それは過ぎ去った過去の記憶。
幸せだったかと聞かれれば、正直微妙なところだ。
それでも確かに居場所と呼べた。

「人見はさ、どうしてコードブレイカーになろうと思ったのよ」

性格的にも向いてないよ、エースなんてという未来に一瞬キョトンとしたあと人見は笑った。

「失礼だなぁ、私ほどこれに向いてる男はいないと思うんだけど」

今にして思えば、あの時既に彼の中では一つの答えが出ていたのかもしれない。





「未来……!」
「大丈夫?縛り上げられて辛いでしょ、今助けるから」

桜にそう声をかけた後、再び険しい表情になる。

「一体どういう風の吹き回し?あれほど時間の拘束を嫌い、時計を持つことが無かった貴方が壁一面に時計を飾るなんて」
「……ちょっとした墓標代わりのつもりだよ、エデンに良いように利用されて死んだ彼等のね」
「感傷に浸るなんて、随分と年寄り臭い思考を持つようになったのね」
「確かに、歳をとったかもしれない……だからこそ、見えてくるものもあるんだよ!」
「……!」

突然の電撃による攻撃に、後ろへ飛び退き避ける。
そして自らも懐の銃を出し、安全装置を外して構える。

「そんな玩具で私の相手をしようと思ってるのかな。随分と舐められたものだね」
「異能を使うなと言ったのは貴方でしょう……!」
「人見先輩殿が未来に?」

以前連続放火事件の際に未来の異能らしいものを見た桜だったが、口止めされて結局分からずじまいだったことを思い出す。
何故執拗に隠したがるのか気になっていたが、人見と関係があるのだろうか。

「そうか、私の言葉を今だに守ってくれてるなんて意外と健気じゃないか」

自身のアジトに踏み込まれたというのに人見は余裕だった。
それに対して未来は冷静さに欠けていて、桜の見た限り物凄い精度を誇っていた銃弾も、僅かに逸れる。
人見の弾を避ける能力というよりも、彼女の隙をついてかわしているように見えた。

「冗談言わないで。あの時から私と貴方は敵同士、そんなことは十分に理解している!」
「なら君は弱くなったのかな、私の記憶の中の君はもっと強かった」
「……っ」

言い返せなかった。
理解している筈だったし、人見がいなくなったあとも何ら変わらず任務をこなせた。
実際今日大通りで久しぶりに顔を見たときだって、何とも思わなかった。
なのに、今こうして銃口を人見に向けるとどうしてこんなにも手が震えてしまうのだろう。

「未来……」

傍目から見ていた桜にも、彼女からいつもの冷静さというか余裕さがなくなっていることは明白だった。

「なんで今更、私達の前に現れたのよ……」

絞り出されるような科白は、本心――もう二度と会わなければ戦うこともない。
自分の信念は絶対に曲げない、でも本当はこんな風に銃を向けたくなんてなかった。
今まで人見は何度もエージェントの追撃を蹴散らし、何人も彼等を手にかけてきたが、けしてあちらからアプローチをかけてきたことはなかった。
全てはこの藤原総理誘拐の布石といってしまえばお仕舞いだが、奥底では思っていたのだ、戦わずに済むと。

「本当は未来、君も連れていきたかったんだよ。でも君は意地っ張りだし頑固だし、自分の信念は絶対に曲げないからね」

気付けば、一瞬の隙を突かれて背後に回り込まれる。
腕を掴まれて壁に押し付けられる。
コンクリートの冷たさに、未来は僅かに顔を歪めた。

「ふざけないで……!」
「ふざけてなどないさ、でも君は私の予想通り選ばなかった」
「当たり前よ、私達の進む道はもう違えた」
「その通りだね、だからもうこれで終わりだ」
「え……」

不意に腕を掴んでいない方の手で顎を掴まれたかと思うと、人見は唇を未来のそれに重ね合わせた。
不測の事態に目を見開くも、いつの間にか後頭部に回された掌に押さえつけられ抗うことも出来ない。
まさか桜や藤原総理に見られているのではないかと背筋が寒くなりそちらに目を向けると、総理は座らされて縛られている方向が此方とは真逆であり、桜も同様で事態が掴めず「未来、どうしたのだっ!?」と手足をばたつかせていていて思わず安堵してしまう。
だんだん呼吸が苦しくなってきて、生理的な涙が出そうになる。
流石にこれ以上人見に好きにさせる訳にはない、と片道を思い切り人見の顎目掛けて蹴りあげた。

