06
埃臭い通気口の中を這いながら進み、前方に下から明かりがさしこむのが見えた。
やっと出口か……とホッと一息つきながら、そこから下を覗き込む。
そこは通路のようで人の気配はなく、耳を澄ましても足音は聞こえない、ここから内部に入ってしまうのがいいだろう。
蓋を外して、結構な高さはあるが降りたときに足音が響かないように出来るだけ衝撃を和らげる。

「さてと、どこにあの二人は拘束されているんだか……」

時間は経っていないし恐らく二人同じところにいるだろう。
懐にある拳銃の位置をしっかり把握して、出来れば犯人と遭遇せず二人を見つけ出せることを祈りつつ走る。
いくつかあるドアの前で中から人の気配がしないことを確認するとドアノブを回して開く。
やはりそこには人はおらず、中に入り後ろ手で静かにドアを閉めると室内を見渡す。
事務所か何かのようで、机の上に無造作に置いてある数枚の紙を手に取り目を通す。

「こりゃ決定的な証拠ね」

そこに書かれていたのは今まで起きていた一連の爆破事件の計画書で、爆弾を仕掛けた場所から種類、犯行の手順まで詳細に書かれている。
予想外に得られた証拠品を懐にしまう、とかすかに音が聞こえてくることに気づいた。
足音だろうか……いや違う、それには音そのものが高すぎる。
どこからの音なのかと耳を澄ませた。




「大丈夫ですか?」
「……ああ、縛られてはいるがな」

意識を浮上させた跡部は手首に食い込む縄の感触、それから頬にあたる硬いコンクリートに顔を顰め起き上った。
あのパーティー会場で暗くなったかと思えば突然口に布を当てられて、不覚にも染み込ませられた薬を吸い込み意識を失ってしまっていた。
どうやらそのまま連れ去られてしまったらしい。
隣で同様に攫われてきた女性は雪村千鶴と名乗った、雪村という苗字にああ警視庁長官の孫かなにかかと思い当たり納得した。
本人は私も対策室の一員としてあの場にいたんです!と言い張っているがお世辞にも強そうというか役に立ちそうにない(護衛的な意味で)し、まだそれほど時間が経っていないせいか嗅がされた薬が残っていて頭が痛い。

「ここがどこだか分かるか?」
「すみません、私も意識が無くて先程目を覚ましたばかりなので……」

本当に申し訳なさそうに千鶴が言うので文句を言うのも憚られた、やっぱりこいつが刑事には思えない、おそらくコネか何かで入ったに違いない。
向いていないにも程がある。
先日氷帝で殺人事件が起こったときのあの女刑事とは偉い違いだ、捜査一課の刑事であるにはそれくらいでなければやっていけないのかもしれないが。
好きなタイプに勝ち気な女性と豪語しているだけあって、跡部個人としては後者のタイプの方が好きだったりするが今はそんな場合ではない。
とにかく今の状況をなんとかしなければと、薄暗い室内を見渡す。
あまり広くないようで精々六畳程度か。
殆どものは置かれておらず、部屋の端に置かれている箱からピッピッピッと断続的な機械音が……嫌な予感しかしない。

「おい、それ何かわかるか?」
「み、見てみます?」

千鶴の方も嫌な予感満載なようで声が上擦っていた、だが自分の方が年上であり、尚且つ警察官だ(跡部に相応の扱いを受けていないことは気になっていないらしい)
小さく深呼吸をすると縛られているので、後ろ向きになって箱に手を伸ばす。
慎重な手つきで蓋を開けると、そこに入っていたのはデジタル時計と、それに繋がれた……。

「ば、爆弾です!」
「何だと!?」
「しかもこんな爆弾、見たことないです……!」

確かにそこにある爆弾はよくドラマや映画みるようなそれとはデザインが異なっているように思えたが、その方面に詳しくない跡部には何とも言えない。

「このままいくと、あと三時間で爆発します!」

それには王様だの跡部様だの言われて、メンタルも強いと自負していた跡部でさえ肝が冷えた。

「どうにかならないのか?……赤と青の配線を切る、とか」
「わ、私爆弾には全く詳しくないですし……」

舌打ちをしたくなったが、千鶴に当たっても仕方ない。
そういえば外部、警察に連絡が出来ないかと(今更だが)手首は縛られているので携帯電話が入っている筈のポケットを壁に擦りつけてみるが、固い感触はない。
予想はしているがやはり没収されてしまったようだ、当然ながら鍵もかかっているため手詰まり。

