02

好奇心は人を殺す。
何を言いたいかといえば現在自分がいる場所は神奈川県の立海大付属病院であり、当然ならば人が死ぬような出来事が起こった場合それは神奈川県警の管轄で自分の出る幕は無いということだ。
というか今日は非番なのだからもし何か起きたとしても大人しくしているべきで、もし興味本意で事件に首を突っ込みあとで面倒なことになって室長に起こられるのは御免被りたいのだが自然と現場へと向かってしまったのは刑事の性というやつだろうか。
勢いで踏み込んでしまった中庭では看護師が呼んできた医師が倒れている男性が既に息を引き取っていることを確認し、首を振っていた。

「もしかしたらこれは殺人事件かもしれない」
「殺人事件!?」

やたら声が大きい看護師のせいでざわざわと野次馬に集まった人々が騒ぎ出す。
このままでは悪戯に騒ぎを大きくするだけではないかと溜息をつくと、仕方なくあくまで仕方なく死体の脇に立つ看護師と医師に近寄った。

「あの、私こういう者ですけど」
「け、刑事さん!?」

だから声がでかいって。
警察手帳を見せ現場保存するように言う、まだ断定は出来ないが殺人事件だというなら尚更だ。
その間にも死体及びその周辺の様子を窺う。

「その遺体の身元はわかりますか?」
「あ、はい。先日大腸ガンの手術を受けた患者さんで……体力が大分戻って来たので散歩を始めたばかりだったんです」
「刺し傷は下っ腹、ちょうど腸の辺りのようですね」

死体のすぐ側に落ちている凶器と思われるメス、病院から手袋を借りたが尚触るのを躊躇わせるほど全体に血がこびりついている。
首を傾げた、こんな持ち手の部分まで血塗れになるほど出血はしていない。
第一殺人として犯人に刺されたなら犯人が握っていた場所には当然血はつかない筈だ。
犯人はメスを握らずして刺したというのか、例えば投げるなどして。
いやそれにしては血の飛び散り具合の規模が小さすぎる。
不審な点が多い死体から離れて通報を受けて駆けつけてきた神奈川県警に事情を説明することにする。
だが病院前に止まったパトカーから降り立った人物に思わず口元が引きつった。

「あら白鳥さん、奇遇ですこと」
「…………伊東さん」

伊東甲子太郎、神奈川県警の警部だ。
独特の口調で果てしなく絡み難い人だが、所謂キャリア組でそのうち警視正への椅子は確定していると聞く。
かつて警視庁にいたときはいずれ自分の時代が来るから対策室なんていないで私の下に来ないかと専ら同じ出身大学の藤堂や警視庁屈指の銃の腕前である斎藤に声をかけていたものだ。
そういえばこの人の管轄だったよ神奈川!と今更ながら思い出しやっぱり関わらずにいれば良かったと激しく後悔したが後の祭りである。

「どうして立海大付属病院へ?東京からはそれなりひかかるでしょう」
「少し体調が優れなかったので山南さんの知り合いの腕利きの医者を紹介していただいたんです」
「それで事件に遭遇してしまったのは災難だったわね」

山南が伊東を嫌っているのを知っているので事実は伏せて適当なことを言っておく。
現場で見たものを一通り説明すると現場検証へと向かっていった姿を見送り一息ついた。

「白鳥さんって、警察の方だったんですね」
「別に隠してたわけではないのよ?」
「知ってますよ、俺も職業はお聞きしませんでしたから」

気付けばそこには幸村が立っていて、「まさか病院で殺人事件に遭遇するとは思いませんでした」と目を細める。

「殺人事件?そんな話が出回ってるの?」
「病院中その話で持ちきりみたいですよ、看護師さんの声が聞こえたって」
「あの時のか……」

やたら大きな声で殺人事件と叫ばれては誰かがそれを拾うのは至極当然だろう。

「確かにあの現場を見れば殺人の可能性が一番高いでしょうね。でも不審点が多すぎる」
「不審点?」

意外なことに幸村が食いついてきた、こういった話題は敬遠すると思っていたのだが。
そう聞けば「誰だって日常では遭遇することのない非日常に興味が湧くものなんですよ」と笑顔で返される。

「そういうものなんだ……」

なんとなくその先を促されているような気がして口を開く。

「凶器と思われるメス……話によると数日前から紛失していて捜索中だったらしいのだけど」

先程現場を見ていた時に感じた不審点を話してやる。
普通だったら一般人にホイホイ捜査内容を言うのは憚るべきだが気になるものの中々納得のいく答えが浮かんで来ないため、改めて口に出して誰かに説明すれば何か新たな発見があるかもしれないと思ったのだ。
正直伊東に解決出来るとは雅は思っていなかった。

「詰まってしまったのなら、逆や別の方向から考えてみてはどうです?」
「別の方向……?」
「刺殺体があるから殺人なのではなく、ここが病院だということから考えてみるんです。それから刃物は普通外から刺す、それも逆に考えれば……」
「………!」

頭に閃くものがあり、目を見開いた。
病院だからこそ真っ先に起こりうること。
刃物が外側から刺されるとは限らないこと、不審な血塗れすぎるメスの謎もそれなら全て説明がつく。

「医療ミス……」

先日行われた大腸ガンの手術でメスの置き忘れというミスが起きた。
手術後暫くは患者も安静にしていたので何事も起こらなかったが、散歩をして動き回ったために体内に置き忘れいたメスが突き破り外に出てきたのだ。
誰かに刺されたわけでもないので勿論メスに人が持っていた形跡など残る筈もなく、血塗れである理由も納得がいく。

「おそらくあの看護師は気付いていたんですよ、医療ミスに。しかし病院と執刀医の未来を考えて敢えて殺人事件と騒ぎ立てることで、架空の犯人を作り上げたんです」
「幸村君、君は一体……」

彼の推理は見事なくらいに的を得ていた。
だが幸村は笑顔で一言告げるだけだった。


「俺はただの中学生ですよ」










CASE3終


>>名探偵幸村の巻、夢主の血云々はまた別の話で。


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