桜小路桜を守るように背に庇い、未来は毅然として目の前の人物に言い放った。
「女の子に手を上げようなんて暫く見ない間に随分と落ちぶれたものね、人見」
「未来君は変わらないね、相変わらず強い目だ」
「お誉めいただきありがとう」
ここを訪れたのは偶然だった。
学校帰り、桜を家に送り届ける大神とは別に未来は一つエデンからの仕事をこなした。
仕事自体は別段手間取るようなものでもなく、早急にそれを済ませると家路についていたのだ。
途中通り掛かった大通りで騒ぎを耳にし、最初は若者同士の喧嘩かと思っていたが「藤原総理の車が爆破された」という声にただ事ではないと思い、様子を見に立ち寄ったのである。
「コードブレイカーとしての使命も誇りも棄て、あまつさえ要人殺害を企てるなんてね」
「君なら私のコードブレイカーをやめた理由、知っていると思ったんだけどな」
「知っている、でも理解は出来ない」
私達はそんなこと全て知った上で、悪人を裁くなどという役割を担っているのだ。
たとえそれがどんなに道に外れたことでも、報われないことでも自分で決めたのだから。
結局、私達はもう相容れることはないのだ。
あの日決別を決めた時から。
「どのみち、君とはこうなるだろうと思っていたからね」
「それじゃ今ここで決着をつけようか」
人見は手から微量の放電をし、未来も見えないものの既に武器は彼女の手に握られているのだろう。
「っ、未来!」
臨戦態勢に入ったことを察知した桜が名を呼び、止めようとしたその時。
地面に収まっていた筈のマンホールが突如飛び出し、目の前に飛んできた人見は素早く後ろへ後退した。
カランカランとマンホールが地に落ちる音と共に、聞き慣れた声が響く。
「そこまでだヨ、藤原総理は助けさせてもらった……気は失ってるけどネ」
その声に人見も未来も声の主―マンホールから出てきた刻を振り返る。
どうやら藤原総理の車に偶然同乗していたらしく、爆破直前に車体のそこを変形させマンホールに脱出するという迅速かつ大胆な方法で無傷のまま総理を助け出したのだった。
「人見、残念だったけど見事に失敗したようね」
「うーん、まさか刻が乗ってたなんて思わなかったからなあ」
コードブレイカー三人相手だというのに、相変わらず緊張感の欠片もなく暢気に欠伸をする人見は、知らぬ者から見たらまさか首相抹殺を企てた男とは思えないだろう。
「三対一、いや四対一か……少々面倒だなあ」
「四人……?」
人見の言葉にその背後のビルにキラリと光る人影を見たような気がした。
見てるだけとは、これまた悪趣味なと思っていると欠伸をしつつも人見の手が近くにある電柱に添えられているのが目に入る。
「君たちに私が止められるかな?止められなきゃ今度こそ藤原総理には死んでもらうことになるけどね」
予想通り放たれた電撃によって電灯は破裂、それによって町にいた人々は混乱に陥り錯綜する。
「最初からこうなることを予測して逃げるつもりだった!」
「逃がすかよ!」
「くそっ…ま、待て人見!」
人ごみを掻き分け追おうとするものの、既にその姿は消えていた。
ふと、彼が去る直前の会話が頭を過り拳を握る。
"再び道が交わった時、私達は戦うことになるだろう……必ずね"
「それがついに実現してしまった、ということ……か」
分かっていた、分かっていたんだ。
「じゃあ私もエデンの方に連絡入れつつ別ルートからそっちに合流するから」
「しかし未来は車には」
「刻と大神と、桜に気絶した総理が乗ったら定員オーバーよ。危なかったらどっちか盾にして総理連れて逃げなさい」
藤原総理に膝枕を施しながらそんなこと出来ない!という桜に、冗談だよと笑う。
「さて、これから私はどうしようかねえ」
四人の乗る車を無事見送ると、現場の収拾を終えた神田が走り寄ってきた。
「私共はこれから人見さんのアジトを割り出しに行きますが……」
「分かったら連絡頂戴。応援にいくから」
「未来さん、人見さんのことは」
「それ以上は言わないで」
「しかし……」
「彼は今や只の殺人者、かつてのコードブレイカー01じゃない」
貴女も私情を混同しないで、というと神田は困ったように笑い、他のエージェント達と共にその場を後にした。
「……さてと、いい加減見てばかりいないで出てきたらどう?」
「おや、気付いていましたか」
「言っとくけど、人見も貴方の存在気付いてたよ」
先程までビルの中から此方の様子を見ていた人影、平家は数十分前の緊迫した空気から元通りになった通りをなに食わぬ顔で歩いてきた。
