「人見が、協力していた……?」
「ああ、彼のお陰で私の研究も飛躍的に進んだ。しかし彼がいなくなってしまった為に被験体がいなくなったからね」
「成る程、それで一連の異能狩りというわけですか」

合点がいったという風の平家の言葉に西園寺は「その通りだ、流石コード02」と笑った。

「研究は遂に最終段階に入った、だから君に協力してほしいのだよ」
「……断る」
「そうか残念だ、交渉は決裂ということだね。ならば君達コードブレイカーには早々に立ち退き願おうか」
「残念だけどそういうわけにはいかない、貴方達はエデンから勝手に重要な機密事項を持ち去った罪で裁かせてもらう」
「機密事項、ね。高みの見物を決め込んだ奴等ににそれを保有する権利はないと思うけど」

西園寺の前に立ちはだかるかのように高峰が睨み付ける。
そして先程繰り出したように電撃による攻撃を仕掛けてきた。
それを跳躍によって難なくかわすと背後で控える大神達に振り向かずに声を張り上げる。

「こいつは私が相手をするから、手を出さないで」
「何を言っているのだ未来!」
「桜小路さん、ここは未来に任せましょう」
「大神!」

咎めるような桜の声に大神は「これは彼女の戦いです」ときっぱり告げた。
基本的にコードブレイカーは一人の敵に対して複数人数で相手をすることはない、相手が複数いる場合は助太刀に入ることはあってもその逆はないのだ。
平家と刻も同意見のようで何も言わずに見ている。
未来は袖口から何本ものナイフを取り出すと手元を狂わせることもなく高峰へと投げる。
水流によりそれを押し流すと、間合いを詰めて電撃を帯びた掌を未来の頭部へ翳すが既にそこに未来の姿はなく、振り向いた時にはカチリと音がして高峰の頭には銃が突き付けられていた。

「改めて感心させられますね、異能相手に異能無しでここまで圧倒するとは」

平家が感慨深く言うのを桜はゴクリと唾を飲み込みながらその様子を見ているしかなかった。
これが未来の実力、今まで幾度も見てきているが改めてその凄さを思い知らされた。

「どうやら決着はついたみてーだナ」
「、待ってください」

呆気なかったケド、と言って動き出そうとした刻を大神が制す。
なんだよといぶかしげな顔をする刻に対して大神は異変を感じていた、銃口を向けられている高峰の表情が余裕であるのに対して、未来の目の焦点が合っていない。

「未来さん、目が見えていないようですね」
「め、目が見えていないってそれは一体……」
「平家の異能を相殺した闇でしょう、恐らく今彼女は暗闇の中にいる」
「そんな!」

桜が驚きと悲痛の入り雑じった声を上げた。
いくらなんでも視力を奪われては圧倒的に不利だ。

「手を抜いて俺の相手をしようとしたことを後悔するんだな」

止めだとばかりに硬直している未来へと電撃を食らわせようとする。

「未来!!」

だがその攻撃は未来に当たることはなかった。

「な、に……?」
「そうね、全力を尽くさないのは失礼だったわね」

確かに攻撃した筈なのに、全く避けた気配もないというのに受けた気配はない。
高峰の顔が驚愕につつまれた。
その正体にいち早く気づいた平家が口を開く。

「三人共、この機会に見ておくといいでしょう。これが彼女の異能―――気です」

その瞬間高峰が自分の首元を押さえた、苦しげな表情で睨み付ける。
対して未来は全くと言っていいほどの余裕の表情だった。

「恐らく彼の周りの空気を殆んど無くしたのでしょう、今高峰は意識を保つことすら苦しい状態の筈です」
「桜チャンの護衛に行ったとき、アイツの弟に使ったのと同じやつカ……」

