あまりにも突拍子のないことだが、もし自分のベッドで見知らぬ少年が寝ていたらどうすれば良いのだろう。
不法侵入だと警察に突き出すべきか、はたまた少女漫画的展開でこれは運命の出逢いという奴だと胸を高鳴らすか。
この二者選択では私は当然前者を選ぶにしても、あまりにその少年がぐっすりと気持ち良さそうに寝ているので警察に突き出すどころか起こすのも躊躇われるのだ。
季節は初夏、少年も半袖の寝巻きに身を包み涎まで垂らして寝ているとかそんなに私のベッドが気持ちいいのか確かに今日は天気が良かったので布団は外に干したがと思うわけだが、それは奇しくも尻に敷かれている黒い物体のせいで見事に吹っ飛んだ。
尻尾にしか見えないんですがこれ。

「まあ、世の中には尻尾みたいなアクセサリーつける人もいるよね!」

勿論返事はない。
どうしたものかと途方に暮れていたところで爆睡していた少年の目が僅かに開き、寝惚け眼と目が合う。
ふむ中々面は悪くないななどと場違いなことを思っていると、未だ寝惚け気味で少年が口を開く。

「お前……誰?」
「………」

勝手に不法侵入しておいて誰とか。

「それはこっちの台詞だボケェ!!」
「ちょっ、おま落ち着けって」
「大体ね、その布団は干したてでせっかく今夜気持ち良くぐっすり寝ようと思ってたのに涎とかつけやがって……!」
「わ、わかった!謝るから!」

あまりの剣幕に驚いた少年は未だ状況が掴めていない中、取り敢えず謝る。
それによって少しは怒りが鎮まったらしく、冷静になる。
とにかく彼が何故私の部屋にいるのか、そもそもどちら様でどうやって入ってきたのか(ちゃんと戸締まりはしていた筈だ)聞き出さなくてはならない。
仁王立ちでいる家主に対して、正座の不法侵入者オンザ家主のベッド。
非常に奇妙な絵面だが。

「名前は?」
「お、奥村燐」
「奥村燐?」

思わず聞き返すと少年もとい奥村燐はコクンと頷いた。
というのも彼が名乗った名前は最近読んだ漫画の主人公と一緒なのだ……そういえばよく見ると顔も似ている、というかそっくり。
二次元が三次元になったら多分こんな感じなのだと思う。
黙りこくって顔を見つめる私を不審に思ったのか不思議そうに、見つめられているのを恥ずかしげにしている奥村燐。
……いやいやまさか漫画の世界からやって来ましたなんてそれこそ漫画じゃあるまいし。
気を取り直して質問を続ける。

「どうやってここに入り込んだの?」
「寮の自分の部屋で寝てたらいつの間にかいたんだよ、マジだって!向かい側で雪男……弟が寝てたし」
「弟、雪男……」

有り得ない話を肯定するようなことを言っていく、もしかしてちょっと頭がアレな人なのか話が本当なのか私には判断出来なかった。
どうしたらいいのかと悩んでいると部屋の外、台所の方向から焦げくさい臭いが漂ってくる。
そうだ、夕飯の準備をしている途中だった。
鍋を火にかけたままこれだけ離れていれば当然鍋の中は真っ黒、惨状を想像して溜息をつくと突然自称奥村燐が立ち上がり部屋から出ようとする。

「ちょっと、どこにいくつもり?」
「火を止めに行くに決まってんだろ、火事になるだろ」

言っていることが正しいので反論も出来ない。
彼の言うことが正しいなら私の家の間取りなど分かるはずもないので、階下にある台所まで一緒に向かう。
やはり黒焦げになった可哀想な鍋と中身を見て作り直しかもしくは今日はコンビニでお弁当買ってくるしかないかと思っていると、横に立っていた筈の人がいつの間にか腕捲りをして流し台に立っていた。

「何してんの?」
「見りゃわかんだろ、こういう焦げは早く処置しねーと後で落とすの大変なんだよ。それから作ってたのはカレーか?」

勝手に作り直してくれている姿に、しかもやたら手際がいいのでポカーンとしていることしか出来ない。
あれよあれよという間に私が作っていたものよりもいい香りのカレーが完成してしまうではないか。
「ほら、食べるだろ?」とあまりにも自然な感じで言われるので仕方なくというか完全に匂いに負けてダイニングテーブルに腰を下ろす。
スプーンに具だくさんのカレーを掬い、おそるおそる口に運ぶと仄かに広がる辛さの中に混ざり込むマイルドな甘さに感服せざるをえない。
なにこれ、食べたことないこんな美味しいの。
カレーなんて誰が作っても同じだと思っていたのに。
そういえば、漫画の奥村燐は料理の腕前がプロ級という設定があったことを思い出す。
まさか本物の奥村燐、偶然名前が一緒とかそっくりさんでなくて。

「奥村、燐君だっけ」
「おう」

自らも作ったカレーをナチュラルに食べている奥村燐に問いかける。
本物だとしたら、一つ確かめなくてはならないことがあるのだ。

「失礼だと思うけど、君って……人間?」

ピシリと奥村燐の表情が固まった。
隠し事とか誤魔化しが出来ないのか完全に顔に出てしまっている彼に、冗談みたいな話だけどと話し始める。

「私、君のこと多分知ってる」
「そうなのか?」
「青の祓魔師」
「……は?」
「そういう名前の漫画があるの、主人公の名前は奥村燐。魔神の子供で聖十字学園に祓魔師になるために在学。弟は天才祓魔師の奥村雪男」

一息で知っている漫画の内容を言うと奥村燐はまるで信じられないものを見るような顔で、パクパクと金魚のように口を開閉させた。

「………マジ?」
「大マジ」

しばらく間を置いて吐き出された言葉には戸惑いの色が入り交じっている。
にわかには信じられない話だが、何故か私は確信してしまっていた。
目の前の少年が、あの奥村燐だと。
料理を食べただけでそう思うのも安易すぎるが、それだけでなく本能的に感じ取ったのだ。

「ここは多分、君が生きてる世界とは別の世界……所謂異世界って奴だと思う」







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