「ライチュウ戦闘不能、よって勝者リン!」

審判のコールと共に会場が久々のジム攻略者にざわめく。
リンはほっと小さく息をつくと、己の相棒であるピカチュウに『お疲れ様』と声を掛けて抱き上げた。
ピカチュウとその進化系であるライチュウの対決は、当初圧倒的にライチュウ有利と思われていたものの周囲の意に反して素早く攻撃を避け続け、ここぞというタイミングでクリティカルヒットを与えたのだった。
そもそもこのジムのやたら複雑な構造のせいでピカチュウ共々苛立っていたのもある。
これ落ちたら死ぬんじゃないだろうか、骨の立つ挑戦者がいなくて暇だからって改造も大概にしてほしい。
すると戦闘不能になったライチュウをモンスターボールに戻したジムリーダー、デンジはこちらへ歩み寄る。

『それじゃ、バッチ……』
「お前、確かリンって言ったな」
『はい?』

ジムバッチを受け取る為に伸ばした腕を突如掴まれて目を白黒させる。
顔を上げれば金髪が目に入り、まるでピカチュウみたいだな、それよりもサンダースのほうがぽいかもなんて関係ないことを考えてみたり。
暫し目が合ったまま沈黙が訪れたあと、漸くデンジの口から言葉が発される。

「お前に惚れた」

あまりに突発的な台詞にしばしその意味を頭の中で考える。
「掘れた」いやいや、"穴を掘る"なんて技は使ってないし。
「彫れた」彫刻かなんか見当たらない、意味分からない。
ほれたほれた……惚れた?

「つまり俺はお前のことが好きだってことだ」
『いや、私バッチ八個集めたんでこれからポケモンリーグ行くんで』

やや言葉のキャッチボールが成されてないと思いつつも、掴まれたままの腕を突きだし早くバッチ寄越せとばかりに掌を差し出す。
しかし相手は一向に望みの物を出す気がない。
そろそろ苛立ちが極限に達しようとしていると、不意に腕を掴んでいたデンジの手が離れ、どこに行くのかと思えばその手はリンの肩に添えられ。

『………っ!?』

ちょっと待て。
なんでいきなり初対面の男に抱き締められてるんだ。
服越しに伝わる歳上男性の堅い胸板に思わず赤面してしまうのを感じた。
と、反射的に空中に伸ばされた掌が空をかき、パシンッ!と派手な音をたててデンジの頬に見事な手形を残す。

「イテテ……いきなり何すんだよっ!」
『それは此方の台詞よ!!しょ、初対面の女の子に何すんのよこの変態!』

ヤバい、涙が出てきたかもしれない。
周りのジム関係者達もポカーンとしているし、これが所謂公開処刑という奴だろうか。
と、その時ジムの入り口から救いの声らしいものが聞こえてきた。

「おいデンジ、なんかジム騒然としてるけど何があ……!」
『助けてください!この性犯罪者が……』
「おま、誰が性犯罪者だ!」
「なっまさかお前こんないたいけな少女をその毒牙に……お母さん許しませんよ!」
「まだ手は出してねぇ!てか誰がお母さんだ」
『「まだ……?」』

初対面でまだ互いを一ミリも知らないというのに息ピッタリなリンと偶々ジムを訪問したオーバに、デンジは思わずツッコミを入れる。
結局その後状況を理解したオーバにデンジはお前は順序をわきまえていないやら、勝利者にバッチも渡さず何やってんだと散々説教されているのをリンに生暖かい目で見られていた。
それから少しして、目的のジムバッチを手に入れると同時にオーバが実はリーグ四天王だと知ってたいそう驚いたとのこと。

『こ、こんなふざけた赤アフロが四天王……!?』
「失礼なガキだなこいつ」







『え、ここって最後のジムだったの?』

暫くして漸く話も落ち着いたところでデンジもやっとリンにバッチを渡そうと自らのポケットを探っている(彼のジムバッチの管理が酷いのは敢えて触れないでおこう)と、オーバは彼女が他のシンオウのバッチを一つも持っていないことに気付いた。
先程のデンジの行為を今だ根に持っていてジト目で見ていたリンだったが、オーバにそれを指摘され話は冒頭に戻る。

「オイオイ、こいつ一応シンオウのジムリーダーでは最強と揶揄されてるんだぜ」
『へぇ、人は見かけによらないんだね』
「どういう意味だ」
『そのままの意味です』

バッチを発見したのか手に持っていたデンジだったが、二人の会話が聞こえたのか微妙な表情だ。
つまり、自分はまだ一つもバッチを持っていない奴に負けてしまったのかと。
しかしやたら強かったのは鮮明に覚えている。
このジムが電気タイプのエキスパートだと知らない様子だったのだが、それをものともしないバランスの取れていて鍛え上げられていたポケモン達だった。

「お前どこから来たんだよ」
『えーとイッシュ地方から空を飛ぶで』
「……いやいや、どんだけ距離あると思ってるんだよ!」

オーバが有り得ねぇだろ!と突っ込んだが本人は至って真面目だ。
『ゼクロムに送ってもらったんだけど、流石に伝説のポケモンに送ってもらいましたなんて言えないよなぁ』と小さく呟いたリン、内容はよく聞こえて来なかったが嘘ではないのだろう。

「要するに、シンオウ地方で初めて降り立ったのがここナギサってことか」
『そーゆーこと』

漸く話を理解してもらえたのか笑顔になるリンに思わずときめいてしまう。
やはり先程告白した(もう完全にその話はながされているが)のは、勘違いではなかったのだ。

「にしてもチマリ達ジムトレーナーが言ってたけどお前やたら強かったんだってな。イッシュとかでバッチ持ってたのか?」
『うん、一応殿堂入り』

あとジョウトとかホウエンも同様ね、と付け加えたリンに聞いたオーバも、デンジさえも唖然とした。
この年下の少女、実はとんでもない奴だったのだと。
当のリンはさして気にした様子もなく、やっぱり順序は守った方がいいよなあと考えている。
ジムを攻略するのに特に順番は規制されていないが、それぞれジムにはリーグによってレベルが決められていて推奨されたジム攻略の順序がある。
基本的には一番レベルを低く設定されているクロガネジムからというのが一般的である。

『……分かった』
「は?」

何を了承したのかさっぱり分からず、(渋々ながら)バッチを差し出そうとしたデンジとオーバも疑問符を浮かべる。

『クロガネジムからバッチ集めてまた来るから!』

今日のはノーカウントね、と颯爽とジムを去ってゆくリンに訳が分からず見送るしかできない二人。

「……また来るって言ってたよな」
「嵐のようだったな」

妙にやる気を出していたデンジにこれでジムの方も良くなる!と一安心したオーバ(とジムトレーナー達)だったが、数日後早くも待ちくたびれたデンジが暇潰しにジム改造して停電を起こしたのだった。


「おい、あいつ待ってるからバトルに精出したんじゃなかったのかよ!」
「飽きた」
「まだ三日!」









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