黎明の刻 | ナノ


 彼らの立ち位置




「なんであの人はあんなに傍若無人なんだよ……ったく」

朝っぱらから蹴飛ばされて起こされたかと思うと、襦袢を平間のところまで持っていけと乱暴に渡された。具体的には文句を言おうとしたら殴られた。芹沢さんは恐らく思いやりだとか気遣いという言葉を母親のお腹に置いてきているらしい。もういい加減勘弁してくれよ、と犬生活(自分で言うのもどうかと思う)開始早々泣き言を言いながら龍之介は井戸へと向かうと、そこではすでに大量の洗濯物と格闘している平間さんの姿があった。話によると芹沢さんのだけでなく新見さんのも選択しているとかで、この人もあんな我侭な連中に扱き使われて大変だろうなと心の底から同情した。

「そういや新見さんのは洗うけど、白鳥のは押し付けられてないのか?」

先日の話曰く、白鳥は新見さんよりも偉いような言い方をしていたような気がする。歳からしてどう見てもそうは思えないのだが、実際新見さんが彼に対してへこへこしていた様子を目撃したのだから間違いない。その場からいなくなったあと、あの糞餓鬼と小さい声で文句を言っていたので不服なようではあるが。白鳥の方も唯我独尊とは違うがイイ性格をしているのでありえる話だと思ったが、平間さんは大袈裟に驚いて「そ、そんな雅人さんのをなんて……!」とすっ転んだ。何か変なことを言っただろうか?いや別におかしなことは言っていない。不思議に思いながら大丈夫かと声をかける。起き上がった平間さんは何故か赤面していた。

「雅人さんは身の回りのことはご自分でなさいます。それどころか時々こうしているところを手伝おうかと仰ってくださります」
「へぇ、あいつがね」

平間さんの挙動不審な行動に対してはそれ以上聞いても結局教えてくれそうに無かったので、まあいいかと諦めた。もしかしたら足を滑らせて転んだのが恥ずかしかったのかもしれない、そう思うことにしよう。それよりも自分は芹沢さんに酒を買って来いと言われていたのを思い出し、平間さんと別れて歩き出す。建物に戻って酒代の金を取ってきたところではたと思い出した、そういえば俺京都の地理とか全く詳しくないと。下手に一人で出かけて道に迷いでもした時には芹沢さんにどんな扱いを受けるものかわかりやしないと想像しただけでも痛いと思いながら、八木邸の平助達にでも聞こうと再び外に出たところで反対に外から中に入ろうとした白鳥と鉢合わせした。

「あれ、お前出かけるところか?」
「芹沢さんに酒買って来いって言われたんだよ」
「そうか、頑張れ初めてのお使い」
「人をガキ扱いすんな!」
「それはそうとお前京の街一人で出歩いたこともないのに道わかってるのか?」
「べ、別に問題ねーし!」

それはまさに今考えていたところであるが、何故か虚勢を張ってしまった。こう言った手前、のこのこと八木邸へ行って聞いたりしたら絶対笑われる。仕方ない、人通りの多いところまでいって町人にでも聞くかと歩き出そうとしたところで背後から「まあ待てよ」と声がかかった。

「そういえば俺も用事があったんだった、どうせだから一緒に行かないか?」
「は……?」
「ほらボーとしてないで早くしないと芹沢さんにどつかれんぞ」
「わ、わかってるよ先行くなって!」

まさか道がわからないことを察して一緒に来てくれるんじゃ、用事なら俺にさせればいいんだしと思ったがいやないないとすぐに打ち消した。そんな親切な奴じゃないのだ。その用も人づてだと良くないものなのだろう。わざわざ借りを作るものでもない、とそのまま歩こうとしていたところで前川邸の向かい側にある八木邸の前で立ち尽くす人の姿が目に入った。普通なら八木さんか近藤さんに客だろうかと特に気にもしないところなのだが、その男の少しばかり異様な風体に目が止まってしまう。生気に欠けるというか、黒ずくめの服装も相まってどこか不吉な印象を匂わせた。それは白鳥も同様らしく、暫く男を凝視していたがやがて男の方が視線に気づきこちらを向くと同時に口を開いた。

「この家に用でもあるのか?」
「……近藤さんか、土方さんは居られるか」

抑揚の少ない静かな声色で問う男、どうやら近藤さん達の知り合いらしいのだがどうにも違和感を感じる。その違和感の正体はなんだろうと考えたところで、白鳥が男に向ける視線であ、と気づいた。この男、刀を右から差している。普通武士はたとえ利き手が左であろうと道場に入った際に最初に矯正される。近藤さんは江戸で道場主をしていたのだから門下生ということは有り得ない。ならば一体どのような関係性なのか。