だが高峰の方も黙ってやられるわけにはいかないとばかりに、風を操る異能にて気の力を振り切ると後退してぜえぜえと息を切らす。

「レイさんに聞いてはいたけど、ここまでとはね」
「それはどうも」
「気、というものは自然界に存在するほぼ全てのものを支配していると言っても過言ではありません」

大神の青い炎においても、刻の磁力も平家の光さえも凌駕し圧倒的な力を誇る気という能力。
刻は隣で平家が説明するのを聞きながら、内心アイツと戦うことにならなくて良かったと少し思った。
男のプライド的に絶対に口にださないが。
そうしている間にも未来有利に戦いは進んでいく、高峰は防戦一方だった。

「これが、未来の力……」

最初に彼女が自分を助けてくれたときからすごいと思っていたが、と桜は呟くように言った。

「ええ、そして桜小路さん、これだけの力を保有しながら何故未来さんはなるべく異能を使わずにいようとしているかわかりますか?」
「……?」
「……ロストだナ」
「その通りです」

分からず首を傾げた桜の代わりに刻が答える。

「彼女の異能は万能である代わりに非常にロストになりやすい、そして――――」

平家が言葉を続けようとしたその時、不意に未来の身体がぐらりと揺れて地面に膝をついた。
身体中から汗が噴き出していて息め絶え絶えになっている。

「まさかこんなに早くくるなんて、ね」

そして地面にパタリと伏してしまった。

「彼女のロストは私達のように日常生活に支障をきたすなんて生易しいものではない、生命活動に直結するものなんです」
「未来!」

まずい、高峰もだいぶ攻められて疲弊しているように見えるがこれでは形勢逆転だ。

「奴等を逃がすわけにはいかない、俺が代わりに戦いますから」

桜小路さんは未来を、と一方踏み出そうとする大神。

「だが、高峰殿は大神の異能に対して相性の悪い異能も使ってくるのだぞ!」
「それはここにいる未来以外が皆言えることです。未来が戦えなくなった今、誰かが戦うしかない」
「いや、それには及ばないさ」

高峰は地面に伏した未来に止めを刺そうともせず、西園寺の元へと駆け寄っていた。

「ここが私の本拠地だということを失念してもらっては困る、さてと目的は完全に達成出来なかったがいいデータがとれた。退散させてもらうよ」
「……それを俺達が許すと思うワケ?」
「いやいやお前等に交渉の余地なんてないって、勝手に逃げるから」

その瞬間、辺りが突如として真っ暗闇に囚われた。
一メートル先の視界すら見えない。
すぐに平家が自身の異能を発動させるが時既に遅し、そこに二人の姿はなかった。

「クソ、まだそんなに遠くには逃げてねーだろ!」
「いや、もう……この、近くには気配を、感じない……」
「未来、大丈夫か!?」

すぐさま桜が駆け寄り助け起こした。
まるで身体の力が入らないかのように手足がダランとしている。

「私のロストはね、身体の筋肉が、弛緩するの……正直呼吸ちょっとやばい」
「む、無理をするでない!」

桜の服を掴みなんとか起き上がろうとするのを押し留める。

「桜、悪いけど私のジャケットの内ポケットにピルケース入ってるの、取ってくれない?」
「こ、これか?」
「うん、ありがとう」

渡されたピルケースから錠剤を出すと、水も飲まずに飲み込む。
怪訝な顔をしている大神にちゃんとエデンのメディカル担当から受け取っているロストになったときに状態を和らげる薬だと顔色が悪いながらも笑う。
寧ろそちらの方が不安だと大神が呟くのが聞こえたが、聞かなかったことにした。
少しして段々呼吸が和らいでくる。

「おそらく逃げ道はしっかり準備していたのでしょう、もうこの島にはいない」
「ったく、どんだけ逃げ足はえーんだヨ」
「仕方ありません、今回の件は私が責任持ってエデンに報告いたしましょう」
「俺が折角高峰のヤロー捕まえたってのに、平家が取り逃がしたんだからナ。点数はお前が一番低いだろ」
「はいはい、さっさと帰るよ。エージェントが海岸の方で待ってくれてんだから」
「うえ、またこの森の中蜻蛉返りかよ」

