「へぇ、桜チャンの部屋って割と普通だネ」

格闘技の類の雑誌とかあるかと思ったヨ、と桜の部屋をキョロキョロと見回す刻。

「何か言ったか?刻君」
「……」

冗談半分で言ったものの、桜が開いたクローゼットの奥に広がる趣味の世界に思わず閉口した。

「それにしても未来は今頃お風呂カア、いいなー俺も入っ……」
「刻君、我が家での猥褻行為は遠慮してもらおうか」
「ちょっ、桜チャン目がマジなんだケド」

クローゼットに入っていたその体格からは到底持ち上げられないようなダンベルを片手で持ち上げながら詰め寄る桜に、刻は慌てて冗談だと落ち着かせた。
桜の母であるユキが溢した酒を見事に上半身に浴びた未来は現在、桜小路家の風呂を借りている。

「馬鹿かお前は」
「そんなこと言っちゃって、エロ神君だって見たんでしょ。未来のばっちり透けた下着」
「……燃やす」

実際現在ロスト中であるものの本気で起こり出しそうな大神だったが、それは扉を開く音とやはり年相応に思えない元気な声に遮られた。

「おリンゴむいたよ〜お茶どうぞ!」

ウサギの形に切られたリンゴをお盆に乗せて、ちょこちょこと部屋に入った桜母ことユキは笑顔で三人の宿泊を許可することを告げた。
未来はともかく、男二人を泊めるのは年頃の娘を持つ父親として非常に抵抗があるかもしれないが、実際桜を狙う者達が現れた以上、背に腹は変えられないのだろう(だが母親の差し出した着ぐるみパジャマは勘弁してほしい)
母と娘の微笑ましい会話を聞きながらリンゴをショリショリと食べている(主に刻が)と、不意に部屋の外から騒がしい音が聞こえてきて、ユキに部屋で待つように言うと大神達は部屋を後にした。
その先に待つ、ちょっとした因縁のある始末屋の元へ。




「はあ……なんでこんなことになったんだろ」

広めに作られている桜小路家の湯槽でゆったりと手足を伸ばしながら、ポツリと呟いた。
宴会状態で盛り上がっていたところへ、桜の命を狙うボウガン始末屋集団が一斉に銃撃をしてきた。
その衝撃でユキさんが溢した酒を浴びてしまった訳だが、実際桜が狙われたというのにこんなところでのんびり湯に浸かっていていいものだろうか。
大神によれば、神田からの連絡でボウガン集団は彼女に制圧されたらしい。
ひとまず桜の危機は回避されたが、次いで他の始末屋が来るのは確実だ。

「大神は今現在ロスト中だし、刻だって宴会で無駄に異能使ってたからなぁ」

まあ二人とも異能がなくても十分戦える、というか戦い方を私が教えたのだしもしもがあっても護衛としては申し分ないだろう。
そろそろ上がって彼等に合流しようと思ったその時、
廊下の方から激しい銃声が鳴り響いた。

「なっ……!」

タイミング最悪すぎる。
慌てて浴室を出ると、濡れた髪を適当にタオルに吸わせながらユキさんに用意されたらしい可愛い模様のパーカーを見詰めること一秒足らず、今は悩んでいる場合ではないと諦めてそれに袖を通した。




その頃、刻は無事にユキを銃撃の痕の残る廊下から部屋の中へと引っ込ませ一息ついていた。
というのも、異能を使いすぎてしまったせいによるロストで子供の姿になったのに加え、音を聞きつけてユキまで出てきてしまった。
とはいえお母さんー、と猫被り気味に甘えて言えば一緒に寝ましょうねとベッドに横になってくれた上に、何故か早々に自分が眠り込んでしまったのだが。



「ったく、未来は風呂だしあいつらはどっか行くシ……」

まあ流石にこの騒音に未来も気付いてるから間もなく来るだろうが。
桜を殺しにきた隻腕の始末屋、春人から周りの者を危険にさせないために一人どこかへ走り去っていった桜(しかもあの母親でも気付く明らかに嘘の表情で、足手まといだと罵ったあとに)を追いかけたの援護に向かおうとした刻の前に、銃撃によって割れたガラスをジャリジャリと踏みながら此方へと歩み寄る足音が聞こえた。

「ここにヤクザの娘一人を守るためにコードブレイカーが三人もいるって聞いたんだけどさ、君のことかな?」
「そうって言ったラ?」
「ターゲットは春人に譲ったから今僕暇してるんだ、ねぇ……相手してよ」

月明かりに照らされて見えたのは、自分と年齢的にそう大差ない銀髪の少年。
燃え上がるように真っ赤な瞳が妖しく光るのが不気味だった。

「何、外国人?それともコスプレか何か」
「残念だけどれっきとした純日本人だよ。髪も目も生まれつき」

アルビノってやつだよと笑う少年に対し、刻は懐に忍ばせてある武器に手を伸ばそうかと考える。
だがこれはどうしても銃声が鳴る、もし音でまたユキが起き出してきたら先程のように誤魔化せるかは分からない。

