「連続放火魔、ねぇ……」
「どうしました?浮かない表情の様ですが」

新聞を広げながら平家に出されたセイロンティーを飲み、目に留まった記事に嘆息した。
その様子に、同じくセイロンティーに舌鼓をうっている寧々音が「未来たん悩み事ー?」と首を傾げるので、可愛いなぁと思いながらも、違いますよと頭を撫でた。
……そういえば、この人先輩だったな。
先日何年かぶりに(一方的にだが)再会した寧々音に、平家と話をしていたところを見つかり、めでたくお友達となったのだった。
それにしても、未来たんってどうなんだろう。

「それで、貴女が溜息とは一体何がありましたか?」

未来さんが悩みなんて珍しいですからね、という平家にムカッときた。
失礼だな、私だって悩み事の一つや二つあるに決まっている。

「ここ最近起こっている連続放火事件についてよ」
「あぁ、死傷者も沢山いるようですね」

警察によれば犯人は時限発火装置を使っていて、中々犯人を特定出来ていないとのこと。

「しかし、一部では"少年犯罪"の可能性が高いと見ているようですよ」
「!」
「少年犯罪、貴女が一番感情的になるタイプですよね」

いつの間にか寧々音がいなくなっていた部屋に沈黙が痛い。

「別に……そういう訳ではないけど」

それなら大神の方がいつも感情的だと思う。
ただ憂鬱なだけだ、放火は再犯率が非常に高くこれからも被害が拡大するだろう。

「仕事が増えるのが嬉しくないだけ」





「もしかして、君も転校生!?」
「はぁ……?」

教室に戻り、扉を開けた瞬間誰かとぶつかりそうになり、咄嗟に避ける。
その相手の男子に見覚えがないな、と思っていると突然手を掴まれてぶんぶん振られる。
意味が分からず呆気にとられていると、その男子は笑顔で名乗った。

「俺、隣のクラスに転入してきた野口!噂の美少女って君のことなんだね!」

マシンガンの如く彼に一応礼儀だと自分の名前を言えば、ぱあっと表情が明るくなった。

「しかも神子島と仲いいんだって聞いてさ、是非とも会いたかったんだ!」
「神子島?」
「あ、今は大神って言うんだっけ」

野口と名乗る彼の言葉に、瞬時に状況を理解した。
彼は昔の大神がバイトで潜入した学校にいたのだと。
基本的に私達コードブレイカーは以前仕事で関わった人物に会うのは御法度だが、この場合は致し方無いだろう。
転校生同士仲良くしよう、という彼に適当に返事をしつつ別れた後、未来は大神の横を通り過ぎながら他のクラスメイト達には聞こえないように言った。

「彼、"消されない"ようにしなよ」
「……えぇ、わかっています」

そんな様子を一人仏頂面で見ていた桜。
大神は言った、「悪を見かければ仕事でなくてもそいつを燃え散らす、オレの意志で」と。
力業では大神を止めることはは出来なかった、ならば方法は一つ。
"悪"な根源を断ち、"悪"を生まなければよいのだ……!
大神だけじゃない、刻君や未来にも絶対人殺しなどさせない。

「なんか、また桜が変なこと考えている気がする」
「あの珍種が変なのはいつものことですよ」
「あんた、サラッと失礼なこと言うよね」
「そうですか?」




放課後、特に用事の無かった未来は授業終了と共に教室を飛び出して行った桜の後をこっそり追っていた。

「何やってんだか……」

溜息をつく未来の前方数メートルでは、桜が居酒屋の前にて飲酒運転をしようとしていた会社員の車を拳で潰していた。
確かに飲酒運転は問題だが、自分の行為も多少問題だと気付いていないのだろうか、彼女は。

「こうやって犯罪と向き合っていると、世の中罪を犯していない者などいないのかもしれん……」

深いんだか意味がわからない台詞を言いながら歩く桜の横、路地裏にあるゴミ箱にその時一人の男がライターで火をつけようとしていた。

「や、やめろー!」
「うわ……」

その瞬間男に、桜の見事な蹴りが炸裂する。
彼女は男が連続放火魔だと思ったのかもしれないが、未来は一目見て違うとわかった。
自動発火装置で放火する犯人の所持品が、ライターのみな訳がない。
むしろ所持品はいらないのだ、仕掛けてしまえばもう後は時間の経過を待つのみ。
出来事で火をつけようとしていた犯人に多少同情しながらも(実際はこいつも十分放火犯になりえたのだが)、同時に桜が大きな声を出したのでそちらに意識を持っていく。