「相変わらず足癖が悪いみたいだね」
「はぁっ、いきなり何すんのよ……っ」

スッと後ろに下がり蹴りをかわした人見を、睨み付ける。

「一つ聞いてもいいかな」
「……何よ」
「君がここまで彼等に、あの高見の見物を決め込んだ、人を替えのきく駒だとしか考えていない連中に従う理由はなんだい。生きる意味を否定するつもりはない、だが君のような聡い人間が彼等に従う理由がわからない」
「人見の言いたいこともわからない訳じゃない、けど生きる意味を与えたのは……間違いなく彼等よ」

全てを失って私には、生きる意味さえも無くしていた。
引き換えに得た力さえも呪わしく感じていて、そこに私の存在を強く必要としてくれたのはエデンだった。
たとえそれが使い捨てだとしても、過去の私は救われた。

「そうか……ならば私もそれ相応の態度で臨まなければならないな」

いつまでも子供だと思っていた、目を離せば無茶ばかりして己に鞭打ち続けて。
でもいつの間に自分で考えて道を選び、答えを見い出して進んでいたのだ。
出会った頃の君とはもう違う―――。

「前置きはそろそろ止めにして、私の目的を達成させてもらおうかな」
「そんなこと、させるわけないでしょう」
「だから、今度こそ目の前に立ち塞がる者は誰であろうと消すさ……たとえ未来、君でもね」
「当然、私もコードブレイカーとして反逆者をここで始末する」

正直、まだ踏ん切りが完全についた訳ではない。
迷いは命取りだなんて分かっている、それでも私は粛清しなくてはならないのだ、それが使命であり背負っているものだから―エデンに立ち塞がる者には破滅を。
これが本当に私のしたいことなのか、そう問われれば間違いなく違う。
私はただ悪を滅ぼすために力を使うだけ、その為にはエデンに従わなくてはならない。
今の私が私でいられるのは、コードブレイカーでいるという事実があるから。

「そうとなれば君の、仮の肩書きを口にするのは失礼に値するかな」
「仮の肩書き……?」

ただならぬ二人の気配に押し黙っていた桜だったが、人見の言葉を不思議そうに繰り返す。
それに答えるように、人見は続けた。

「コードブレイカー:07いいや……」
「人見、その先は待っ」

この場に近づく微かだが確かな足音に、未来は人見に制止の声をあげる。
だが構わず人見は核心部を口にした。


「元コードブレイカー:00、神楽坂未来」


そこには部屋の入り口で驚きの表情を浮かべる大神と刻、そして何を考えているかわからない様子で立つ平家が立っていた。




「未来がコード:00、だっテ……?」
「そうだ、かつての彼女には君達よりも遥かに少ない数のナンバーがつけられていた。そしてその力は今も失われていない」

使わないようにしているだけだけどね、とチラリと人見は藤原総理に目線を向けながら言う。

「未来の異能は万能すぎるが故に、その代償は大きい。身体に過大な負担のかかるロストを繰り返せば、ガタがくるのは時間の問題だ」

だから人見は未来に出来るだけ異能を使わずコードブレイカーとしての仕事をこなすようにさせた。
そしてエデンさえも説き伏せた、裁きが疎かにならないことを条件に。
元々エデンの訓練下で異能を使用しない戦闘力も極端に秀でていただけに、難なくコードブレイカーとして続けることが出来た。
しかしやはり異能を使わなければ、格段に力が落ちる。
そこで未来の立ち位置は七番目へと下げられた。

「別に隠していた訳じゃない、異能のことも」

所詮コードブレイカー同士の繋がりとは希薄なものだ、互いに願うことは同じでも基本的にそれぞれ方向性が異なる個性派集団。
チームプレーが苦手な者ばかりなのだ。
信頼していない人間に教える必要のない情報は教えない、未来は暗にそう言っていた。

「……まあ、平家とは付き合い長いから普通に知ってたけどね」
「任務には全く支障をきたしていませんから」

大神と刻がバッと平家を見るが、相変わらず涼しい顔でいる。
しかし何かに気付いたのか、突然表情を変えると隣にいた大神を思い切り蹴り飛ばした。

「平家!?何を……」

その瞬間平家と刻のいる位置の頭上から見るからに頑丈そうな箱が落ちてきて、二人を閉じ込めた。
大神達三人についてきていた神田が名前を呼ぶが、どうやら無事らしく苛立ち気味の刻の声が聞こえてくる。

「くそっ!ふざけやがって……!」
「無駄ですよ、これは耐火強化プラスチックの鏡面立方体……私達に脱出は無理だということです」
「じゃあ、どうす……」
「フフフ大神君と未来の二人でどうするのでしょう、ゾクゾクしてしまいます」
「何楽しんでやがんだ、このド変態!」
「……なにしてんだか」