「ねぇ相手してくれないの?まあいいや、いずれにしてもコードブレイカーを殺しておけば、邪魔な奴が減るし僕には仕事の依頼が増えるから万々歳だね」
「……構わないケド、ここは狭いし外に」
「ああ、そっちで寝てる女を巻き込みたくないんだね。コードブレイカーは善良な市民は守るって?」

どうやら相手はここでドンパチ始めるつもりらしい。

「ムカツク奴」

相変わらず本心を見せないクスクス笑いに苛立ちながら、刻も臨戦態勢に入る。
と、その時刻の前に立ちはだかるように黒い影が現れた。
シャンプーらしき香りが仄かに鼻を擽り、刻は思わず目を細める。

「未来、」
「やっぱり、ロストしてたのね刻」
「煩い、ちょっと手品しすぎたんだヨ。ていうかその無駄にファンシーな服、ユキチャンの趣味デショ」
「あったり前でしょうが、私だって銃声が聞こえてなかったら丁重にお断りしてたっての」

軽口を叩き合いながらも、手に持った銃は真っ直ぐ始末屋の少年へと向ける。

「お喋りは終わったかな。僕も早く殺りたいんだけど」
「……聞いたことがある、銀髪に赤目の始末屋。身体に見合わぬ大きな刀でターゲットを斬り捨てる。確か名前は」
「高峰羅刹。一応僕って有名人なんだね」

そう言いながら、高峰羅刹はどこに隠し持っていたのか身の丈程もある長刀を取りだし、それを軽々しく片手で構えた。

「未来、撃つのは構わねーけどユキチャンが起きる」
「撃たないわよ」
「ハァ?」

未来が使う武器、主に銃とナイフ又は小型手榴弾等々だがナイフは明らかに刀相手にリーチが足りないし、こんなところで手榴弾はもってのほかだ。
一体どうしようというのだろうかと思っていると、未来はキョロキョロと辺りを見回し「あいつは今ここにいないみたいね」と呟くと、銃を持っていた方の腕を下げ、そして逆の腕を突き出した。

「オイ、何をして……!」
「刻、ここで見たことは他言無用でよろしく。特に平家とかエデンの連中にはね」
「、まさか……」

ニッと笑うと未来は突き出した腕に、軽く力を込めたその瞬間、

「なっ、電撃!?」
「……!」

掌にバチバチと帯電させながら、不敵に笑う未来。

「未来お前の異能って"アイツ"と同じなのかヨ」
「一応言っておくけど、私の異能は電気じゃない」

それより今はあの始末屋よ、という未来の指す先には先程の雷撃によって数メートル吹っ飛ばされた高峰の姿。

「面白いね、それが君の異能?」
「まあその一部ってところね」
「いいよ、ちょっとは骨がある方が殺し甲斐がある」
「悪いけど、こっちは今あなたに時間を割いてはいられないの」

だからさっさと消えてくれるかな、という未来に相手の方も遂に斬りかかる。

「未来!」

それをひょいと避けると、今度は電気の消えた掌を高峰へ翳した。
その瞬間、高峰の動きが止まりその赤い瞳は驚きで見開かれる。

「苦しい?」
「……っ…」
「そりゃそうでしょうねぇ、今貴方の周りから空気が無くなってるんだから」
「空気が無くなってル……」

刻は首を傾げた。
一体彼女の異能は何だというのだろうか。

「(まさか二つ以上異能を所有している……なんて有り得ないカ。そんな話は聞いたことがない)」

とにかく、あの始末屋に対して未来の強さがあまりにも圧倒的すぎることは分かった。

「私は今急いでるの、貴方がここから消えてくれるっていうなら今日の所は見逃してあげてもいいけど」
「……、くそ…っ」

もうすぐ夜が明ける、そうすれば大神の異能も元に戻り完全にこっちのものだ。
だが、今は一刻も早く桜の無事を確かめたかった。

「覚えていろ!」

そう言うと、高峰羅刹は見逃されたことが余程彼のプライドを傷付けたのだろう、もの凄い剣幕で此方を睨み付けた後闇の中へと消えていった。

「はぁ、取り敢えずは結構腕利きっぽい始末屋を追い返せたね」
「なんで見逃したんだヨ。あいつ何人も殺してんだろ、十分裁く対象になると思うんだけど」
「今回の仕事は桜小路桜の護衛。余計なことすると、五月蝿い審判官にとやかく言われるじゃない」
「あー……確かニ」




そうこうしているうちに、外はすっかり明るくなっていた。
夜明け前に大神が春人にやられていない限り、桜の安全は保障されたといってもいいだろう。
"子犬"に道案内を任せて桜小路家の外に出た未来と刻の目の前に広がっていたのは、眩しい程の青い炎。
そしてその中心で、現在進行形で燃え散らされている春人に抱き付く桜だった。

「桜チャン!?」
「一体、何が……」

お前は死んじゃ駄目だー!と叫びながら春人に抱き付く桜だったが、やがて春人を焼き付くそうとしていた大神の炎はするりと消えてしまった。
やはり話には聞いていたが桜の珍種の力は本物だった。
あれだけの威力の大神の炎を消してしまったのだから。
同様に初めて珍種の力を目にして感心する刻の横で、何を思ったのか笑い始める大神。

