枕の脇で鳴る携帯の無機質なアラーム音で私は目を覚ました。
今日は休日であり、部活もないので早く起きる必要はないのだが私はアラームを鳴らさないといつまでも寝てしまう性質のため休日だろうと鳴らすのだ。
欠伸を噛み殺しながらムクリと起き上がり、とうに上がっている朝日の眩しさに目を細めながら二度寝してしまわないうちに顔を洗ってしまおうと部屋を出て廊下の突き当たりにある洗面所へと向かう。
その途中で他県の大学に進学しいないため昨夜いきなり現れた異世界人、奥村燐を泊めた兄の部屋の前を通りかかる。
私は枕が変わると若干寝難いタイプなので彼は大丈夫だろうかと思ったが、そういや初対面で爆睡していたなと思い出す。
試しにノックしてみるが返事がないので予想通り熟睡しているのだろう。

「朝御飯食べたいんだけどな……」

昨夜彼と私は契約を交わした。
この世界の住人ではない奥村燐はこの家を放り出されたら行く宛がなく、住む場所もない。
何故彼がこの世界に来たのか、何故私の家なのかという疑問は取り敢えず棚上げして私は彼を我が家に居候させてあげる代わりに彼の長所を生かしてご飯を三食作ってもらうということになっている。
別に私も料理が出来ないわけじゃないし、一人で暮らしている間は自分で家事はこなしていた。
だが昨日の彼の料理を口にして、正直女として自信をなくしたさ。

「おーい燐、そろそろ九時なんだけどご飯作って」

往々にしてこの手のタイプは朝弱い傾向にあるが、いい加減私のお腹の虫が騒ぎだしかねない。
仕方ないのでドアノブを握って下ろすと鍵がかかっているわけでもないのでいとも簡単に扉は開く。
昨夜同様初めて横になるだろうベッドでやはり爆睡している燐に相当太い神経をしているものだと感心しながら、肩に手をかけた。

「燐、朝だから起きて」
「あと五分……」
「んなベタな台詞を」
「あっちに超ナイスバディなお姉さんが」
「なんだと、どっちだ!」

流石思春期真っ只中。
跳ねるように起きた燐に若干しらけた視線を送ると、未だ作り話だとも気づかず周りを見渡している。
こんなところにナイスバディのお姉さんがいるかっつーの。

「さて奥村燐君、我が家に居座るなら約束事があったよね?」
「……わかってるよ」

嘘だと漸くわかってブスッとした表情の燐にこれまた兄が置いていった服を渡し、着替えを見るわけにもいかないのでさっさと部屋を出て本来の目的であった洗面所に向かう。
洗面台に立つとそこには私のオレンジ色の歯ブラシやら洗顔グッズが並んでいて、そういや期間はわからないが新しい住人が住み着くことになったのだからいろいろ買わないとならないなと思う。
明日は日曜日だというのに休日返上で部活だから、タイミングとしては今日の午後くらいしかないだろう。
昨夜、状況がまだ掴めていなかった燐に色々質問して彼が今"どの段階"にいるのか取り敢えず確かめることは出来た。
どうやらまだしえみが祓魔塾に入ったばかり、つまり単行本で言うと一巻が終わったところのようだ。
なら尚更のこと、少年誌に有りがちな言い回しだが彼の物語はまだ始まったばかりなのだから早々にお帰り願うしかない、とはいえどうしたら良いかなんて皆目見当つかないのだが。
ていうか燐が突然いなくなってあっちも大騒ぎなんじゃないだろうか、特に弟君辺りが。
自分自身も身支度を済ませて階段を降りダイニングに向かうと、早くもご飯の炊けたようないい匂いがしてくる。
って、早すぎじゃないか燐が下に降りて精々十分程度しか経ってない筈。

「よー、もう出来てるぜ」
「え、ええ?」
「昨日のうちに予約しておいたんだよ、味噌汁とか魚焼くのはすぐ出来るしな」

最早立派な我が家の主夫である。
基本的に朝は急いでいるのでパン派な私は炊飯器に予約機能がついてることすら初めて知ったんですが。
豆腐とワカメの入った味噌汁を口に運ぶと、これまた出汁もしっかりとれていて美味しい。

「なんだか複雑な気分……」
「何言ってんだよ、それよりこの服少しデカイんだよな」
「お兄ちゃん身長百八十あったからなぁ、午後から燐の色々買いに行くからそれまで我慢して」
「……あのよ、お前一人暮らしなのか?親は」
「お母さんはアメリカで単身赴任、お兄ちゃんは他県の大学、お父さんはいない」

矢継ぎ早に言えば特に父の部分に触れてはいけない場所なのかと思ったのか申し訳ないような顔になり、それ以上は何も聞いて来なくなった。
別に悲劇的な過去とか死別したわけでもないんだけどな、と苦笑するとその時ピンポーンとインターホンが鳴った。
宅配便とかは頼んだ覚えはない。
一体休日の朝から誰だろうかと首を傾げていると、燐が突然立ち上がった。

「俺が出てくる!」
「え、ちょっと勝手に……」

人が止めるのも聞かず玄関に走り出してしまう。
誰が来るのかわからないのに昨日からウチに居候している身分で勝手に何をしようとしているんだ、もし知り合いだったら何て言い訳しなければならないのか想像もつかない。
漫画のキャラがいきなり現れたとか言った日には「頭大丈夫かコイツ」と思われるのが関の山である。
とにかく慌てて玄関に向かうが、時すでに遅し。
相手も確かめず扉を開けた燐。
見知らぬ男にお出迎えされて旧知の近所に住んでいる幼馴染が呆然としていた。

「母さんが昼食べに来いって言ってたから来たんだけど、誰?」

なんて間の悪い。
親切なのは有り難いが、せめて電話にするとか事前にメールしてくれればややこしいことにはならなかったのにと思わずにはいられなかった。








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