刻が勘弁してくれとばかりに頭を押さえた。

「未来、今はまだ全然身体の調子が良くなっていないのだから私が海岸まで背負って行くのだ!」
「桜、男前ですごくありがたいんだけど……」
「いえ、ここは私が抱えていきましょう。普段はこの学生服の下に隠れているのですが、実はかなり鍛えている自信がありましてね」
「む、そうなのか平家先輩!」

流石先輩だと何故か目を輝かせる桜の前に跪き、おんぶでもするのかと思いきや横抱き、所謂姫抱きとかどんな罰ゲーム状態になったので未来の顔色が元から悪かったのが更に悪化する。
本当にやめてくれそんなのここにいるメンバーだけでなくエージェントにも見られた日には本気で死にたくなるから!と身体は力が入らないので、どうにか言葉で抵抗を示すが嬉々として歩き出す平家は聞く耳を持たなかった。
堪らず近くにいる刻に救いを求める視線を送るが、珍しいもの見たププッと完全に面白がっている顔になっているので刻絶対あとで締めると心の中で思いつつ今度は大神の方を向く。
最初は平家に逆らって絡まれる(お仕置きを受ける)ような面倒事には関わりたくないと知らぬ存ぜぬを通そうとしていた大神だったが、未来からの懇願の視線に仕方ないと盛大な溜息をつくと平家、と声をかける。

「帰りだからといって道なき道を通るのですから、手は開けておいた方がいいですよ」
「成る程、大神君の言葉も一理ありますね」

やっとマシな体勢になる、と喜んだ未来だったが、いずれにせよおんぶでも恥ずかしい、その上平家が得意の光の紐で落ちないようにだとか縛るのでやはり羞恥て死にたくなるのだった。
これじゃあ母親におぶられてる赤ん坊か、と。





「未来」
「何、大神」

帰りのエージェントが用意した船の中、相変わらずロストのままなので船内にあるベッドで横になっているとドアをノックする音がして、ドアから背を向けて寝ていたのを寝返りを打つとそこには見慣れた黒がいた。

「今後異能を使うのは控えてください」

突然訪ねてきて何を言い出すのかと思えば、嘗て別の男に言われたのと同じ台詞でついクスリと笑ってしまう。
笑い事じゃないと大神の顔が不機嫌になった。

「使わないよ、使う度こんな有り様じゃ本末転倒だもの」
「それは普通のゴミ掃除の時です。今日のような局面になったら使うんですか」
「使う」

即答した未来に大神は目を見開く。

「エデンから正式に命令は出てるの、コード:00に復帰及び戦闘においての異能の使用を推奨するって。まあ後半は強制じゃないから雑魚には使う必要ないけどね」
「……戦場で、何回も倒れられたら迷惑です」
「わかってるよ、余程のことがなければ使わない」
「俺が……」
「え?」
「俺が使わせませんから」

普段から意志は強い人だと思っていたが、強い視線で見詰められてなんだか居たたまれなくなり目を反らす。
それから暫くして部屋から出ていった大神は前を通りかかった刻に「エロ神君が病人襲ってる」とからかわれ、刻を追いかけて走り去っていった。
残された未来は思い切り布団を被った。
真っ直ぐな視線に一瞬ドキリとしてしまったことは気のせいだと頭から振り払うように。







「良かったんですか、神楽坂未来を手中に収められなくて」
「そう焦ることもないさ、今はね」

どこかの研究室、白衣を纏った女性と少年が会話をしていた。

「しかしあの様子ではコードエンドも時間の問題ですよ」
「ああわかっている、それに"彼"が水面下で動き出しているようだ」
「……!」

少年が目を見開いた。

「……あいつの目的は大神零ですが、戦いに巻き込まれることは十二分に有り得ますよ」
「わかっている、だから手は打ってあるさ」





END
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