「結局、うちに入ってきたのは誰だったのよ」
「いずれも最近行方が分からなくなっていた異能使いです、ちゃんと国に登録もされている。それにしても、異能相手にナイフオンリーで仕留めるとは流石ですね」
「取り繕ったお世話は結構。それに桜にも協力してもらったから」
「……彼女にですか?」
「大丈夫よ、珍種だとは気付いてない」

向こうでエージェントに保護されている桜をチラッと見て「そうですか」と相変わらずの調子で言う平家。

「それから、貴女達以外にも異能狩りが発生し残念なことに死者が出たそうです」

平家によるとターゲットとされた異能使いが毎日乗車するバスにプラスチック姓の爆弾が仕掛けてあり、他の乗客もろとも吹っ飛ばされたと。
関係のない人まで巻き込むのか。

「もはや異能狩りというよりも、無差別殺人ね」
「尚のこと事件の早期解決を望まれていますよ、上層部が」
「ハイハイわかってますよ」
「貴女の家に忍び込んだ二人ですが、いずれも催眠状態にあったそうです」
「催眠状態……?」
「つまり誰かに操られていたということですよ、二人共記憶がないそうです」

自分の意思ではなく誰かに使役されて私を襲ったということか、大して強くもない癖にコードブレイカーを襲撃するなんて暴挙に出た理由に納得した。
恐らく彼等は噛ませ犬か何かにされたのだ。

「催眠系の異能が使える人間は?」
「一人いましたが、先日異能狩りに遭って既に亡くなっています」
「首謀者にはなり得ない、か」

話も行き詰まってしまったためそれから襲撃の件が知らされた大神とも合流してエージェントが用意したホテルに泊まることになった。
桜小路家に連絡するのはあの両親が過度に心配する可能性があるということで控えてもらうことにする。
急遽手配されたものであるためかツインの部屋はなく、各々シングルの部屋に泊まる。
念のためまた襲ってくることが万に一つもあるかもしれないので、平家神楽坂桜小路大神という順番だ。
明日は休日なのだから少し長く寝ていたいが平家大神と小姑になり得るペアにお小言を頂戴しそうだと溜息をつきつつ、早めに布団に入ることにする。
着替えてから家のよりも手入れの行き届いたベッドに横になろうとすると、不意に枕元に置かれている電話が鳴った。
エデン関係やコードブレイカーだったら携帯にかけてくるだろうしフロントだろうかと不審に思いながらも受話器を取る。

「……はい?」
≪やぁ久しぶりだね、神楽坂未来≫
「!貴方……」

その声に聞き覚えがあり目を見開く。

≪私の送った玩具は気に入ったかな、まあ君なら一瞬で一捻りにしてしまっただろうけどね≫
「私の家を襲わせたのはアンタ?」
≪そうなるかな≫
「どういうこと、科学者であるアンタに異能はない筈」
≪それは努力の賜物というやつだよ……夜も遅い、近々またアクションを起こさせてもらうから今夜はゆっくり休むといい≫
「ちょっと待ちなさ……ったく、切られた」

無機質に聞こえるツーツーという音に舌打ちをしながら受話器を戻す。
何故ここの番号がわかったなどは問題ではない、あの女にかかれば私達が宿泊しているホテルの部屋など割り出すことは容易いだろう。
襲撃犯が自分であるとは認めた、つまりそれは彼女が異能狩りの首謀者であることを示している。
今回の件とそれは同一犯だと平家が結論付けたのだから間違いない。
だが一体何のために、何年も前に行方を眩ませたあの女が今になって動き出したのかわからなかった。





西園寺レイ、元エデンお抱えの異能力を専門とする科学者だ。
非常に優秀でロストのメカニズムを明確にした人物である。
数年前に研究資料と共に逃亡し目下エージェントによる大捜索がなされていたが行方は全く掴めなかったとのことだ。
それが今になって突然現れてこんな事件を引き起こしている。

「自分がやった、西園寺は確かにそう言ったのですね?」
「何度も言わせないで、言ったから」
「成る程、そうなれば全ての辻褄が合う」
「どういうこと?」

電話が切れた後、すぐに隣の部屋の平家に先程の件を伝えたところ平家は納得したように話し始めた。

「これまで被害に遭った、今日も含めると十一人の被害者は十人が亡くなっていますが一人だけ辛うじて生き残りがいたんです」

何でも自家用車を爆発されたが偶然にも扉を開いた瞬間で爆風により外に投げ出され九死に一生を得たとのこと。
打ち所が悪かったのか今まで意識不明の重体だったが、先程病院から意識が戻り容態が安定していると報告を受けたそうだ。