「悪いが近藤さんや土方さんへの用件を聞いてもいいか?近頃は不貞浪士が多いから用心するに越したことはないからな」

あくまで相手の機嫌を損ねない口調で問う白鳥。男は白鳥のことを少し訝しげに見ながらも(大方女に見えたとかだろうが、口にしない方が賢明だろう)江戸で近藤さんや土方さん達に世話になった斎藤一だと名乗った。名前を出せばわかるから取り次いでほしいという男改め斎藤の口調は先程よりも柔らか味を帯びたような感じがした。

「俺は近藤さん達と同じく浪士組に参加した白鳥雅人だ。こいつは井吹龍之介。失礼な態度をして悪かった」
「いや、昨今の情勢では当然のことだ」
「おい、俺は浪士組じゃないぞ」
「面倒だから一緒でいいだろ、斎藤君は芹沢さんのこと知らないんだから」

まったく、と思いながらここで待ってるから彼を案内してこいという言葉に従って斎藤と歩く。二人して連れ立って案内するのも変なので白鳥はその場でしばし待っていた。驚いたのは斎藤に対する土方さん達の歓迎っぷりだった。どこからか聞きつけたのか平助達もやってきて、久方ぶりの再会を喜んでいるようだった。










「なーに疲れた顔してんだよ、酒買ったくらいしか働いてないだろ」
「うるさい、色々あったんだよこっちは」

改めて白鳥と一緒に京の街に繰り出したところで、酒屋への道を教えてもらうと自分の用事があるからと白鳥とは別行動となった。本当に用事あったんだな。途中でとにかくいろいろありすぎて疲れながらも、どうにか目当ての酒を購入して再び別れた場所に戻ると顔色を見て呆れたような口調で言った。本当に大変だったのだ、がらの悪い浪士に絡まれている商人に浪士が刀を振り上げたところで流石に見て見ぬ振りが出来なくて割って入ったら今度はこっちが絡まれて、腰に差してある刀抜けとか言われるし。斬られそうに、殺されそうになって不甲斐無いことに腰が抜けたところを原田、平助、永倉の三人がたまたま通りかかって助けてもらって。

「うん、龍之介が情けないってことはよくわかった」
「俺はお前等とは違うんだよ」
「浪士にも言われたんだろ?その腰の刀は飾り物かって」
「……俺は武士なんて大嫌いなんだよ」
「あっそ、それでも一人で生きていくなら護身の剣術くらいは出来ないと死ぬぞ」

それはここを出る前に斎藤と打ち合いをしていた沖田にも言われたことだ。だが正直剣を抜いて刀を振るう自分を想像出来ないし、したくも無い。

「沖田と打ち合うって、その斎藤君かなり出来るんじゃないか?」

これ以上は俺の話をしても平行線だと判断した白鳥は斎藤の話題に食いついてきた。そういや打ち合ってる時の二人の気迫がとんでもなかったかもしれない。剣術についてはわからないが、斎藤に興味を持ったらしい白鳥は今度手合わせしてもらおうと歩調が軽くなったようだった。そういやこいつ永倉曰く滅茶苦茶強いんだったっけな、この細い身体と腕でよくもあんなガタイのいい奴等と渡り合えるものだと感心した。

「そういやお前は違うみたいだけど、芹沢さん達と近藤さん達って仲悪いのか?」
「そりゃまた今更な話だな」
「気づいてはいたけどさ、同じ目的で上洛してきたんだろ?」
「まあ一応は。けどお前も知ってるだろ?武士は殊更身分というのを気にする。近藤さんは今は武士の身分だが元は百姓の出でさ、芹沢さんみたいな立場にしてみれば百姓風情が偉そうにってなるわけだ。近藤さん達の方はそっちでどうにか京で一旗上げたいって考えてるみたいだし、近藤さん本人はともかく傍で構えてる土方さんと沖田が目くじら立ててるんだよ。それで険悪なわけ」
「そうなのか……ていうか白鳥って所謂芹沢さん派なんだろ?なんつーか中立的な言い方だけど」
「別に、芹沢さんとはただ付き合いが長いってのと逆らえないってだけだ。個人的にはあちらさんのことも評価はしてる」

そこで上洛の最中近藤さんが芹沢さんの宿を取り忘れて、怒り狂った芹沢さんがそこら辺で焚き火を始めたとかいう想像するにも恐ろしい話を聞きながら来た道を帰っていった。焚き火なんて、もし火事になりでもしたら死罪になる可能性もあるというのにとんでもない人だ。結局その場は近藤さんが土下座で詫びることによってどうにか収めたらしいが、それなら土方さんや沖田が腹を立てるのも仕方ないかもしれない。尊敬している人が屈辱的な仕打ちを受けたのだ。生憎俺にはそういう人はいないが。

「まあ、逆に芹沢さんからの近藤さんへの株価は少しばかり上がったらしいけどな」
「なんだそれ」
「水戸にいた頃もあんな胆力のある男は見たことがないってさ。あの人も素直じゃないんだよ」

芹沢さんにそういう評価をするこいつもかなり肝の据わった奴かもしれない。









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