「率直に言って、大神君とはどんな関係?」
「はい……?」

現在いるのは、学校からそう遠くないファミレスの中。
奥の席に追いやられた未来は、隣にも前にも帰さないとばかりに帰り道をガードするあおば達に、なんなんだこの状況はと溜息をつく。
ちなみに今この場に桜はいない、彼女なら既に大神と帰宅した。

「神楽坂さんが転入した日、大神に校内を案内してもらったでしょう?」

桜と大神が付き合っていると思っている(実際は勘違い)彼女達は、大神が彼女である桜を放って未来を誘ったことに、大神が他の女子に興味がいってしまったのではないかと思ったらしい。
何か大神となかったかという彼女達に、未来はないないと首を降った。

「途中から桜も一緒だったんだよ」
「え、桜も?」
「元々二人で私を案内してくれる予定だったみたいで、大神君が私を誘ってくれる役割だったみたい」

真っ赤な嘘だが、相手は信じてくれたようだ。
"桜"と未来が呼んでいたり、学校で桜自身も親しげに話しかけてきたことから本当だと思ったのだろう。

「なーんだ、桜も桜で私達に言ってくれれば良かったのに」

あおば達が大神を追いかけるよう言った直後に桜が全力疾走で去っていったために誤解を招いていたが、本当のところは桜が出ていったのは"大神が未来に危害を加えるのでは、と危惧したから"だ。

「なんだか問い詰めるようなことをしてごめんね」

そう言って彼女達は無駄に近付いているのを緩めた。
危ない危ない、円滑な人間関係を作る予定だったのが、大神のせいでおじゃんになるところだった。

「私は別に構わないよ。それよりも羨ましいなぁ、て思って」
「え?」
「桜はこんないい友達がいていいなってこと」

彼女達は一瞬驚いたようだが、互いに顏を見せ合うと、代表であおばが口を開いた。

「未来、友達にならない?」

何故かいきなり名前を呼び捨てされたことに多少引っ掛かるものの、こちらこそとにっこり笑った。
どうせこの名前も戸籍も、全てニセモノだから……差し障りのない程度に付き合っていればいい。
それが、コードブレイカーとして生きることを決めた自分の運命、なのだ。

「でね、クラスの皆としては大神君と未来の歓迎会をやりたいと思うの!」
「でもさ、大神君っていつもバイトが忙しいみたいじゃん?」

そのままファミレスにて相談を持ちかけられた未来。
どうやら話によると、私達にサプライズ歓迎会というのを催したいが、どうやって大神を呼ぼうかと思案しているらしい。

「あの、それって私も聞いちゃっていいの?」

間違いなく当事者な訳だし、既にサプライズでもなんでもなくなっている。

「どちらかというと、桜以外のクラスメイトとあまり打ち解けられてない大神の方をターゲットにしたいから」

桜や比較的大神とも親しそうな未来に意見を求めたいらしい。

「それじゃあ、私が大神君にバイトのない日を聞いておくから、皆でその日の放課後にやるっていうのはどうかな?」
「でも帰っちゃわない?」
「ほら、そこは桜に引き留めてもらう役割を担ってもらうということで」
「成る程!」

決定だね、と嬉しそうに言う彼女達に未来も良かったねと声をかけた。






「ああ、神田?」

ファミレスを出てあおば達と別れた後、鞄から携帯を取り出した神楽坂は大神専属のエージェントであり、担任の神田に電話をかけた。

「如何なさいましたか、神楽坂さん?」
「明後日、大神に仕事が来ても私に回してほしいの」
「構いませんが、どうして」
「大神の驚く顏が見たいから、かな」
「はい……?」

イマイチよくわかっていない神田だったが、了解いたしましたと言うと通話を切った。
さぁ、彼がどんな反応をするか楽しみだ。




「なんなんですか?僕は教室にカバンを取りに行きたいんですが」

放課後、教室の前にて大神は立ち往生していた。
前には何故か柔道着姿の珍種、桜小路桜が行く手を阻むかの如く両手を広げて立っている。

「そ、それは駄目だ!教室には一歩も近づけさせんぞ!」
「何なんですか?一体……」

バイトが入るかもしれないので、早く帰りたいんです、と言えば尚更行かせられないとばかりに教室の扉をガッチリとガードする。

「心配しなくても、大神に今日バイトはないよ」
「未来、貴方もグルということですか」
「さあ?」

大神が未来にバイトについて問い詰めようとすると、いきなり桜の背後から彼女の上着をずるりと落とされる。

「ひーたんみーたん、みいつけた〜」

その人物を目にして、未来は目を見開いた。

「寧々音、……っ」

そうだ、今まで会わなかっただけで彼女は平家と同じく生徒会執行部だったではないか。

「ふ、藤原先輩!?こんな所でお会いするとは……」
「桜ちゃんの柔道着姿が寧々音を呼んだの〜」

ほのぼのと二人で会話を繰り広げる姿を、何も言わずに見つめる。
別に会話をしてはいけないという訳ではない、平家だって普通に親しくしている。
だが、目の前の彼女はかつての"彼女"と違っていて、話せばそれを嫌でも感じてしまう。
すると桜が寧々音に兄弟はいるかという旨のことを聞いた。

「おかしな桜ちゃん、ひーたんにはみーたんがいるけど、寧々音にはキョーダイなんていないの」
「……え!?だって刻君はそう言って」
「……」

結局寧々音が虫を追いかけて去っていってしまったため、真相を聞くことが出来なかった桜だが、自分の前に止めなくてはならない予定の人物がいなくなっていることに気付いた。
その人物、大神は桜が寧々音と話し込んでいたのをいいことに隙をついて扉を今にも開けようとしていた。

「バカ!開けちゃダメだ!」
「桜小路さん、あなた何でそこまでして止めたがる……」

さすがに必死で扉を開けさせまいとしている桜に、大神も不審感を抱いたらしい。
そこに扉の向こう側からひそひそと聞こえてくる"大神"というフレーズに眉をひそめる。

「桜小路さん、何か隠し事していませんか?」
「こっちも盛大に勘違いしちゃってるみたいね……」

大方桜が皆に大神のことを喋って、皆が警戒しているのではないかと思っているのだろう。

「……忠告した筈だ、余計なことを他人にはなしたら、片っ端から全員――」

左手の黒い手袋を取り去り、凍てつくような目で桜を見る大神だったが、その瞬間教室の扉が開かれ、大神の予想とは正反対の情景が広がっていた。

「大神君ようこそー!一年B組へ!」

予想外のことに驚く大神の前には、綺麗に飾り付けられた教室とクラッカーで歓迎するあおばや前田をはじめとするクラスメイトが集合していた。

「歓迎会遅くなってゴメンね〜!しかも夕方に教室でなんて色気がなくてさっ!」

大神に説明するあおばの言葉を押し退け、彼に話しかけていくクラスメイト達。

「ロスに住んでたって本当!?」
「オレ中東って聞いたけど?」
「帰国子女って英語ペラペラ!?」

大神専用名簿を貰ったり、パーティーグッズを頭から被せられた大神。

「未来、貴方の方が後から転校してきたんじゃないですか」
「私は誰かさんと違って、名前間違えたりしないから」

盛り上がってるクラスの端で立っている未来に話し掛ける大神。

「私達はある程度協調性も必要なの」

周りから浮いてしまって目立てば、"存在しない者"ではない。
上手に溶け込む方が、より自分の存在を隠せるのだ。

「それに、出来るうちに学生生活は楽しんでおいた方がいいよ」
「……そんなもの、要りませんよ」

どうせここは仮の居場所。
本当の居場所なんて、
どこにも、ない。





END