「で、貴方は一体これからどうするつもりなの」
「大神君達の方へ合流しますよ、あちらには総理もいますからね。それに、少し嫌な予感がしますから」
「奇遇ね、私も嫌な予感してるよ」
アジトを突き止めに行った神田達に何か無ければいいが……一応、割り出しても彼等エージェントは手を出さず待機するように言ってあるが。
「私は神田から連絡が来次第、そちらへ向かう。それから、残りのコードブレイカーに連絡ってつけられる?」
「そうですね、連絡先はエデンのメインコンピューターに問い合わせればいくらでも入手できますが、何故」
「もしも、私達含めた四人が身動き出来なくなった場合にね」
人見も仮にも元エース、そしてエデンの追撃をことごとくかわして来たのだ。
それなのに策を練っている可能性はあるだろう。
「そうなった時私達にとって必要なのは人見の予想外、気付かれないようにもう一人位増援を呼んだ方がいいと思う」
「成る程」
恐らくこの場合、05……泪、もとい王子を呼ぶのが異能を考えるとやりやすいと思うのだが。
「了解しました、では彼には私から連絡しておきましょう」
最初から平家の中には"05を呼ぶ"という選択肢がないようで溜息。
どうにかならないかな、コレ。
"人見さんのアジトが判明しました"という神田からの電話に、流石仕事が早いなあと思った。
「分かった、これからそちらに向かうからくれぐれも」
「承知してます、我々エージェントはここで待機ですね」
「もし動きがあったら連絡して、私もなるべく早く行く」
電話を切り、さてそのアジトまでどうやって行こうかと考える。
神田の報告によればそこはここから割りと近くにある廃ビル。
最も手っ取り早いのはタクシーでも拾うのだろうが、これから敵地に向かうというのに一般人をそのアジトに近付けるというのはまずい。
エデンからの車等の支給を待ってからでは、歩いて行った方が早い。
しかしエージェント達をいつまでも待たせておくわけにもいかない、結局走って向かうことになりながら無駄な体力使ってしまうなぁと苦笑。
だが暫くして神田に連絡を取ろうとしたとき、何度彼女の携帯にかけてもそれに出ることはなかった。
「あおば、皆ー!」
人見から総理を守るために学校に潜伏して暫く、人見に操られ襲いかかってきた神田達エージェントを漸くその支配から桜の珍種の力によって解放することができた。
それも束の間、操った神田から得た情報を元に呼び出された友人達。
既に人見の異能である電力によって操られ、自我はなく各々首筋に凶器を向けながら虚ろにこちらを見ているだけだった。
「藤原総理を渡してくれたら君の友人達を無傷で帰そう。さもなくば全員しんでもらうよ」
容赦のない人見の言葉に、刻は考える。
今一番大切なことは、総理を守り抜くことだ。
バカ珍種は作戦を立てようなどと暢気なことを言っているが、実際そんなもの考える余裕などないに等しいだろう。
考えられる作戦として、仮にこの珍種を放り込んで珍種ハグ攻撃で電力の呪縛を解くとする。
恐らくそれで少なくても運が良く一人、人見に隙でもない限り全員一瞬で……
先程のエージェント達の無惨な様子が脳裏を過る。
どうやったって彼等を助ける方法なんてないのだ。
いい加減人見も待ちくたびれたのか、眠くなってきたと言い出したその時。
「人見先輩殿!あおば達の代わりに私を人質にしてくれー!」
正直、バカなのかこいつと思った。
止めに入った神田を振り切ろうともがく彼女に、手に持っていた煙草の灰がポロリと落ちるのが分かった。
尚も友人を見捨てたら自分を許せない、と言い続ける桜小路桜に何を思ったのか大神が「悪の言いなりになど絶対にならない」と言い出す。
……まさか、人質を救出しようなんて馬鹿なことを考えているのではないか、そう思ったその時、その予想通りに大神が動く。
「アイツ、何やって……」
まるで人質を殺させようとでもいう大神の言動に、刻が眉をひそめた、と同時に人見の後方に見える人影。
成る程、そういうことか。
幸いにも人影の存在に気付いていない人見は、交渉決裂だとばかりに人質を殺そうとする。
しかし、それは叶わなかった。
「漸く隙を見せてくれましたか」
「平家先輩!?」
お手製の紐のようなもので人質の手を縛る平家、すかさず大神が炎にて攻撃を仕掛ける。