「おお、それは自動発火装置か!?でかしたぞ"子犬"!」
「な……」

まさか本当に放火犯に繋がるものを見つけてしまうとは、それも決定的な。

「仕方ない、このまま警察に持っていこう。爆発前なら犯人の手掛かりの一つも残っているだろう」

そう言って自動発火装置を桜が持ち上げたその時、彼女のすぐ後ろの電柱から声が聞こえてきた。

「それは、困るなあ……」
「!あいつ、」

先程見たばかりの顔に一瞬戸惑うも、桜の手元にある発火装置に刻まれている残り時間に絶望的な時間が表情されていることに気付き、舌打ちをする。

「…っ、あの馬鹿!」
「それを見つけちゃうなんて、運が悪かったね桜小路さん」
「え、野口く……」

発火装置の数字が0になった瞬間、未来は駆け出し桜を庇うように彼女の腕を引き寄せた。
同時に耳をつんざくような爆音が広がり、未来の意識は闇へと沈んでいった。






「……くら、桜」
「ん……」

自分を呼ぶ声で、桜は意識を再び浮上させた。

「未来……こ、これは」
「覚えてない?時限発火装置が爆破して、その爆風で意識を失ったのよ」

記憶を辿れば、確かに自分が見つけた発火装置が爆破された訳だが、何故一緒にいなかった未来も同じ状況になっているのだろう。
更に起き上がろうと身動ぎすれば、ロープで身体中を巻かれていて叶わない。

「たまたま通り掛かったら、桜が発火装置を見つけたのが聞こえてきて。見に来たら爆発に巻き込まれたってわけ」
「そ、そうだったのか……」

実際は最初から桜を尾行していたのだが、それはそれで説明が面倒だ。
同じく意識を失っていたために縛られている未来を見た桜は、彼女の腕から鮮血が流れているのが見えた。

「な、未来!腕……」
「ああ、これは爆風を防いだ時にかすっただけ」

しかし見れば見るほど、その傷が深いとわかる。

「だから自分の怪我が軽いのか……」
「その通りだよ。まあ、その前に桜小路さんが発火前に装置を壊したり、直撃を素早くかわしたのもあるんだけどね」

桜小路さんってもっと大人しい人かと思ってたよ、そう言いながら此方へと歩いてくる人物に、桜は表情を険しくする。

「……君が、本当に連続放火魔なのか、野口君!」

そこに立っていたのは、昼に見た無邪気な笑顔を浮かべた彼ではなく、悪の表情に染まった野口だった。





「何故、こんなことを……」
「ほらもうすぐだ、よく見てみなよ」

桜の言葉を無視し、自分たちが今いるビルの屋上らしきところから外を見ると、カウントする野口。
それがゼロを刻んだとき、すぐ隣の路地に激しく炎が上がった。

「な……っ」

逃げ遅れて助けを乞う人々。
子供を助けてくれと泣き叫ぶ母親。
そこに広がっているのは、間違いなく地獄だ。

「や、やめろ……!あの人達に何の恨みが」
「恨み?恨みなんか別にないよ」

心の底から、自分のやってることに何の疑問も持っていない顔だ。

「人を何故殺しちゃいけないのか、誰もちゃんと答えられないのは、人は皆本当は本能で誰かを殺してみたいって思ってるからだって、"あの人"が教えてくれたんだ」
「"あの人"……?」

どこの誰かは知らないが、そいつも相当狂ってる。
早くこの状況を打開しなくては、被害が拡大する一方だと未来は身体に忍ばせている筈の武器を取ろうとするが、本来あるべきところにそれはなかった。

「ああこれ?使われたら厄介だからさ、預からせてもらったよ」

野口の手元には、未来の武器である銃やナイフがある。

「……レディの身体に手を入れるなんて、随分ね」
「君に武器を持たすな、と言われてるからね」

それも"あの人"なのだろうか、だとすればこちらのことをよく知っている者ということになる。

「だからさ、君にはじっとしていてもらうよ」

そういうと、野口は手にある未来の銃を真っ直ぐ未来の頭に突きつけた。
ご丁寧に安全装置を外して。

「未来!」
「……っ」

手足が自由だったらこの距離だ、すぐにでも蹴りあげてやるのに。
野口は未来が体術も優れていることを知っているらしく、身体に縄が巻かれているだけでなく、手首足首には重く光る手錠がつけられていた。
自分の圧倒的優位な立場を確信した野口は、楽しそうな笑顔を桜に向けら。

