さもなくてはるかに可愛げがありそうだ。
と、その写真の大神の隣にいる人物の手の甲にある入れ墨、そして手の癖に目を見開いた。
この人物はまさか……と思っていたことを遊騎はあっさりと口にする。

「大神は捜シ者に育てられたんやったなあ。この部屋見ればわかるわ、よう訓練されとるし」
「……え?」

一瞬桜は何を言っているのかわからないという表情になった。
ああだからこの過剰ともいえるセキュリティ(ただしアナログ)なのか、散々敵に追われ戦いの世界で生きる捜シ者に教育を受けたのならそれも納得がいく。

「だから何です?」

もうこの際面倒だと大神は開き直った、開き直った上で捜シ者を殺すと宣言した大神にそれまで割と成り行きを見守っていた刻が横やりを入れるように「それはどーかネ?」と口を開いた。
刻としては先程、捜シ者の部下たる雪比奈が大神に手を出さず見逃したところが引っかかるらしい。

「寧ろ、お前は捜シ者がエデンに送り込んだスパイだったりして」

……完全に不穏な空気になってきたな。
元々お世辞にも大神と刻の関係はよろしくない、最近は桜のおかげもあってかマシになっていたのが意外なくらいだ。

「大神、捜シ者に育てられたならわかるはずでしょう。捜シ者はそう簡単にやられてくれる相手じゃない」
「無理や、大神一人じゃ倒せへん」

前に彼と一戦すら交えたからわかる、あんなに強く圧倒的な人間に会ったことはない。
何人ものコードナンバーが犠牲になり、やっとの思いで追い詰めたがすんでのところで逃げられた苦い思い出だ。
遊騎がそこら辺きちんと把握していることは正直意外だと思えば、大神の方を見ていた遊騎がクルリと振り返りこちらをじっと見た。

「そうやろ、実際捜シ者と戦ったことのある未来」
「そうなのか!?」
「へえ、それは初耳なんだケド」
「……別に隠していたわけじゃないわよ、言う機会がなかっただけ」

いつの間に情報を仕入れていたのか、未来がコードブレイカーの七番ではなく所謂ゼロ番であることも当然のように知っていた遊騎に少し驚かされた。

「遊騎の言っていることは最もよ、捜シ者と同等に渡り合うことすら命懸け。はっきり言うけど今の大神の実力じゃあ、真面目に相手すらしてもらえないでしょうね」
「そ、そんな……」
「……っ」

大神が悔しげに唇を噛んだ。
前に人見と戦っているとき一瞬見せた力を出せれば渡り合うことが出来るかもしれないが、本人も覚えていない上にエデン上層部……藤原総理が危険だと言った。
使うことは厳しいだろう。
静寂が室内を襲ったところに、不意に一際大きな着信音が響いた。
エージェントの神田からの連絡で、少し大神の顔色が変わる。

「何かあったのか?」
「ウランやプルトニウムなどの放射性物質を保有する研究所が、正体不明の集団に占拠された」
「……!」

それが、戦いの始まりだった。





END