「本気で、命懸けで俺の悪人殺しを止めようっていうんですか貴女は……面白い」
「珍しいね、大神があれほど興味深そうにしてるの」
「さーナ」

いずれにしても、桜小路桜という存在は少なからず影響を与えていた。
大神に、刻に……そして私にも。
それから春人へと生きるよう諭す桜に対し、尚も彼を殺すことにこだわる大神を止めたのは

「貴方の役割は桜小路桜さんの護衛、始末屋の殺しは逸脱行為。同じ"コードブレイカー"としては見過ごせませんね。コード:06大神零君」

コードブレイカー、コード:02であり審判官でもある平家だった。




「平家先輩もコードブレイカーだったとは…!」

桜が驚きの声を上げるのも無理はないだろう、まだ入学してからそれほど日が経っていないとはいえ、同じ学校の転校生ではない先輩が私達と同じ存在だったのだから。
感心するような声の桜に対して、刻の方は嫌そうな表情だが。

「桜チャンあんなヘンタイと一緒にしないでよ。こいつは人の仕事をこっそり覗いては、勝手に評価して上にチクるチクリ屋だよ」
「嫌ですね刻君、私はジャッジ、コードブレイカー達の裁きが正しく行われているか判断する審判官でもあります」
「なるほどコードブレイカーも好き勝手できるわけではないのですね」

いい感じに相槌をしてくれる桜に気をよくしたのか、平家は饒舌に説明をしつつ今回のコードブレイカー達への評価を言い渡した。
その点数が気に入らず平家に抗議する刻を尻目に、未来は自分に告げられた点数に溜息をついた。
「確かに、桜を直接守ったのは全部大神だけどこれは低すぎない?」
「貴女が先程、異能を使ったことは上に黙っていてあげますから文句言わないでください」
「……やっぱりバレてたか」




「で、どうだった?珍種の出生の秘密とやらは」

桜小路桜暗殺未遂事件を無事に解決した大神と刻は、後日再び桜小路家に呼ばれていた。
今回の一件で桜小路家の面々にすっかり認められた(大神はまた別の意味で)ということで、もてなされた二人の真意は他にあったのだが。
生憎未来はバイトが入っていたため遠慮した(桜は複雑な顔をしていたが)ものの、当然彼等の成果は聞くつもりでいた。
現在帰宅後の大神宅を訪ねている。

「どうやら、彼女は桜小路家の娘ではないらしいですよ」
「もしかしたら血筋とか関係あるかと思ったんだけどな、分からず仕舞いか」

あの両親が娘の能力を知っているかは分からないが、先日の様子からコードブレイカーの存在も知らないようだし、可能性は低いだろう。
なんとなくその世界の勘で気付いてはいたようだが。

「本人も自覚は全くないようだし、しばらくは様子を見た方がいいってことね」
「勿論そのつもりですよ」

ちょうどいいことに、大神は周りの人間―桜の友人や家の者達にも恋人という間柄だと勘違いされているために、彼女に四六時中張り付いていても何ら疑問に思われることはなかった。
さすがに大神本人もバイトがあるため、いつもという訳にもいかないが、それでも珍種の観察と称して行動を共にすることが多かった。

「……それにしても未来、貴女はこんな夜遅くに男一人暮らしの家に来て、なんとも思わないんですか」
「何が?」
「……はあ」

あからさまに溜息をついている大神に、未来クスリと笑った。
別に自分は鈍感にカテゴリーされる人間ではない、ちょっと彼をからかってやりたくなっただけだ。

「何、変な想像でもした?」
「違う!」

健全な男子高校生らしく顔を赤くして否定する大神に、尚更笑いだしそうになる。

「別に報告聞くだけなら電話でも良かったんだけどね、どーせ大神のことだからまた缶詰食生活だろうと思って」

ガサリと体の後ろから出てきたスーパーのらしき袋には、野菜やら卵などの食材がどっさり入っていた。

「栄養のバランスなら問題ありませんよ、きちんとサプリメントで」
「サプリメントだと今度は栄養分の過多になりやすいの、モノによってはそれが人体に害をもたらすこともあるし。それにサプリメントは栄養よりも添加物の方が多いって言われてるんだから」
「……今日の夕食はもう桜小路さんの家で摂りましたけど」
「そんなの知ってる。これは明日の朝食と弁当、それから冷蔵庫に日保ちする惣菜も入れておくから」
「………」

あんたは俺の母親か、という言葉は口に出さないでおいた。
上機嫌で「どっかの王子よりも料理は上手くないけど、文句言わないでよね」と言いながらキッチンに立つ未来の姿を見ながら苦笑した大神は重要なことを忘れていた。
――彼女の料理の腕が、破滅的に酷いことに。





翌日。

「大神君、それってもしかして卵焼き?」
「俺にはどう見ても黒い塊にしか……」
「………コンビニ行ってきます」






END


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