「まったく、人が復活するなりすぐに仕事入れやがって」

季節は初夏。
悪態をつきつつそういや今日から制服も衣替えだったなとハンガーにかかっている半袖のワイシャツを、ベッドに寝転がりながら思った。

「しかも完全に遅刻の時間だし」

枕元に置いていた携帯で現在時を確認すると、遅刻なんていうレベルではなくもう昼休みになろうかという時間である。
仕方ないじゃないか、昨夜は明け方まで仕事があって帰ってベッドに倒れ込んだ時には既に空が若干明るくなりかけていたのだから。
先日ロストして以降異能は一切使っていないが(使うまでもない)、こうも時間無視で立て続けに仕事をさせられればいくら体力がある方だと自負しているが辛いものがある。
コードブレイカーも労働組合発足してストライキしていいかな……無理か。
このまま学校休んで寝ていようかとも考えたが、そんなことをすれば平家辺りに小言を言われそうなので仕方なくベッドから起き上がり制服に袖を通した。

「こんな時間に重役出勤とはいけませんね、お仕置きしましょうか」
「……慎んで遠慮させてもらいます、っていうか平家貴方よく明け方までゴミ掃除してて普通に学校来れるわね」

昼休みの教室に向かおうとすると、途中の廊下で平然とティーセットを広げている平家と遭遇し回れ右しようと思ったが時既に遅し。
声をかけられてしまったのを無視するわけにもいかないので、仕方なく返事をする。

「だいたい、平家が授業を受けてるの想像出来ないんだけど。授業出てるの?」
「それはトップシークレットです」
「そんなんトップシークレットにしてどうすんのよ」

期待は全くしていなかったが、ある意味予想通りの答えでハァと溜息をついた。

「……西園寺と高峰のその後の消息は?」
「残念ながらパッタリと消えてしまっています、現在エージェントが目下捜索中です」
「暫くは期待出来なさそうね」

第一この前あの島に潜伏していたと消息が掴めたのは、完全に誘き寄せられていたのだ。
そう簡単に尻尾を出すとは思えない。
先程廊下ですれ違ったときにすごく疲れた顔をしていた神田に、心の中でお疲れ様と言っておいた。
彼女はこの前の人見の件もあったから結構心労や疲労が溜まっているのかもしれない。

「ああそれから、授業に出席するためにわざわざ登校していただいてアレですが、残念ながら至急仕事が入ったので早退していただきます」
「……まだ登校扱いにもなってないわよ、っていうかどんだけ働かせるんだ」
「わけがありまして大神君には仕事を回していませんので」
「あーはいはい、生真面目でたくさん仕事してた大神の分もやれってことね」

これが今回の掃除対象ですと言われ、差し出された封筒の中には所謂覚醒剤等の運び屋組織について書かれていた。
最近の運び屋は手口がより巧妙かつ卑劣なものになってきていて、この組織では何も知らない一般人を騙し運ばせて、もし発覚しても捜査の手が自分達には迫ってこないようにするという。
しかし一つの組織丸々潰すとなるとかなり骨の折れる仕事だ。

「しかし未来さん」
「何?」

平家がパタンと本を閉じて急に真剣にこちらを見てきたので、任務よりも重大なことがあるのだろうかと首を傾げたが、直後平家の口から飛び出した言葉に盛大に脱力することになった。

「折角の夏服だというのに透けて見える半袖ワイシャツの下に黒のタンクトップを着るなんて、世の男性特に男子高校生の夢をぶち壊す趣味でもあるんですか」
「生憎、体育会系なもんで」

汗かいてワイシャツが濡れるのが嫌なんだよ、と言えば明日からはそれを脱ぐことをお勧めしますよと言われたが無視しておいた。
第一こんな場所で悠然と官能小説開いてるなんて逸脱した奴に男子高校生の心情なんて理解出来るか。
これ以上は有益な会話は繰り広げられないと判断すると、一応ご馳走様と一声かけて立ち上がりその場を後にする。

「それから最後になりますが、捜シ者と彼に協力する者達が動き始めたという情報があります」
「!捜シ者が……」
「近々顔を合わせることになる可能性はあります。警戒はしておいてください」





「……ホント、次から次へと厄介な」

廊下の曲がり角を曲がった瞬間、右手の人差し指で硬いトリガーを続けざまに引く。
そこから放たれた鉛が黒いスーツを身にまとった図体のでかい男達――雇われた護衛かなにかだろう、の胸部を撃ち抜き男達は反撃の余地すら与えられず地に平伏していく。
更にその後ろから新たに同じく銃を持った男達がやって来るのを見て、あれ全員やったら確実に弾切れるなと左手を腰に忍ばせて数本ナイフを手に取る。
格の違いがわからないのか、こんな小娘一人相手に数でごり押せば何とかなると思っている奴等を胸中嘲笑いながらトリガーを引いた。
数発撃ったところで予想通り弾が無くなり、相手もそれを待っていたのか一斉に銃口を向ける。

