「"助けて"よ"助けて"!助けるワケないじゃない!その声が聞きたくてやってんだからっ」
「そんな声もあなたで67人目?いえ76人目!?忘れたけど、これだから解体手術はやめらんない!」
人を殺すという快楽にとり憑かれた、ただのモノだ。
至極愉快そうにぬいぐるみを引きちぎる男達を見て、思った。
大神も同様にか、それ以上の感情を持って彼等を睨んだ。
大神からは、尋常じゃないほどの殺気が放たれている。
「な、なによあんた……」
男がそう言うか言わないか、大神は青い炎を一気に床に叩き付ける。
それによって生じた空気の渦によって男の一人は大神の左手へと吸い寄せられる。
同時に未来ももう一方へ走り出すと、素早く踵落としを食らわせ男を地面に沈めると、銃口をその頭に突き付ける。
「悪は全て燃え散らす……そしてオレは決して忘れない。オレが殺すのはお前らで165人目だ」
「なぁ!?そ、そんなに、あり得な……た、助けて!!」
「あんた達はそう言った被害者を殺したんでしょうが」
銃口を強く押し当ててやれば、命乞いをし始める。
「燃え散れ」
「冥土の土産に、イイコト教えてあげるよ」
大神が一方を燃やしたらしく、桜や刻の注意がそちらに行っているのを確認すると、未来は目の前の男だけに声が聞こえるような音量で口を開いた。
「私が殺したのは、彼の数倍にはなるの。まあアンタみたいなクズと違ってちゃんと一人残らず覚えてるけど」
詳しく教えてあげる理由もないでしょ?と口角をつり上げて言えば、男は恐怖で声も出ないらしい。
「ぁ、あぁ……」
パンっと一発乾いた音が響くと、未来は何事もなかったかのようにくるりと大神を振り向く。
「処理がいろいろ面倒だから、火葬よろしく」
「……まったく」
最初から自分一人でやれたという大神だったが、『切られっぱなしだった奴が何を言ってるの』と未来に軽くデコピンを食らわされる。
「神楽坂殿も、コードブレイカー……なのだな」
一段落して戻れば、桜小路桜は何やら衝撃を受けた顔をしていた。
きっと報告通りに考えれば、自分に悪人とはいえ殺しをさせてしまったことを後悔、でもしているのだろう。
だがその複雑そうな表情から迷いもあるのだろう。
今の男達を葬ったことにより、被害者の男性は安らかな笑顔で大神に礼を述べながら息を引き取った。
確かに、誰かを救っていることも事実。
「一概に正しいとも悪いとも言えない、そんな簡単なことではないじゃないの」
「あ、あぁ……」
「ほら、本来の目的は田畑なんだから」
まさに大神が田畑にその左手を押し付けようとしているのを見た。
「はい、終わり」
「ありがとうございます」
燃える田畑邸を背景に、未来は大神の手足にある切り傷にガーゼを貼り付けるとバシンッと傷の部分を叩く。
結構な痛みが走ったらしく、大神はうっと表情が固くなる。
「異能があるからといって、身体は生身の人間なんだからもう少し気を付けなさい」
「別に大した傷ではないですよ」
「何言ってんの、あと数ミリずれてたら重要な血管を傷つけてたかもしれないところもあったんだから」
能力者は皆、自分の異能に過信しすぎている傾向がある。
ロストした時のこともあるし、もう少し自分の身体を労ってあげてほしい。
「神楽坂殿、大神は大丈夫なのか?」
「えぇ、結構綺麗に切れちゃってるけど出血は酷くないし問題ない」
良かったと言う桜に、大神は自らの炎で燃やした田畑邸を見ながら口を開く。
「……あなたが田畑を殴り飛ばした時はどうしようかと思いましたよ。まったく、毎回あなたの行動力には驚かされ」
大神の言葉はその先へは続かなかった。
現在大神の頭は桜小路桜によって、彼女の胸へと埋める形となっている。
「は……」
彼女のあまりにも予想外の行動に、未来は空いた口が塞がらず、大神も固まっている。
一体、この人には羞恥心とかそういうものが欠落しているんじゃないだろうか。
「大神……私の心臓はどんな音がする?」
田畑の心臓の音は、すごく力強くて、温かかった。
しかし人は死んでしまうと、驚くほど冷たくなってしまう。
どうして大神は、自ら"悪"となろうとするのだろう。
「……それじゃ、私はもう帰るから」
なんとなく、この場にいると邪魔者のような気がしていたたまれず、『また明日』と残る二人に告げる。
そして敷地外へと歩き出そうとすると、不意に後ろから桜に呼び止められた。
「どうしたの?」
「"未来"と呼んでも構わないかっ!?」
大神ばかりそう呼ぶのは狡いからな!と言うのに、イマイチ意味がわからないと思いながらも手を振り応える。
「じゃーね、桜」
「!!」
パッと嬉しそうな表情になる桜と、手で隠しながらもきっとその下では赤くなっているだろう(おそらく女子の胸に顔を埋めるなんて人生初だったに違いない)大神に背を向け、未来は去っていった。
「……未来」
「黒幕の処理お疲れ様、刻」
夜の住宅街から一本ずれた、人通りの少ない道。
田畑邸の裏に位置するそこに、未来が壁を背に立っているのを今回の件の本当の黒幕である田畑の秘書、津野を葬った刻に声を掛けた。
「知ってたのかヨ、こっちが本命の仕事だって」
「そりゃね」
「相変わらず得体の知れないことで」
気だるそうに歩く刻の横に並ぶようにして歩く。
今宵は満月らしく、明るい月明かりが降り注いでいた。
「結局のところ、お前は何者なんだヨ?」
「私は私、神楽坂未来よ」
それ以外の何者でもない、と言えばまた煙に巻くか……と刻は溜息をついた。
「刻、大神のこと嫌い?」
「ああ、嫌いだネ」
ふと問いかけるように言えば、即答するので苦笑。
「今日だってとんだ茶番見せられてイライラしてんだよ」
「別にいいじゃない、ああいうタイプも新鮮で」
「お前は嫌いなタイプいないのかよ」
「うーん、そうだな……己の罪を認めない、とか」
「それってオレ達が始末する悪人のほとんどじゃねーか」
すると、未来は少し前に出ると顔は前に向けたまま続ける。
「でもさ、田畑は己の犯してしまった罪を認めた」
だから娘の前で、自分を悪人とするようなあんな態度をとった。
「なにそれ、あの珍種のおかげってこと?」
「さあ」
少なくとも私は嫌いじゃない、ああいう無駄に一生懸命な人は。
「それと、刻みたいなのも嫌いじゃないよ」
「は……」
煙草にライターで火をつけようとしていた刻の手が、ピタリと止まる。
「それだけだから、じゃ」
状況を理解する前に行ってしまった未来に、一人取り残される刻。
「……言い逃げかよ」
END
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