「一体どうすんだよ……!」
「ちょっと待ってください、何か音がしませんか?」

不意に千鶴が壁に耳をあてた。
それに倣って跡部も黙って耳を澄ませば、確かにコツコツと足音のようなものが聞こえてくる。
まさか犯人で様子を見に来たのだろうか、ここは寝た振りをした方がいいのかいや跡部景吾として不遜に出迎えてやるべきかと思案していた跡部だったが、千鶴は落ち着いた様子で分析した。

「足音が忍び足というか、できるだけ音を出さないようにしています。もしかしたら誰か警察の人間がここに潜入してきたのかも」

だとすれば状態を打開出来る最大のチャンスではないか。
しかし鍵のかかっているこの部屋に入れないだろうし、最悪ここにいることに気づかれず別のところへと去ってしまうかもしれない。
かといって大きな声を出したり騒音を出せば反響しやすいコンクリートが打ちっぱなしのこの建物では、犯人に気づかれる可能性も高い。
すると千鶴が首に下がっているネックレスをちょっと奇妙な動き(両手が拘束されているから仕方ない)で外すと、後ろ手に持ち壁に背を向けてぶつけてカンカンと小さいが高い音をたて始めた。
成る程、あっちも自分達の居場所を探しているだろうから音には敏感でこのような人為的な音に気づいてくれるかもしれない。
予想は見事に的中し、足音は跡部達のいる部屋の前までくると小さな声が聞こえた。

「千鶴、いるの?」
「雅さん!」

双方共にホッとしているようだった。
すぐに跡部と二人、手首を拘束されているが特に怪我はないこと、鍵がかかっていてこの部屋から出られないことを伝えた。
それから一番大事なことを。

「ここに爆弾が置かれていて、見たこともないようなものなんです……!」
「爆弾!?そりゃまずいわね……」

相手が連続爆弾魔だから十分考えられたことだが、こんな狭い空間では逃げ場なんて勿論ない。
犯人側の狙いはともかく、殺す気は十分あるということだ。
とにかく中に入ってその爆弾を確認してから考えようと、おもむろに内ポケットからピッキング用の色々が入ったケースを取り出した。
そしてものの数十秒、平凡な鍵だったのか時間をかけずに鍵を抉じ開けることに成功するとガチャリとドアを開いて中に入った。
それから確かに二人の無事を確認してホッと息をつく。

「これがその爆弾?」
「はい、これです」

雅は瞠目した。
確かに爆弾は奇妙な形をしていた。
デジタル時計で残り時間を告げている部分は一緒だが、赤い線も青い線も出ていない。

「これは私にもわからない、とにかく対策室に現状の報告も兼ねて連絡を入れましょう」

そして携帯電話を取り出して土方の携帯へと電話をかける。
ワンコールで電話口に出た土方の声は落ち着いていたがどこか焦りの色が見え隠れしていた。

「土方さん、千鶴と跡部景吾を発見しました。怪我等は特にありません」
≪そうか……≫

ホッとした空気が伝わってきたが、それよりも切迫しているものがある。

「しかし、ここに爆弾があります」
≪なんだと?≫
「私にも見たことがないような特殊な爆弾のようです」
≪……メールに写真を添付しろ≫

電話を切るとすぐに携帯のカメラで爆弾を撮り、メールに添付して送信ボタンを押す。
少し間があって(その間二人の縄を解いた)サイレントにしてある雅の携帯が着信を告げた。

≪土方さんじゃ役に立たないから僕が代わりに出たけど≫

電話口の声は沖田に代わっていた、爆発物の取り扱いに関しては右に出るものはいないほどのスペシャリストであるから当然だと言える。

≪その爆弾……正直僕も実物を見るのは初めてなんだけど≫

沖田が告げた爆弾の正体は衝撃的なものだった。

≪爆弾というよりも兵器という方が正しい、そんなものが爆発すればその建物どころか半径百メートル近くが吹っ飛ぶだろうね≫
「……なんですって?」
≪そう、だからここからが本題≫

少し間を置いて沖田が告げた言葉はここにいる全員が唖然とするものだった。



≪爆弾の解体は、千鶴ちゃんにやってもらう≫



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