「―――だからアンタ達は甘いって言ってるんだよ」

しかし最前列にいた男達の銃から弾丸が発射されることはなく、後ろにいた仲間が怪訝に思えばその瞬間最前列の男達は揃って倒れた。
鋭利なナイフが心臓やら頸動脈やらを抉り、既に息はない。
壁やら天井に赤い飛沫が飛んだ。
ひっ、とひきつった悲鳴を上げたがそこは一応プロなのかすぐに冷静さを取り戻し、この惨状を生み出した学生服の少女へと銃口を向ける。
が、既に遅かった。

「遅い」

バンバンッと数発銃声が鳴り響き、男は自分が撃たれたのだとわかる。
――何なんだこの女は、いくらなんでも弾のリロードが早すぎる。
しかしそれ以上考える余裕はなく、まもなく男の意識はブラックアウトした。

「とりあえず、片付いたか」

それなりに距離はとったのだが、鼻につく鉄の臭いと飛び散って真っ白なワイシャツに付着した赤に顔をしかめた。
今日おろしたばかりの夏服だったのに勿体無い、着替えてくれば良かったと思うが一旦家に帰ればその間に潜伏場所がばれたとわかった掃除対象が逃走するかもしれないとエージェントに言われ仕方なく直行したのだ。
適当な廃ビルに籠って無駄に護衛を雇ったはいいが、こんな細い廊下で迎え撃つなんて素人だって不利だと気づくだろ、普通。
基本多勢に無勢という言葉があるが、細い通路ではその原則はひっくり返される。
まあ、たとえ囲まれても負ける気はしないが。
つかつかと進み、扉の前に立つ。
この先にいるのは旅行代理店という仮面をかぶった、何も知らない一般人を騙して違法薬物を運ばせ万一発覚した場合はスケープゴートにするという売人。
コードブレイカーに裁かれるには十分だ。
勢い良くドアを蹴破ると、中では組織のメンバーらしき数名が銃口をこちらに向け、リーダーらしき男が顔をひきつらせて見ている。
廊下の方が静かになり、誰も報告に来なかったことから全滅したことを覚ったようだ、さしずめ逃げる算段でもしていたところか。

「まさか、こんな小娘一人に全員やられるとはな……コードブレイカーってのはそんなにすごいのか」
「私なんて他のコードブレイカーに比べると手緩い方よ?」

正確には"異能を使わない"自分は他の面子よりも人間らしく裁いているのだが、わざわざそれを説明してやる義理もない。

「しかしこの状況でお前に勝ち目はない、逃げ道はいくらでもあるから逃げる方が賢明だろう」

確かに先程まででは細い通路での戦いだったため一度に精々三人しか相手にしないが、今は総勢六人しかも開けた部屋の中だ。
普通に突っ込めば蜂の巣になるくらいはわかっている。
だが逃げるなど、有り得ない。
正直六人程度に囲まれるなど大したことではない。

「逃げる?笑わせないでくれる、この屑共が」

嘲笑うように言ってやれば、小娘に馬鹿にされて堪忍袋が折れたのか激昂して一斉に引き金を引いた。
本当に馬鹿な連中だ、面倒だから挑発してさっさと終わらせようとしているのがわからないのか。
五方向から発射された弾丸をヒラリとかわすと右手に銃、左に二本ナイフを構え各々急所に放つ。
一瞬にして倒された様子に最後の一人となったリーダー格の男が腰を抜かし、真っ青な顔で見上げた。
他の面子は威勢が良かったというのに随分と小心者なようだ。

「な、何が望みだ!金ならやるから命だけは……!」

必死になって命乞いをする男に未来はニコリ、と笑いかけるとその眉間に銃口を突きつける。
少女の笑顔にホッとしたのも束の間、頭にあたる金属の感触にヒィ!と情けない声を上げる。

「アンタ達のおかげで何人の罪無き人が犯罪者として捕まり、裁かれたと思う?海外では薬物輸送が発覚すれば場合によっては死刑にもなる、それを知らないとは言わせないわよ」
「ご、ごめんなさい……許して」
「私に謝られても困るんだけど、地獄に落ちて罪を詫びることね」
「嫌だ、死にたくない!」
「―――目には目を、歯には歯を、悪には神の報復を」

