「はい、お疲れ様」

校舎裏にて芝生に寝転がる燐にコーラを差し出せば、閉じられていた瞼が開かれ青い瞳と目が合う。
目立つ傷はないものの制服には泥等が付着していて、先程までここで喧嘩が行われていたのが窺える。
寝ていたらしい燐は眠たげに目をごしごしと擦ると起き上がり大きく伸びをした。
そして私が差し出したコーラを受け取ろうとして、不意にその指から僅かではあるが出血していることがわかる。
それが視界に入った瞬間無意識に手首を掴み、燐は怪訝そうに眉をひそめた。

「怪我してる」
「ん、ああ……こんなん別に大したことじゃねーよ」

すぐ治るからという燐の言葉を無視して、そのまま手首を掴み「ついてきて」と言うとグラウンド裏手にあるサッカー部の部室まで引っ張っていく。
少し怒ったような、震えたような声に戸惑いながら燐は何も言わず従い部室に入った。

「こんなことさせて、ごめんね」

救急箱を取り出して手に消毒やら絆創膏を貼っていきながらの言葉に燐は瞬いた。

「別に、嫌じゃねーよ」
「馬鹿、燐は望んで喧嘩なんてしてるわけじゃないでしょ」

幼少の時から燐が暴力的な行為に走る理由は燐自身のせいではなかった。
他人のためだったり、相手からちょっかいを受けてそれをあしらいきれないのだ。
紙という媒体に載っているのを読んだだけであるが、奥村燐という人間を少しは理解出来ているつもりだ。
奈良橋先輩の提案は、日頃サッカー部を影から狙い、あわよくば痛い目に遇わせてやろうと画策している不良達をその被害が部員に及ぶ前に処理してほしいというものだ。
つまり自分から出向いて喧嘩(しかし燐の方が明らかに強いので瞬殺)をしなくてはならない。
正直燐にメリットは全くない、先生には見つからないもしくは見つかってもお咎めを受けぬよう先輩が手を回してくれているが。
燐曰く、小早川君を助けたとき騒ぎにならないよう上手くやってもらったという借りがあるらしいがそんなの小早川君を助けた時点でチャラだろう。

「燐、私は燐に普通の学生生活を送って欲しかったの」

青の祓魔師の世界では日夜サタンの息子だと言われて、普通の授業以外もエクソシズムを学んだり凡そ学生生活を謳歌していたとは思えない。
だからこそアキラに燐を学校に通えるようにしてもらったというのに。
幸いにも不良のコミュニティと一般生徒のコミュニティはあまり交わることはないらしく、一般生徒には燐が最早不良から恐れられていることは知らないらしいが。

「なんつー顔してんだよ」

燐は笑った。
寧ろ奈良橋先輩に感謝しているくらいだと。
これから自分が学校で力を使う意味付けをしてくれたと。

「ジジイがいつも言ってたんだよ、優しいことのために使えって」

お前等が安心して部活出来るなら俺も、ほら先輩もSPって言ってたしカッコイーじゃんと。

「俺は嬉しい、居場所をくれたから」









現在燐は一周二百メートルのグラウンドを全力疾走していた。
何故そんなことをしているかというと、事の発端は先日受けた体力テストの結果だ。
(まだ本人は言われていないが)ピンク頭の級友に"体力宇宙"と揶揄されるだけあって燐はテストにてとんでもない数値を叩き出していたのだ。
例えば五十メートル走は六秒を僅かにだが下回るし、ハンドボール投げは場外ホームラン、一番酷かったのは握力の計測器を握り壊してしまったときのクラス中のざわめきを思い出しアキラが遠い目をしていたものだ。
その噂はサッカー部の方まで伝わっていて、放課後には燐のクラスの扉の前で奈良橋先輩が笑顔で出待ちしていたという。

「……で、なんで俺まで走らされてんだよ!俺サッカー部じゃねーじゃん」
「燐、喋ると体力無くなるからやめといた方がいいよ」

その日サッカー部の練習メニューは持久力向上のためのマラソンだったが、ただ普通に走るだけではつまらないと部員でもない(燐が裏であれこれしているのは一部の人間しか知らない)一般生徒に負けたくないだろうという部員の士気を高めようと画策されたのだ。
流石に体力宇宙でもかなりのハイペースで走らされれば疲れも溜まってくるのか、喚く燐にアキラが低めのテンションで言った。
ほらあれ見て、と指差されてその方向を見た燐が顔を青くして再び前を向き真面目に走る。
そこにはリタイアした部員の死屍累々が広がっていた。

「奈良橋先輩マジ鬼畜……」

離れた場所で各部員の走行距離を記録していた沙綾は心の中で犠牲になった部員に合掌した。
というのも、より部員の士気を高めるためだとか何とか言って、途中で脱落した場合には用意した激辛のドリンクを飲ませるのだ。
スポーツドリンクにデスソースと呼ばれるタバスコよりも遥かに辛い文字通り死のソースを加えたもので、あまりの辛さに水道へ辿り着く前に地面にひれ伏すという恐ろしさである。
用意した奈良橋先輩自体は周りがドン引きするレベルの超辛党で、いつも愛用しているソースだとかで正直せこい。

「なんで部長もあれ許可したんですか……」
「……部員の士気を高めるためだと押しきられた」

どうにか生き残った燐やレギュラー含む猛者達に普通のスポーツドリンクを渡して(マジ天使!と泣きつかれた、どんだけ鬼気迫って走っていたかよくわかる)記録を部長に渡したら、練習メニューを作った筈の部長までげんなりしていた。
普段無表情に定評のある部長がげんなりって先輩、あんた勇者だよ。

「奥村燐のことだが」

周りに人がいないことに気を配ってから部長が話を切り出した。

「一条の親戚だそうだな」
「あ、はい。遠縁なんですけど」
「奈良橋が勝手に勧誘したようで、すまない」
「い、いえ……」

こんなところで頭を下げられても困る。

「出来ればこんな風に部活に参加させてあげたり、仲良くしてあげてほしいんです」

今まで彼が得られなかったものを少しでもあげたい。
アキラや小早川君をはじめとするサッカー部員達と楽しげに会話している燐を見てそう言えば、部長は何かを悟ってくれたのか静かに頷いてくれた。






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