何か思惑があるのか、刻の言う通りなのか微妙な発言に思わず脱力しながらも今は大神と共に目の前の人見をどうにかしなければと思い直す。
と、その時人見が映し出していた画面上の街が突如爆発した。
これは本物の街をそのまま撮影しているものだから、当然……

「総理に仕掛けた爆弾以外に全国数ヶ所に時限爆弾をセットしたのさ、総理の処刑までに推定五万人の観客が死亡するようにね」
「人見!貴方……っ」

誰しもの顔に驚愕、その他の表情が浮かぶ。
当然だ、常人では到底考えられない行為を彼は行っているのだから。

「藤原総理と共に五万人以上が処刑される現実……恐怖した人々は心から欲するだろう。どんな手段であろうと悪を滅する存在を、"コードブレイカー"を――!」

「人見……あなたまさか――」
「ふざけるな!」

普段の彼女からは考えられない荒々しい口調に、桜や神田、大神、人見さえも驚いたように未来を見た。
その表情は怒りに満ちていたものの、瞳だけは哀しみを帯びていた。

「そんなものは必要ない、私達にそんな資格はない。私達は自ら進んで悪人を裁く、聞こえはいいけど要はただの人殺しよ」

私達が救われる必要など微塵もないのだ。

「そんな目的のために、なんの罪もなく平和に暮らしてきた人間を死に追いやる……それがどんなに道を外れた行為だと思ってるのよ」

強く握り締め過ぎた拳からは、爪が掌の肉を裂き少量の血液が流れ落ちた。
"コードブレイカーの存在を世に知らしめる"それが人見の願望だと知ってた。
彼は優しかったから、日々命を散らすコードブレイカー達に心を痛めていたから。




「所詮"エデンの飼い犬"である君には分からないだろうね、私の積年の願いが」
「そんなの間違ってる、守るべき存在を殺して……どの面下げて悪を裁くと言えるのよ!」

最後は叫びに近かった、いつの間にか変わってしまった仲間への。
唯一と言っても良かった、自分を理解してくれた人だった。
こんなこと口が避けても言えなかったが、その慕われる人間性に憧れさえも抱いていた。
何故、何が彼をここまで変えてしまったのか。

「やはり、先程の"アレ"をしておいて正解だったようだね。君に異能を使われて戦うことになったら厄介だったから」
「一体何を……っぅあ!!」

人見の謎の言葉に眉をひそめた瞬間、身体中にとてつもない衝撃が襲い、床に倒れ込む。
筋肉に力が入らない、身体中のあらゆる臓器から熱が吹き出しているかのような熱さに、呼吸が乱れる。

「未来……?」
「なに、を……し、た」

息も絶え絶えに人見を睨み付ける。

「君の身体に私の意のままに動く微弱な電気を送り込んだ。身体の中でそれは摩擦によって増大し、自覚症状が出た時にはもう身体を動かすことすら困難になる」
「……っ、く」
「そして徐々に身体を蝕んでいき、最後には――心臓を止める」
「人見殿、未来を……!」

地面に蹲る未来はゆっくりと近づき、掌でその心臓部を撫でた。

「さて、じゃあ始めに君を葬らせてもらうよ」

止めだとばかりにその手に電気を込める人見。
そのとき黒い影が人見と未来の間に入ると、青い炎が人見を襲い、人見は素早く後ろへと後退する。

「らしくないですね、未来」
「……少し、油断していただけよ」
「強がりはまた今度にしてください」

ひょいっと大神は未来を抱えると、神田によって縄を解かれていた桜のもとへ向かう。
桜に「彼女を思い切り抱き締めていてください」と言うと、くるりと人見の方に向き直った。
桜はというと、未来が無事だということに感極まってか必要以上にギュウと抱き締め、思わず未来も神田も苦笑する。
完全に油断していた、自分には覚悟が足りていなかった。
今は悔しいが、大神に任せるしかない。

「悪は……ここで燃え散らす」
「大神君、君も所詮はエデンの飼い犬か。犬に興味はない」

双方の手に電流、青い炎を纏う。
きっとこれで全てのカタがつく、本能的にそう思った。




「……さく、ら」
「未来!まだ人見殿の電気が抜けていない……」
「貴女の、"気"を貸してほしい」

桜に抱き締められてはいるが、予想以上に人見の異能は身体の奥深くまで巣食っている。
このままでは、彼女の珍種の力が届く前に人見の言葉通り死ぬかもしれない。
大神一人では、正直人見の力には勝てない。
なら、私には私のできることをしよう。
桜は驚いたように目を見開いたが、私の意図を汲み取ったようでゆっくりと首を縦に振った。





END
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