そのフレーズと共に銃声が鳴り響き、至近距離から放たれた弾丸が頭部を貫通、男の身体は後方へ倒れ込み床に叩きつけられた。

「本当に、どうしようもない奴等ばかり」
「その通りだな」

任務完了だと銃を仕舞ったところで背後からの声に、バッと振り返る。
気配がしなかったことからかなりの手練れだとは思ったがそこにいたのは、フード服の色黒い青年だった。

「……雪比奈」
「また随分と派手にやったな、神楽坂未来。真っ赤に染まっている」

ワイシャツを指して言う言葉に眉をひそめる。

「余計なお世話よ。第一何故私がここにいると」
「偶然通りかかった」
「殴るわよ」
「冗談だ、この組織はそれなりに有名だからな。コードブレイカーが襲撃に来たと聞いて見にきただけだ」
「悪かったわね、大神じゃなくて」

どうやら本当に見にきただけらしく、何も仕掛けてくる様子のない雪比奈。
もし戦闘になったら早速異能無しでは厳しいなと思っていたので、拍子抜けになりながらもただ去るのを見送るわけにはいかない。
彼等とは深い遺恨があるのだから。

「貴方がここにいるってことは捜シ者が本格的に動き始めた、そう受け取っていいのね」
「構わない、今回は様子見だが次会ったときはおそらく命の奪い合いとなるだろう」

失礼する、と言って勝手に話しかけてきておいて去っていく雪比奈を追いかける。
下にいたエージェントは何してんだと思いつつ、階段を駆け降りていき外に出ると任務終了、後始末を任せると近くの女性エージェントに伝える。

「ちょっと、そのジャケット貸して!」
「はい?え、あ、ちょっと!」

彼女が着ていたジャケットを半ば強引に奪い取ると、初夏で多少暑いがワイシャツの上から羽織り雪比奈が消えた方へと駆け出す。
この方向は街の商店街がある方で、このまま血染めの姿で行けば間違いなく自分が通報される。
逃げ足が速いんだかどうだか、すぐに姿を見失ってしまい舌打ちをしたい気分になりながらファミレスの前を通りかかったその時。
ドーン!と激しい爆発音と共に突如ファミレスが爆発、炎上した。

「な……」

何が起こったのだと状況把握に努めようとしたところで、また別の方向から名前を呼ばれる。

「未来ではないか!」
「桜……?」

しかも何故か桜は遊騎に妊婦と、それから金色に煌めく大きなにゃんまると一緒に担がれていた。
どうやら爆発から回避して外に飛び出したらしい。
その隣にはロストして小さくなった刻の姿もあった。
桜と遊騎がいつの間に面識を持っていたかはこの際どうでもいい、爆発の状況を説明してもらわねば。
だがそこで空気の読めない刻(子供)の言葉が遮る。

「うわ、スッゲー血の匂い。バイトしたなら風呂くらい入ってこいヨ」

それを聞いて桜が「そうか、未来もバイトを……」と悲しそうな顔になり空気的に非常に気まずくなる。
ああもう今のこの惨状考えて話せよ!と刻を睨み付け、改めて桜に問いかけた。
気になっていたのだ、本来この場に、桜の側にいるはずの大神の存在が見当たらないことに。

「一体ここで何があったの?それに大神はどこに……」
「リリィ殿という捜シ者の仲間が大神を狙っているのだ!大神も爆発してからどこへ行ったのか……」
「捜シ者……!」

未来のところへ雪比奈が現れたように、大神の元へも現れた。
捜シ者に異常なくらい敏感に反応する大神がそれを放っておくはずない。
だが焦る桜に対して刻の反応は冷たかった。

「大神が誰に狙われてようと護んなきゃなんねー理由はねえヨ。同じコードブレイカーでも仕事でない限り互いに助け合う必要もないしネ」

命の重み云々、大神が狙われているのだぞ!と言う桜に対して暑苦しいと鬱陶しげな刻。
終いには一人で探すと言い出すが、大神がどこへ行ったのか見当もつかないことを指摘されいい澱む。
ここは私の異能、気を使えばすぐ見つかると言うべきなのか、だが先日ロストしたところをばっちり見られていてきっと桜はいい顔しないだろうと悩んでいると、不意に遊騎が桜の髪の毛を引っ張り引き留めると両手を耳に翳した。

「まっとって」

遊騎は大神捜索のために自ら異能を使っていた。
珍しいこともあるものだと目を丸くする。
桜の存在は少なからず皆に影響を与えているとは思うが、おそらく会って間もない遊騎がこんなに能動的に動くなんて。
そして間もなく遊騎はある方向を指差した。

「大神の居場所わかったわ、あっちやで」






END
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