「あの……遊騎君、これは一体どういうことでしょうか?」
「ニャンママ怪我しとるから、ウチで手当てするんや」

なんとなく憂鬱な気分になりながらも、大神に言われたようビルの階段を駆け降りれば、そこにはムスッという表現がぴったりの表情の遊騎が待ち構えるように立っていた。
無意識に腕の怪我を隠そうとしたものの、目敏くそれを見つけた遊騎が見逃すはずもなく、いきなり身体を持ち上げられるとまさに風の如くタクシーを拾うとそれに私を押し込むと、問答無用で走り出した。
どうやら今彼は珍しいことに手持ちの金があるらしい(いつもはだいたいどこかに落とすか、にゃんまるグッズに使い果たす)
ちなみにさっき遊騎が私をさして呼んだ"ニャンママ"というのは、私がにゃんまるのお母さんキャラクターに似ているとかいう理由で勝手に呼ばれている。
ぶっちゃけ恥ずかしい、刻とか一体何度笑われたことか……!
確かに多少年齢は偽っていたりするけど平家だって年齢不詳だし、まだ子持ちな歳ではない!
だからといってその呼び名を止めてくれ、といっても止めてくれる筈もなく。
結局定着してしまった、今日この頃。



そんな私の心情を知ってか知らずか(いや絶対知らない)遊騎は目的地に到着したらしく、私の手を掴むとタクシーから降りる。
配慮してくれてるのか、怪我してる方とは逆の手。

「なんというか、やっぱり遊騎の家すごいね」

目の前に佇む大豪邸に未来は苦笑しながら言った。
別に大したことではない、という様子で遊騎はその手を引き中へ入っていくと、遊騎が帰宅したことに気付いた使用人に彼女の手当てをするように言う。

大神から電話を受けたとき、なんだか嫌な気持ちになった。
ニャンママが敵に襲われた時、にゃんまるはいつも身体をはって助けた。
所詮、それは作り話なのだが。

「俺じゃ、にゃんまるにはなれへんのか……」

自分よりもはるかに未来の方が強いことはわかっている、力的にも精神的にも。
七番という数字は、きっと仮のモノ。
おそらく、コードブレイカーの中で彼女と対等に張り合えるのは平家(二番)だけだろう。



「遊騎」

手当てを終えた神楽坂が此方を見て笑うと、終わったよと頭を撫でる。
嗚呼、いつも子供扱いだ。








「桜小路桜を護衛?」

電話の向こうで、神田はそうですと言った。
結局使用人達や遊騎本人に説得(というか強制)されて、邸宅の一部屋に泊まることになった。
何故か遊騎が不機嫌そうだなと思いながら、お風呂を借りてメイドに手渡された寝着に着替えるとケータイが着信を告げる。
画面に表示された名がいつも大神を付き従っている有能なエージェントであったため、きっとまた仕事の依頼だろうと通話ボタンを押す。
確かに仕事の依頼だったが、それは少しばかり予想外な依頼内容だった。

「ここ最近起こっている相次ぐ有力暴力団組長の子供の暗殺、その真相究明と沈静化というわけね」
「はい、現在疑心暗鬼に陥った対立組織同士が抗争に発展しかねない状況となっています」

事態は一刻を争う、その為に"関東のあばれ龍"として名高い桜小路家当主の一人娘を護衛、ということか。
彼女の家が極道の世界で名の知れた存在だということは、初めて桜と会う前から知っていた訳だけど。

「別に私が行く必要ないんじゃない?あの二人もこの前みたいにヘマしないだろうし」

第一、今回は桜の命を守ることが目的なのだ。
大神も刻も気を抜いて桜から目を離す、なんてことはないだろう。

「それが、マスターが先程からロストになってしまいまして」
「ああー……」

最近働きづめだったから仕方ないか、更には余計な仕事までしてしまったのだから。

「分かった、護衛は明日の夜でしょうから明日普通に学校に行けばいいわね」
「はい、よろしくお願いします」



ケータイの電源ボタンを押して耳から離すと、後方からドアの開く音が聞こえてそちらを振り返る。

「エデンからなん?」
「そう、と言ったら?」

冗談めかして言えば、遊騎の眉間に皺が刻み込まれるのが分かった。

「エデンは嫌いや」
「知ってる」

だから滅多にエデンからの仕事は受けないし、エデンからの支給品であるケータイ等は大事じゃないからすぐ無くす。
ではどうしてコードブレイカーなんてものになったのか、というのは言葉遊びになるからやめておこう。

「まあ、仕事といっても今回のはクラスメイトの護衛だから」

そろそろ寝たら?と言えば遊騎はコクンと頷いた後、さっと私が寝る予定の大きめなベッドの脇へと回り込んだ。
つまり、一緒に寝たいと。
そもそも何故部屋に来たのかと思っていたが、そういうことですか。
本当、ニャンママ扱いだ。

「分かったよ、ちょうど大きすぎるベッドだと思ってたし」

そう声を掛ければ、どことなく嬉しそうな表情になるのは気のせいではないだろう。








END


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