「今日は街中に発火装置を仕掛けたんだ。今にもっと面白いモンが見られるよ」
「……?」

そして野口が取り出したのは、首に爆弾を取り付けられた"子犬"だった。

「こいつで遊ぼうか」

野口の手から放たれた子犬は、爆弾の恐怖から逃げ惑う。

「ハハハ!見ろよ、必死だぜ?不細工な犬が益々不細工だ」
「や、やめろ!」

桜が声を上げるが、何を思ったのか野口は桜の頭を足蹴にした。

「桜!」
「おっと、一歩でも動こうとすれば引き金を引くからな……まあ、動けないだろうけど」

悔しげに唇を噛み締める。
一体どうすればいい。

「どうする?アレを止められるのオレだけだぜ……ほら、時間ないぞ。七、六」
「頼む!止めてくれ……なんでもするから"子犬"を助けてくれ!」

しかしその瞬間炎が勢いよく燃える音が響いた、間に合わなかった。

「残念!時間切れだよ」

こいつは、おそらく最初から助ける気なんて毛頭なかったに違いない。

「いずれ捕まる、絶対に……!」
「いいさ、捕まったらこう言えばいい」
「……!」

野口の口から紡ぎだされた言葉に、未来は目を見開いた。

「後悔しています、もう二度としません。
―ごめんなさい、後悔しています、二度と悪に手を染めません。
将来は誰かの役に立つ立派な人間になりたいです」
―必ず罪を償って、奪ってしまった命の分社会に役立つ人間になりたいです。

頭の中から、プツンと何かが切れる音がした。
その瞬間、野口は突然の衝撃に数メートル吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
手足にあった筈の手錠や縄は無惨な形で地面に転がっていた。

「な……」
「あんただけは、絶対に許さない……!」

そして拳を振り上げて、再び野口を殴ろうとしたその時、

「急にいなくなったと思えば、こんな所でゴミと戯れて何やってるんですか?桜小路さん―…、未来」
「お、大神!」

野口の背後で"子犬"を肩に乗せながら、大神は不敵に笑った。

「……やっぱり来たか、この女を捕まえておけば来ると思ってたぜ?お前も殺してやるよ、大神!」

大神は野口の言葉を軽く無視し、未来を見る。

「珍しいですね未来、貴女がこんなに感情的になるなんて」
「……たまたまよ、私は桜の縄をほどくからそっちお願い」

ふいと横を向き、桜がいる背後へと歩きしゃがみこむと、先程野口が未来に地面に叩きつけられた時に落としたナイフを拾い、桜の縄を切った。

「す、すまぬ……」
「痕にはなってみたいね、それから」
「む?」
「さっき見たもの、誰にも言わないでほしいの」
「さっきというのは、野口君を……」
「お願い」

何故だろうと思いながらも、桜は了承する。
その時、同時に横から激しい青の炎が燃え上がり、全てが片付いたことがわかった。

「こ、こうしていられるのも今のうち……今に、"あの人"に殺、される。お前の"捜シ者"に、な」
「捜シ者……!」

何年も前に苦しめられたその名に、やはりと拳を握りしめた。
人が皆本能では人殺しをしたいなんて尋常ではないことをいうなんて、奴しか考えられない。

「また、戦いが始まろうとしている……」

あの、沢山の犠牲を支払った悪夢の戦いが。





「そうでした、未来。遊騎が下に迎えに来たそうですよ」
「は?」
「先程貴女が負傷しているとエージェントに報告しようとしたら、間違えて彼にかけてしまいまして」

遊騎が電話を持ってるなんて珍しいですよね、という大神、こいつ確信犯だ。
ちなみに桜はというと、少し離れたところで"子犬"と感動の再会をしている。

「わかったわよ……行けばいいんでしょ、行けば」
「そうですか」

ムカつく笑顔を浮かべた大神に見送られながら、ビルを降りるために階段へと走り出した。






「未来のあれは、一体何だったのだろう」

"子犬"を抱き抱えながら、桜は大神と未来が話す様子を見ていた。
普通に考えれば未来の異能と考えるのが妥当だろう。
だが何故隠したがるのか。
考えこむ桜の視線の先には、地面に落ちていたゲーム機を拾う大神の姿があった。






END