正直、人質を救うなどコードブレイカーの仕事じゃないんだけどと思いながらも彼等の攻撃によって生じた人見の隙を利用して人質の手にある凶器を回収する。
直前に指示した通り珍種パワーで人質の電力の呪縛から解いていく桜を見て、やっと面倒が一つ解決されたかと息をついた。
が、どうやら隙を見せてしまったのはこちらも同じだった。
「いやあ、これは参ったなあ。私としたことがしてやられてしまったよ……でも、それはお互い様だったみたいだね」
人見の電力によって死んだ筈のエージェントによって取り押さえられている藤原に、内心舌打ちをしたくなる。
完全に形勢逆転したと思って油断した。
それでも連れて行かせまいと手を伸ばし、消えようとする彼等を止めようとするが、それは藤原の言葉によって遮られた。
「お姉ちゃんを、寧々音を頼んだよ」
頼んだって何なんだよ。
いきなりそんな父親のような表情をするな。
そんな思いが駆け巡り、動きが止まった瞬間に光と共に人見と藤原は消えていた。
今まで大神に苛立ったことは何回もあった。
それは多分彼と自分の中に馬の合わない部分があったせいだと思う。
だがこんなに腹が立ったのは初めてだ。
「てめえが……人見にくだらねえ情かけたりすっから!総理に何かあってみろ、ただじゃおかねえ!」
胸ぐらを掴み睨むようにしてそう言えば、やけに冷静な平家が諌めるように口を開く。
「それに乗ったのは、自分の責任でしょう?私も貴方もね……刻」
自分の不甲斐なさも合わさって、イライラは募っていく。
と、そこであることを思い出した。
「そういや、未来の奴はどこにいるんだヨ」
エデンに連絡を入れてから行く、といっていたからてっきり平家が現れたから一緒にいると思ったのだが。
「確か、人見さんの電力に操られる前に未来に電話をして……アジトの場所を伝えた、と思います」
記憶が不確かなせいか自信無さげに言う神田。
「となると、私達よりも先にアジトに辿り着いている可能性が高いでしょうね」
「じゃあ俺達も早く行こうぜ!人見の居場所は……」
そこで、神田が重要なことに気付く。
「あ、あの桜小路さんと"子犬"が見当たらないのですが……」
「……え?」
正直総理のことで頭が一杯で、珍種のことに気を回している余裕がなかった。
改めて考えればさっきから見かけない、寧ろこういう場合真っ先に総理奪還の話に入ってきそうなのに変だと思ったら。
……まさか、あの時人見と総理にくっついていったのか?
この際平家が事も無げに「今頃気付きましたか」などとのたまっているのはムカつくが置いておこう。
「あの……馬鹿珍種があぁ!!」
後先考えない彼女の行動に、叫ばずにはいられなかった。
「離せ!総理を殺してはならぬ!」
人見によって宙吊りにされた身体をもがきながら、それでも桜は自分をこんな状態にした張本人に強く訴えた。
対して人見は気にせず"子犬"でぐにぐにと遊びながら相変わらずの表情。
総理が人見に連れていかれそうになったところを、咄嗟にしがみついてついてきたはいいが、状況を打開する策は全くなく、結果これだ。
とにかく総理を殺させないためにも、人見に説得を試みようとする。
「何故こんなことを?」
よく刑事ドラマでも犯人が口にする動機、きっと人見も悲しい理由があってこんな暴挙にでてしまったのだ!と少しズレた思考ながらも、どうやら人見は壁にかけてある無数の時計を見詰め、呟くように語り始めた。
「……皆、法で護れぬ人を護り法で裁けぬ悪を裁き死んでいったよ。誰も、知らないことなんだけどね」
コードブレイカーなんて所詮エデンの飼い犬、使い捨ての道具だ。
決して報われないし人と関われぬ孤独の中人、知れず死ぬしかない、そう語る人見の表情は後ろを向いているために窺い知ることは出来ない。
それでも、彼が死んでいた仲間をずっと忘れずにたった一人で悼んでいることは分かった。
「だからもうこんなこと終わらせるべきなんだ。そうは思わないかい、未来」
「……え?」
人見の口から飛び出た言葉に身体を傾けて振り返る。
「私は何回でも言うよ、コードブレイカーになると決めたならそれくらい覚悟の内だって。たとえ誰にも知られずに虫ケラのように死んだって、誰も恨まない。ただ自業自得よ」
「そうだね、君は何度もそう言っていたな」
ゆっくりと人見は未来を見た。
もしかしたら最初から自分達の道は違っていたのかもしれない、と思いながら。
END
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