05

鳴り響く銃声と共にブレーカーが落とされたのか暗闇に包まれる。
来賓客の不安と混乱の声が広がり、軽くパニック状態に陥る会場内。
明るいところからの暗闇に目が慣れていなかったが、少しして見えてきたところで先程まで目の前にいた跡部景吾と不審な男の姿が見えないことに気づいた。

(くそ、やられた……!)

魔の手が跡部景吾に伸びる前に取り押さえられなかったのはこちらの失態だ。
すぐに入り口の方に向かって走る、途中で照明がついてやっと他の人々も跡部の御曹子の姿がないことに気づいたようだがそれに対応している時間は惜しいとばかりに、玄関ホールとは反対側の裏口へと走る。
犯人だって馬鹿ではない、いつすぐに照明が復活するかわからない状態でノコノコ正面から出るなんてしないだろう。
また窓や他の出入口は厳重に鍵をかけさせてもらい、内側からでも開けられないようにしているので必然的に裏口ということになる。
裏口から外へ出るとそこは駐車場だ。
出た瞬間一台のワンボックスカーが駐車場から敷地外へと出ていくところだった。

「左乃さん、あの車追って!」

走ってきた雅の形相に運転手に扮していた原田が煙草を吹かしていたのを消すと、運転席に乗り込んだ。
すぐさま雅も助手席に乗ると車は発進する。

「跡部の御曹子が拐われた、あれに乗ってるわ」
「屋敷の照明が消えたかと思ったらやたらでかい荷物抱えた奴等が出てきて怪しいとは思ったぜ。それにしてもお前達以外に公安の奴等や警備もいたってのに簡単に誘拐されちまうのかよ」

こりゃ警察も無能になったと言われても反論できねーぞと原田は苦笑した。
言いつつもワンボックスカーからは一定距離を保ちつつ追いかけることは忘れない。
しばらくして雅の携帯が着信を告げた。
そういえば土方さんに報告するのを忘れていたと通話ボタンを押す。

「はい、現在犯人グループと思わしき車を追跡中です」
≪……もっと早く連絡しろ、すぐに応援を寄越す。今はどこだ≫
「すみません、国道沿いに跡部邸から十分程度走ったところです」

電話口の土方は呆れたような口調だったが、現在まさに追跡中であるので何も言わずに引き続き犯人を取り逃がすなよ、と言って電話を切ろうとしたところで別の焦ったような声が入ってきた。

≪土方さん、千鶴がいない!≫
「………?」
≪雪村は平助、お前と一緒にいたはずだろ≫
≪そうなんだけど暗くなって、また電気ついたと思ったらいなくなったんだよ!暗い中どっかいくなんて考えらんねーし≫

まさか、とある考えが頭を過る。

「左乃さん、犯人達が運んでた荷物の数っていくつでしたか?」
「二つだった」

藤堂の声が大きいせいか運転中の原田も声が聞こえて、思い当たる節があり端的に答えた。
間違いない、千鶴も跡部を誘拐した一連の爆破グループに連れ去られたのだ。
理由は彼女が警視総監の孫だから。
一般的には知られておらず、今回の捜査でもあくまで千鶴自身警視総監の孫としてでなく刑事として動いていた。
しかし警察のデータベースにハッキングでもすればすぐにわかることだ、迂濶だった。

「土方さん、間違いなく千鶴も一緒に誘拐されてます」
≪ああ、雪村の後ろにいた客が暗くなってすぐに雪村の押し殺した悲鳴を聞いたらしい。大方足を挫いたのだと思ってたようだがな≫

土方の声は苦虫を噛み潰したようなそれだった。
合同捜査で今回の件が完全にこちらの失態ではないとはいえ、犯人にしてやられたことに腹立たしさを感じているようだ。
通話している間に犯人達の車がある敷地内へと入り停車する。
一見中小企業のビルに見えるが入口近くに監視カメラが設置されており、少し離れた場所から持参した双眼鏡で観察する限りどうにも普通のちゃんとした企業が入っているようには見えない。
車から降りた男達は自分達の存在に結局気づかなかったようで、悠々とトランクから人間一人程の大きさの荷物を二つ取り出すと中へと運び入れていった。

「どうだ?」
「正面突破は無理みたい。誘拐された二人のこともあるから気づかれないようにしないと」

車内から降りて監視カメラに注意を払いつつ建物の周りを歩く。
カメラのある正面以外にはそういった類いのものは無いが代わりに二メートル以上あるだろう塀に囲まれていて容易には侵入出来そうにない。
少し考え原田が肩車をし、取り敢えず雅が一人で敷地内に入り縄などを向こう側に投げてそれを使い原田も入るという作戦になった。

「さっき車で着替えておいて正解だったな」

原田が双眼鏡で観察している間、後部座席にてものの十数秒でドレスから動きやすいパンツスーツに着替えた。
その際「サービスシーンは無しかよ」と若干不満そうだったのだが。
ドレス姿で肩車なんてしたら色々な意味で大変なことになる。
身長が高い原田に肩車され更に高い目線に緊張しつつ目前にある塀の一番上へと手を伸ばす。
そのまま塀に体重をかけると一気に飛び越えた。

「……痛っ」
「大丈夫か?」
「あー、はいなんとか」

勢いよく着地したため、膝を使って少しは衝撃を緩めたものの足の痛みに僅かだが顔を歪めた。
捻ったり骨に異常があるというわけではないのですぐに引いてくれた痛みに気を取り直すと、持っていたロープを反対側に投げる前にざっと建物を見渡す。
正面以外にはドアがないようで裏口も見当たらず、窓も開かない。
正面には監視カメラがあるので駄目、窓を割って入るのも音を立てないで割ることは可能だが発覚する可能性が高い。
となると、と顔を上げると予想通りそこには換気扇があり窓枠に足をかければなんとか届きそうだ。
塀の向こう側から原田が「おーい、雅?」と声をかけてくるので意識を戻しそれに答える。

「入れそうな場所が換気扇しかない。あの大きさじゃあガタイのいい左乃さんではとてもじゃないけど入れないから外で応援を待ってて!二人を見つけたら携帯で連絡するから」

少し間があって多分女一人で敵陣に乗り込むなんて危ない、とかフェミニストな彼らしいことを言おうとしていたのだが、結局それが一番適切なのだと思い直し「絶対無理するなよ」と言うと足音がしてどうやら車の方へと戻っていったようだった。

「さて、この狭いところを這っていきますか」

換気扇を開けるとそこは通気孔らしく子供か精々小柄な女性がやっと通れる程度の広さだ。
この前交通課の千とケーキバイキング行かなくて良かった、あれで太ってたらちょっとばかりきつかったと思いながら薄暗いそこを進み始めた。







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