「だがその人は何故か異能が使えなくなっていた、というよりも"異能が無くなっていた"」
「異能が消滅したってこと?人間本体が死んでないのに異能だけ無くなるなんて聞いたことないんだけど」
「ええ勿論前例などない話ですが、実際にそれが起こったのです」
「それで、異能が無くなることと西園寺がどう関係してくるのよ」
「彼女が行方を眩ませる直前に研究していたのが、人間から異能を取り除いたり反対に入れる研究なんです」

つまり平家の推測ではこういうことだ。
西園寺レイはエデンから逃げ出した後も研究を続けていたが、どうしても立ちはだかる壁があった。
それは実験材料。
実際に異能を身体に宿している人間を使わなければ彼女の理論が証明されるかはわからない。
だから国に登録されている異能使いを襲い、異能を奪った後それがバレないように本人も抹殺した。
それが正しければ大したマッドサイエンティストだ。
エージェント達に報告するのでまた何かわかったら、と言い残して部屋を去る平家を見送りそういえば風邪ひいてたのどっか吹っ飛んだなぁと思いながら自室のベッドに飛び込んだのだった。




翌日、桜小路家に無事桜を送り届けた帰り道を大神と二人で歩いていた。
私に再三大丈夫かと聞いてきた桜だったが、自分自身も両親に心配をかけたくないのか昨夜の件は言うつもりはないらしい。
不意に大神が口を開く。

「昨夜、貴女のところに西園寺レイから電話があったそうですね」
「ええ、平家に聞いたんだ」

これは憶測ですが、と前置きをすると歩調は全く変えずに言葉を続ける。

「彼女は、未来貴女の異能を狙っているのかもしれません」
「……私の異能を奪いたいってこと?」
「俺は貴女の異能についてはよく知りませんし、悪を滅ぼすのにそれを使わなくても事足りるなら知らなくても問題ないと思います」
「あ、異能に関してはこの前藤原総理直々に解禁になったから」
「どういうことです?」

先日の人見の件の後、藤原総理に言われた旨を話すと心なしか大神の元々悪かった目付きが一層悪くなった気がする。

「貴女は異能のキャパシティが少ないからあまり使わない方がいいのではなかったんですか」

人見が言っていたことをしっかり覚えていたのか。

「それで死ぬのがコードブレイカーの本望ってやつじゃないの?」
「……人見の後でも追うつもりですか」
「私がそんな女に見えるんだったら大神、君はかなりの節穴ね」

不機嫌な声色になった大神に冗談染みた口調で返す。




「それに解禁といっても今までも異能無しで不自由なく任務は完遂してたから、余程の敵が出てきでもしない限り使わないよ」
「そう、ですね」
「まあでも西園寺が私の異能を狙っているなら好都合よ、捜す手間が省ける」
「……貴女がそう言うなら何も口出ししませんよ」
「そうそう、悪餓鬼大神君に他人の心配なんて似合わないって」

交差点に差し掛かったところで、私はこっちに行くからと真っ直ぐ進もうとした大神に手を振り右に曲がろうとすると何故か腕を掴まれた。

「どうしたの?」
「これから暫くどこに泊まるつもりなんですか」

大神の表情が意外と真剣なのに不審に思いながらも、説明してやることにする。

「ホテルも有りかなって思ったんだけど、また襲ってきたら他の客にも被害が出るかもしれないから知り合いの家に泊まるつもり」
「知り合い?」

大神が眉をひそめる。

「大丈夫大丈夫、こっち側の人間だから」
「エージェントか何かですか?」
「うーん、ちょっと違うかな。でも君の知ってる人もいるから」

知ってる人?と考え込む大神は放置してそれじゃあね、と歩き出す。
そんな未来の後ろ姿を見送りながら、大神は自分は何を言おうとしていたのだと頭が痛くなった。
――泊まるところが無いなら俺の家に来ますか、刻が聞いたら「とうとう本性を現したかエロ神め!」と言われそう(平家の場合は寧ろ有らぬ妄想を繰り広げそう)な行動に出かけた自分に激しく自己嫌悪したのだった。





同じ都会に立地しているのかと疑問に思うほどオンボロ、いや古風なアパートの前で立ち止まった。
表札には変わらず渋谷荘と書かれているものが若干横に曲がっていて、月日の経過をあまり感じさせない。
相変わらずは場所だなぁここはと思いながら渋谷荘の中に足を踏み入れた。

「いかにも久しぶりだね神楽坂くん。八王子君ももうそろそろ買い物から帰ってくるよ」
「相変わらず泪のご飯毎日食べられて羨ましいですねぇ、渋谷さん」
「いやいや八王子君シャイだからちょっとでも誉めると攻撃されちゃって、満足に感想も言えないんだよ」

遊騎お気に入りのキャラクター、にゃんまるの着ぐるみを身に纏いふざけた口調でいつもいる本名かはわからないが、渋谷は一応我等が学校の生徒会長である。
いつも生徒の前に姿を現さない上に言動も胡散臭いことこの上ないのだが。
ここ渋谷荘に暫くの住居を移すことに決めた理由は、ここなら襲われても被害があまり出ない(会長の小言ともう一人の住人に小突かれるが)というのと、久しぶりに会長相手に手合わせくらい出来るからだ。
元々コードブレイカーになりたての頃にここに泊まり込んで散々渋谷に体術や剣道を教わった。
異能の寿命が短いことに不安を感じていた自分には、異能を使わずに戦う術を確立出来たのはこの人のおかげとも言える。

「ああそれから君に言われた通りそのままにしておいた"壱号室"、開けておいたよ」
「どうも」

会長の言葉にごくりと唾を飲む、もう一つの目的を実行するために中に上がると壱号室と書かれたドアの前に立ち止まり、ドアノブに手をかけた。

「……予想通りというか、驚くくらい何もないな」

部屋に帰っても寝る以外の選択肢はなかったのだろう彼には。
この部屋に足を踏み入れた理由は一つ、何かエデンに関する情報がここから得られないかということだ。
先日の人見との戦いの後、藤原総理と平家の会話を聞いて確信した、私は何も知らなすぎると。
藤原総理の言うように人見が私に対して少し過保護だったせいもあるが、自分自身それで良しとしてきた。
だがここに来て、無知はいけないと思い焦りを感じ始めた。
私の知らない間に物事が勝手に進んでいて、気付いたら取り返しのつかないことになっていましたでは洒落にならない。
人見が行方を眩ました後も会長は中立の立場を守り、この部屋を厳重に封鎖してきたが彼がもうこの世の人間ではなくなった今、部屋を見たいという私の要望にも簡単に了承してくれたので拍子抜けだ。
殺風景な室内には最初からある本棚の中に数冊の本と、全く使われた形跡のない机や椅子、そしてベッドがある。
あまりにも調べることが無さすぎるので本棚にある本を適当に一冊手に取り、パラパラと開いてみる。
電気工学に関わるその本は、電気という異能を所持していた彼が自分の力を最大限に生かすために学んでいたものだろう。
ふと、あるページに挟まる一枚の紙に目を留めた。

「便箋……?」

何の変てつもない真っ白な紙に一定間隔で線や点が書かれていて、パッと見ると手作りで線の引かれた便箋に見える。
だがあの人見が他人に手紙を書く姿など想像出来ない。
よく見ると、不規則に書かれたと思っていた点や線もある一定の法則があることに気付いた。
モールス信号。
本来は光や音で敵に見つかることなく味方にメッセージを送るために考案された暗号の一種だが、こういうカモフラージュの方法もあるのか。
こういった暗号の類いの知識はそれなりに持ち合わせているため、即席で解読し読み上げていく。

「"神楽坂未来様"……これって!」

まさか見越していたのか、自分がいずれ死に、そして私がこの部屋を訪れることを。
かなり前からコードエンドの予兆があったと言っていたことを思い出して苦しくなる、あの人はやり方さえ間違っていなければ誰よりもコードブレイカーのことを考えていた。

「この文章を読んでいるということは残念ながら私はもうこの世にはいないということなのだろう……」

この前、私の電気が僅かだが言うことを聞かなくなった自分にも最期の時が迫っているのかもしれない。
今までコード:01として何人ものコードブレイカー達が命を落とすのを見てきたが、いざ自分の番が近づくと案外怖いものなんだと思うよ。
幻滅したとか言わないでおいてくれないかな……まあ前置きはこれくらいにして、エデンの秘密そして大神君や"桜小路桜"という人物について記そう。
私が死んだら君に正しい情報が伝わるように。
……とはいえ、あくまで私の主観で知り得ている情報だから必ずしも正しいとは限らないがね。

「……!これが書かれた時期まだ桜は大神と接触していない筈、彼女には珍種だという以外にも秘密が……?」

手紙を持つ手が微かだが震えるのが分かる。
小さく深呼吸してその先に書かれた内容を解読していく。
そこに書かれていたのは、驚くべき桜や大神、そしてエデンに関わる秘密の数々だった。




END
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